20世紀に生まれた楽曲の中で第1番を選ぶとしたらどれなのかと素直に思った事がこのランキングを進めようとしたきっかけです。
一口に20世紀と言っても100年もあったわけで、マーラーの後期も20世紀ですし、ショスタコーヴィチやストラヴィンスキーなどは20世紀に活躍した花形スターと言えます。
20世紀のクラシック音楽は不幸にも「無調」や「十二音音楽」と言った前衛音楽が主流になりかけた時期もありました。ここまで発展させると音楽自体が音楽とは呼べなくなってしまうような有様になったわけです。
ここではそんな前衛音楽とは一線を画し、独自の音楽路線を貫き通した作曲家の音楽だけを取り上げます。
100年間に作曲された楽曲から10曲だけを選考するなどという事はとても出来ないと思いますので、前衛音楽とは違った道を選択した作曲家を10人選び、その作曲家の代表作を1曲選ぶようにしました。
ランキングの選考基準について
- 20世紀に楽曲を残し、活躍した作曲家を選出
- 現代音楽(前衛音楽)の作曲家は対象外とする
- 選出した作曲家の最も個性的でその作曲者に相応しい楽曲を選出
- ひとりの作曲者に対しては1曲だけに留める
簡単に言ってしまうと20世紀の音楽の中でも誰でも理解する事ができる音楽、前衛に走らなかった純粋な音楽を対象とするという事です。
第10位 ガーシュイン:ラプソディ・イン・ブルー
1924年作曲
20世紀の幕開けに相応しい楽曲から入りました。20世紀はアメリカ人の作曲家も活躍した時代と言えます。特にガーシュインは当時アメリカで流行っていたジャズを取り込んで新たな音楽を作り出しました。
クラシック音楽とジャズを融合させた音楽は当時シンフォニック・ジャズとして世界的に高く評価されます。ガーシュインは元々ピアノ2台の作品として作曲しましたが、管弦楽法は不得手で、ファーディ・グローフェがピアノとジャズ・オーケストラのための楽曲に編曲しました。
『ラプソディ・イン・ブルー』はピアノソロ版やオーケストラ用など多くの版がありますが、現在では1942年の改訂版が多く使われています。
ガーシュインはその後も『パリのアメリカ人』や『ポーギーとベス』などのヒット作を生み出しました。しかし、ガーシュインと言えば『ラプソディ・イン・ブルー』が代表作であり、出世作でもある事からこれを選びました。
ガーシュインの作曲家としての地位を考えると第10位に置くのが相応しいでしょう。
第9位 ラヴェル:ボレロ
1928年作曲
ラヴェルも20世紀の作曲家のひとりです。1937年に62歳で没しています。ラヴェルは「無調」や「十二音音楽」とは相容れませんでした。どちらかと言えば、20世紀の新しい技法である印象主義に惹かれていました。
ラヴェルの名曲は何れも20世紀に入ってからのもので、『水の戯れ』『序奏とアレグロ』『マ・メール・ロワ』『夜のガスパール』『ダフニスとクロエ』『ピアノ協奏曲』など挙げればきりがありません。
ラヴェルの1曲は『ピアノ協奏曲』にするか『ボレロ』にするか迷いましたが、知名度の高い『ボレロ』を選びました。
最初から最後までスネアドラムが同じリズムを刻み、その上に2種類のメロディが奏でられていくという面白い構成で、こんな楽曲はラヴェルでないと思い付かないでしょう。
これがバレエ音楽だったのですから、初演で大騒動になったのも頷けます。
第9位とした点は他の楽曲と比べると完成度は高いものの壮大さに欠けるためです。
第8位 ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
1901年作曲
ラフマニノフも20世紀に活躍した作曲家・ピアニストです。1943年69歳で没しています。前衛音楽には背を向けていたために多くの批判を受けたりしましたが、今思えば彼がその道に走らなかった事は大正解でした。
『ピアノ協奏曲第2番』は20世紀に入った年に完成しています。その美しさで聴衆を虜にした彼の出世作であり、代表作です。20世紀のと断らなくともクラシック音楽の代表的な名曲のひとつで現在でもピアニストの重要なレパートリーとなっています。
