
ハイドンは生涯で104曲もの交響曲を作曲しました。「パパ、ハイドン」と言われる所以です。後期の交響曲はザロモンセットとも呼ばれ、充実した内容になっています。
彼の交響曲全体を見てみると、タイトル付きの交響曲が多くある事に気が付かれるでしょう。寝たり、おしゃべりをする聴衆を音楽に注目させるための「驚愕」などは有名で誰もが良く知っていると思います。
しかし、中にはどうしてこんなタイトルになっているのかと首を傾げるようなものもあるのです。ハイドンの面白いネーミングのタイトルを纏めてみました。


朝、昼、夕
『交響曲第6番』「朝」、『第7番』「昼」、『第8番』「夕」と三部作になっています。
エステルハージ候へ宮使いを始めて最初の交響曲と考えられています。「朝」「昼」「夕」のタイトルはエステルハージ候のリクエストに応えたものだったようです。
ハイドンの自筆譜は『第7番』「昼」のものしか残されていませんが、その自筆譜に「昼」とタイトルが記されており、ハイドン自身が付けたものと証明されています。
この後のハイドンは自分でタイトルを付ける事はありませんでした。エステルハージ候は初めて接したハイドンや編成されたオーケストラの実力を見たいがために適当な(いい意味で)お題を与えたのだと思います。
哲学者
『交響曲第22番』には「哲学者」というタイトルが付いています。タイトルは誰が名付けたのか分かっていません。
1764年の作曲ですが、Wikipediaには「(イタリア)モデナのエステンセ図書館が所蔵する1790年ごろの筆写譜にこの名称を記したものが見られる」とありますので、この25年位の間に誰かが名付けた事だけは分かりました。
第1楽章のメヌエットがくそ真面目過ぎるから「哲学者」のようだとしてこの愛称で呼ばれるようになったのではないかという説もあるようです。何れにせよ、今では確かめようがありません。
ホルン信号
『交響曲第31番』は「ホルン信号」という面白いタイトルが付いています。ホルンを使った曲なのだろうとの予測は付きますが、「ホルン信号」とは何を表すのか不思議です。
この作品は別に「ニュルンベルクの郵便ホルン」という愛称もあります。郵便馬車が付いたとの合図に使ったホルンのようにホルンが印象的に使われているために「ホルン信号」と呼ばれるようになったと考えるのが自然のようです。
誰がそう言いだしたのかは不明ですが、この作品にはホルンが4本も使われていて活躍していますので、いつの間にかそう呼ばれるようになっていったのでしょう。
校長先生
『交響曲第55番』には「校長先生」とのタイトルが付いています。このタイトルも誰が名付けたのか不明です。
ハイドンの生前にはこの名前は存在せず、1840年のアロイス・フックスによる「ハイドン作品主題目録」にはこのタイトルで掲載されています。ですから、1809年以降に名付けられた事だけは分かっています。
俗に言われているところでは、第2楽章の主題の規則正しいリズムが由来だとするものがあります。また、現存はしていませんがハイドンには「校長先生」という名の別の交響曲があり、それを知っていた人物がこの交響曲にその名を割り振ったという説もあり、詳細は不明です。
火事
『交響曲第59番』は「火事」と呼ばれています。交響曲には相応しいとは思えないタイトルですが、このタイトルも誰が名付けたのか、またその由来までも謎のままです。
疾風怒涛期と言われる時期に作曲され、一説にはこの作品の第1楽章と第4楽章が燃え盛るような性格である事から「火事」と名付けられたのではないかとも言われています。
また、エステルハージ邸で催された音楽付随劇を由来とする説もありますが、今となっては真相を突き止めるのは不可能です。しかし、いくら考えても交響曲に「火事」は合わないと思われます。
うっかり者
『交響曲第60番』「うっかり者」(迂闊者とも呼ばれる)も交響曲のタイトルとしては相応しくないと思われますが、このタイトルの由来ははっきりしています。
喜劇「迂闊者」(原作はジャン=フランソワ・ルニャールの戯曲「ぼんやり者」)のために書かれた付随音楽を再構成したものなので、こう呼ばれるようになりました。
この作品は6楽章制と変則的な交響曲で、第6楽章は曲の途中で音楽を一時停止し、ヴァイオリンの弦をチューニングし直すという特殊な指示があり、その点でも変わった交響曲となっています。
熊
『交響曲第82番』は「熊」というタイトルです。これも交響曲のタイトルとしては相応しくないと思われますが、由来は全く不明となっています。
第4楽章の冒頭部分が、特徴的な低音の繰り返しを伴うパッセージとなっていて、熊が歩いている様子に似ているという説やパリの大道芸などにもみられる「熊使い」の音楽に似ているなどの説がありますが、良く分かっていません。
尚、『第82番』から『第87番』までの交響曲は「パリ交響曲」とも呼ばれます。これはパリのオーケストラから作曲の依頼があり作曲されたものだからです。この頃からハイドンの名はヨーロッパ中に知れ渡る大作曲家となっていくのでした。
めんどり
『交響曲第82番』は「めんどり」というタイトルが付いています。パリ交響曲のひとつ。これも交響曲には相応しくないネーミングですが、由来は分かっています。
とは言っても、ハイドンの生きていた時代ではなく、18世紀末から19世紀初頭に「めんどり」と呼ばれるようになりました。それは、第1楽章の第2主題が鶏の鳴く声に似ているからです。
誰がそう名付けたのかは分かりませんが、名付けるならもっと格好良さとか親しみ易さなどを考えて欲しかったですね。200年後の我々からしたら、交響曲とめんどりは相性良くありません。
V字
『交響曲第88番』には「V字」という変わったタイトルが付いています。この一風変わったタイトルの由来は意外な事でした。
ハイドンは生前にロンドンのフォースター社から交響曲選集を出版しました。出版社では編集の際に各曲にアルファベット1字からなる整理用の番号(A-W)を付けて区別したのです。『第88番』はその時に22番目にあたり「V」とされたのが由来です。
出版社ではそれ以降も『第88番』を「V字」と呼んでいたのでしょうね。それがそのまま現在まで続いているという訳です。でもどうしてこの作品だけが残ったのでしょうか。「A」も「B」も「C」もあったのに、不思議です。
時計
『交響曲第101番』は「時計」というタイトルが付いています。これは楽曲を聴いて貰えば誰でも正解に辿り着く事でしょう。
第2楽章を聴くとまるで時計の振り子のように規則正しいリズムが刻まれているところから、このタイトルは付けられました。「時計」とは上手く表現したものです。勿論、これはハイドンが名付けたものではなく、19世紀に入ってからの事でした。
『第93番』から『第104番』までの交響曲を「ザロモンセット」と呼びます。ザロモンとはハイドンをイギリスに招聘した人物の名前です。そしてこれらはイギリスで作曲された作品となります。ハイドンの交響曲の中でも需要な位置を占める作品たちです。


まとめ
ハイドンの交響曲の面白いタイトルを集めてみました。由来が不明なタイトルが結構ありましたが、タイトルを付けるならもう少し気の利いたネーミングにしてくれよとハイドンは天国で思っているのではないでしょうか。
タイトルがあった方が楽譜やCDの売り上げが高いといいますが、イマイチのタイトルは逆の効果になってしまうのではと思ってしまいます。