『ピアノ協奏曲第3番』と迷いましたが、より一般的に知名度の高い第2番を選びました。第3番ほどではないにしてもこの楽曲は難しく、どれほどのピアニストが苦労していることか…。
いくら交響曲的と言っても、ピアノ協奏曲ですから限界があります。やはり交響曲やオペラには叶いません。ですので第8位としました。
第7位 ショスタコーヴィチ:交響曲第5番
1937年作曲
ショスタコーヴィチは生まれも育ちも20世紀の人物です。旧ソビエト連邦に生まれた事から社会主義に翻弄され、その天才性を発揮し得なかった作曲家でした。特にスターリンが独裁政権を取っていた時代は批判の嵐に巻き込まれ、苦労をした作曲家です。
もし、ショスタコーヴィチが自由主義社会で創作活動ができたならば、彼の音楽はもっと変わっていた事でしょう。時代は時に残酷です。
『交響曲第5番』は反体制作曲家というレッテルを貼られた作曲家の名誉回復のための音楽となりましたが、当時の西側社会でも好評を持って迎えられています。
モーツァルトの生まれ変わりとまで言われた天才作曲家が自身の命をかけた大勝負の楽曲でした。この交響曲は現在でもショスタコーヴィチの代表作として人気があります。
社会主義国家に生まれ、その中で没した作曲家ですから、この交響曲で実際に何を訴えたかったのかは永遠に不明です。楽譜だけがそれを語るのみで、作曲者は本当の言葉を残さずに逝ってしまいました。
そんな事もあり、指揮者の解釈によって全く違った音楽が展開されます。
第7位としたのは楽曲の持つ雰囲気がこれ以降の楽曲よりも割と単純で深さが足りないと感じるためです。
第6位 プロコフィエフ:交響曲第5番
1944年作曲
プロコフィエフは一度旧ソビエト連邦からアメリカに亡命したにもかかわらず、再度祖国の旧ソビエト連邦に戻ったという経歴を持ちます。亡命後は世界恐慌の時代で暮らしに行き詰まったという点もありますが、祖国愛がより強くなって帰国する事になりました。
『交響曲第5番』はナチスにより祖国が攻撃されたため、自分ができうる作曲という仕事で祖国に貢献するつもりで書いた楽曲です。そういった戦時下にあった事と作品番号がちょうど100番になった事でテンションが上り、思いがけず筆が進みました。
わずか1ヶ月でピアノ・スコアが完成し、次の1ヶ月で一気呵成にオーケストレーションまで進んだといいますから、交響曲としては異例の早さで完成させたようです。
プロコフィエフはこの楽曲以外にも、『ロメオとジュリエット』、『シンデレラ』、『ピーターと狼』など有名な楽曲がありますが、『交響曲第5番』が最もポピュラーで分かりやすく、完成度が高く、彼の代表作に相応しい楽曲かと思います。
旧ソビエト連邦の中でショスタコーヴィチが最も成功した作曲家と考えられていますが、プロコフィエフの方が自分のやりたい音楽をやった作曲家ではなかったのかと思われるのです。
その意味もありショスタコーヴィチよりも上位に挙げました。
第5位 シベリウス:交響曲第2番
1901年作曲
シベリウスは19世紀後半から20世紀半ばまで生きた作曲家です。シベリウスが20世紀を代表する作曲家と呼ぶと、違和感を覚える読者もいるかと思います。かくいう私自身も19世紀を代表する作曲家というイメージを持っていました。
『フィンランディア』や『交響曲第1番』は19世紀の作品ですから、その流れで彼を見ている方が多いのかもしれません。
『交響曲第2番』は丁度20世紀になった年の1901年に発表しています。シベリウスは交響曲を7曲書いていますから、21世紀の方が数が多いのです。『ヴァイオリン協奏曲』も20世紀の作品です。
そういう意味でも彼は20世紀の作曲家として有名になった最初の人物とも言えます。
シベリウスの『交響曲第2番』はシベリウスの中での最高傑作であり、とてもわかり易く親しみが持てる楽曲です。最終楽章に向かって盛り上がっていく様は実に見事な出来栄えかと思います。
しかし、これから登場してくる20世紀の代表作曲家と比較してしまうとこの順位辺りが妥当です。
第4位 リヒャルト・シュトラウス:薔薇の騎士
1910年作曲
リヒャルト・シュトラウスは1864年に生まれ1949年に85歳で没しました。19世紀には『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』『ツァラトゥストラはかく語りき』『英雄の生涯』などの交響詩の傑作を残しています。
20世紀に入ってからは『サロメ』『エレクトラ』『薔薇の騎士』『ナクソス島のアリアドネ』『影のない女』とオペラでの傑作を次々に発表しました。交響曲の分野では『家庭交響曲』『アルプス交響曲』を、歌曲でも『4つの最後の歌』の傑作を残しています。
19世紀には交響詩で名作を残し、20世紀に入ってからは主にオペラの分野での才能を発揮しました。世紀を跨いで大活躍した大作曲家であり、大指揮者でもあったのです。前衛音楽には全く興味を示さず後期ロマン派の音楽を追求しました。
さて、20世紀を生きた作曲家として代表作を挙げるとすれば、やはり『薔薇の騎士』が最高傑作であると思います。これは大方の人達が納得してくれる事でしょう。ワーグナーの楽劇に匹敵するような壮大な楽曲であり、音楽の素晴らしさと演劇の見事さが結びついた稀有な作品です。
20世紀オペラの最高峰という点は間違いないと思います。しかし、上位3位の音楽はまさに20世紀を代表する3曲ですので、ここでは第4位としました。
第3位 バルトーク:管弦楽のための協奏曲
1943年作曲
20世紀を代表する作曲家のひとり。現代音楽に傾倒はしましたが、「無調」には組みせず、独自の路線を歩みました。ベートーヴェンの音楽が最も美しいと語っている事から、調性を否定するような音楽は考えられなかったのでしょう。
バルトークの傑作達は20世紀に入ってからのもので、『中国の不思議な役人』『弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽』『管弦楽のための協奏曲』の3曲は特に優れています。
中でも『管弦楽のための協奏曲』については20世紀を代表する楽曲であり、バルトークの最高傑作であり、現在のオーケストラのレパートリーからは外せない楽曲です。
オーケストラの楽器をあたかも協奏曲のように演奏させているためにこのタイトルなのですが、とても斬新なスタイルであり、そのアイデアを生み出したバルトークの凄さには驚かされます。
この楽曲を作曲した頃のバルトークは生活費に困るほどの苦労をしており、これを救おうとクーセヴィツキーたち音楽仲間が立ち上がり、バルトークに作曲を依頼したのです。
バルトークもこれに触発され、より次元の高い音楽を作曲しました。『管弦楽のための協奏曲』はわずか2ヶ月で完成に至ったのです。
3位以内の楽曲はどれが第1位になってもおかしくありません。たまたま、私の今日の感性がこう決めただけです。
第2位 ストラヴィンスキー:春の祭典
1913年作曲
ストラヴィンスキーも20世紀を代表する作曲家のひとり。1910年『火の鳥』、1911年『ペトルーシュカ』、1913年『春の祭典』のストラヴィンスキーの3曲は20世紀そのものを代表する楽曲だと思います。
もっと言えば20世紀はストラヴィンスキーの時代だったのです。ロシアバレエ団(バレエ・リュス)のディアギレフと知り合いになった事がストラヴィンスキーの運命を変えたと言ってもおかしくありません。
バレエ・リュスのディアギレフが要求した音楽をストラヴィンスキーは見事に表現しました。時代が要求した音楽をストラヴィンスキーは一から作り出したのです。
その中でも、20世紀最大の傑作として名高いのは『春の祭典』と言えます。それまでの音楽の概念をことごとく打ち砕き、変拍子の多用や従来のバレエ音楽とは全く異質な音楽を誕生させたのです。
『春の祭典』のパリでの初演はその音楽の異様さから大混乱を引き起こしました。保守的な聴衆が多かった当時としてはあまりにも斬新で、受け入れられなかったのでしょう。
しかし、再演に関しては混乱などはなく、その後ロンドン公演、ニューヨーク公演と続けていくうちに次第に名作として定着し、現在のように20世紀の傑作として認められていくのです。
現在の『春の祭典』の人気は高く、バレエとは離れてコンサート用ピースとしてオーケストラの重要なレパートリーとなりました。
ストラヴィンスキーのこの時代を原始主義時代といいます。この時代のストラヴィンスキーは勢いがあって素晴らしいと思いますが、その後の彼の音楽的姿勢は大きく変化していきました。
新古典主義時代、セリー主義時代と作風を変えていったのも彼の特徴で、特に第2次世界大戦の後は、十二音音楽に興味を示しています。その意味では今まで見てきた作曲家と違って前衛的音楽家としてこのランキングからは除外すべきかもしれません。
しかし、彼自身は自分の十二音音楽は調性を否定するものではなく、自分の作品は調性に基づき作曲しているとしています。作風を次々と変えていった事から「カメレオン作曲家」と揶揄されるほどでした。
原始主義時代のストラヴィンスキーは20世紀の幕開けに相応しい作曲家だったのです。その意味でこのランキングから彼を外す事は出来ません。
第1位 マーラー:交響曲第9番
1910年作曲
マーラーも20世紀を彩った作曲家のひとりです。『交響曲第5番』以降の交響曲は20世紀に入ってから作曲されています。マーラーは後期ロマン派の作曲家であり、20世紀になって特別に新手法を開拓したような作曲家ではありません。
バルトークやストラヴィンスキーとは全く異なる作曲家ですが、彼が20世紀になって作曲した楽曲は『交響曲第5番』『交響曲第8番』『大地の歌』『交響曲第9番』と名作揃いです。
このランキングを作り始めた時はストラヴィンスキーこそ20世紀最大の作曲家であり、『春の祭典』こそ第1位に相応しいと考えていましたが、マーラーの存在を忘れていました。
マーラーは世紀末に活躍した作曲家とイメージが強かったためです。調べてみると『交響曲第5番』からは20世紀になってからの作品であり、彼にも十分な資格がありました。
ここでは『交響曲第5番』も『大地の歌』も取り上げたいところですが、作曲家ひとりに付き1曲という基準を決めた以上、マーラーの最高傑作『交響曲第9番』を第1位に押します。
この交響曲はマーラーが作曲した交響曲の中でもとりわけ傑作で、長大な音楽ですが、マーラーの全てがここにあると言っても良いでしょう。
これほど深い音楽も他に類を見ません。生と死を扱った内容ですから当然といえば当然なのですが、この楽曲を聴く度にマーラーは自分の死を予感した上で作曲したのだろうと感じます。
終楽章の最後は消え入るように静かに終わります。最後の小節にマーラーはドイツ語でersterbend(死に絶えるように)と指示しています。
この交響曲を超える音楽を私は知りません。
番外編 ドビュッシー:前奏曲集第1巻
1910年作曲
20世紀を代表する音楽としてドビュッシーを挙げないわけにはいかないでしょう。何と言っても「印象主義音楽」を世に送り出した作曲家です。
ただ、残念ながら『牧神の午後への前奏曲』は19世紀の音楽ですし、その他の有名曲で20世紀に作曲されたものとなると多くがピアノ曲になってしまうため、ここでは番外編として扱います。
ドビュッシーが20世紀に作曲したピアノ曲の中で最も完成度の高いものは『前奏曲集第1巻』ではないでしょうか。『亜麻色の髪の乙女』は勿論、『沈める寺』を聴いているとドビュッシーの天才性をひしひしと感じます。
まとめ
20世紀のクラシック楽曲ランキングを考えてきました。第1位はマーラー『交響曲第9番』。この楽曲を前にして他に肩を並べる音楽があるでしょうか。
今回は、いわば現代音楽らしくない聴きやすい現代音楽を選んだわけですが、マーラーを現代音楽として捉えるのは無理があるかもしれません。
その意味では本当に20世紀らしい音楽はバルトークやストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチ、プロコフィエフ、リヒャルト・シュトラウス、ラヴェルなどです。
プッチーニやレスピーギなども20世紀の作曲家と言えるでしょうが、今回はランク外としました。『蝶々夫人』や『ローマの松』も名曲ですが、わずか10曲だけとなると難しいです。
20世紀に作曲された楽曲をざっと見てきたわけですが、世紀を超えて残される楽曲にはどれもが名曲としてのオーラが漂っています。