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交響曲第8番

ベートーヴェン『交響曲第8番』を皆さんどう聴いていますか?他の交響曲に比べてマイナーなイメージがあり、演奏機会もそう多くはありません。この交響曲を名曲と見るかどうか、難しい問題です。一層難しくしているのが、ベートーヴェン本人が一番のお気に入りだったという事です。

この『第8番』を『運命』や『第9』と同列に名曲とするのには、私は少し抵抗があります。そこまで、傑作でしょうか。ベートーヴェン的特徴を備えている事は十分に理解できますが、音楽評論家が言うように他の交響曲と比較して遜色ないとは思えないのです。

決して駄作とは思いませんが、私はこの交響曲を1歩引いて解説していこうと思います。楽しくて活気あふれる交響曲ですが、他の交響曲のように著名な作曲家がこの楽曲を称して様々な事を語っていないところを見ると、やはり『第8番』は一段落ちると見た方が自然だと思います。

ベートーヴェン恋愛中の作品

ベートーヴェンが机の中に隠していた「不滅の恋人」へというラブレターが書かれた頃にこの『第8番』は作曲されています。ラブレターを生涯捨てなかったという事はこの恋愛が如何に真剣だったかを窺わせます。思い人を忘れなかったためにラブレターも捨てられなかったのでしょう。

『第8番』は『第7番』と同時期の作品ですが、恋愛の喜びを表す上で、ベートーヴェンがこんなにはしゃいで、楽しく、ユーモラスに作曲した楽曲を他に知りません。『第4番』も恋愛が絡んでいましたが、『第8番』はもっと進んで結婚まで考えているようなベートーヴェンです。

「不滅の恋人」には「完全にあなたと一緒か、あるいはまったくそうでないか、いずれかでしか私は生きられない」とまで書いており、この恋愛が激しいものだった事を教えてくれます。このような事情から『第8番』は個人的な事情で作曲されたものと分かります。

ベートーヴェンは交響曲を作曲すると、自分が親しい尊敬する相手に楽曲を献呈するのが習わしでした。しかし、この『第8番』だけは誰にも献呈していません。これも、個人的な交響曲だからこそ、自分の宝物としておきたかったのではないかと想像できるわけです。

『交響曲第8番』の音楽性

『第8番』はベートーヴェンの交響曲の中で最も聴く機会がない交響曲かもしれません。イコール最も人気がない交響曲という事でしょう。これをどう理解すれば良いのでしょうか。やはり、『第8番』は名曲とは呼べないのではないかと見る方が正しいのだと思います。

多くの音楽評論家と称する方々が、この交響曲は演奏時間が30分にも満たない小規模の交響曲ですが、内容的には傑作の範疇に入るとの見解を述べています。本当にそうなのか、私には分からない交響曲です。緩徐楽章がなく、ベートーヴェンには珍しく陽気な楽曲です。

ベートーヴェンらしい彼にしか出来ないであろう事がいくつかありますが、それを以てしても、傑作の中に入れるのはどうかと思います。他の交響曲と違って、ベートーヴェンにとって時代を超える様な、特別な意味を感じません。あくまでも普通に楽しめる楽曲です。

『交響曲第7番』と共に、「傑作の森」を締めくくるにしては、音楽的深みがない交響曲だと思います。その点で何度も言っているように、この『第8番』を「傑作の森」の交響曲とは同列に扱えないと思っています。良い曲だとは思いますが、歴史の重みに耐えられるか分かりません。

ベートーヴェン『交響曲第8番』楽曲解説

ベートーヴェンにしては最初から肩ひじ張らずに聴ける、飽きないで一気に聴き通せる、面白い交響曲です。ベートーヴェンらしいアイデアが様々に顔を覗かせる交響曲です。これから、楽章毎にその一つ一つを見ていきたいと思います。
  

第1楽章

第1楽章は序章もなくいきなり第1主題から演奏されます。交響曲ではこんな始まり方はこの『第8番』だけです。この事がこの『第8番』が小物の交響曲ともいわれる所以になっていると思います。同時期に書かれた『第7番』にはスケールの大きな序章が付いています。

この楽章はいきなり幸せの宣言で始まっているのです。フォルテで表現される音楽やスフォルツァンド(アクセントのついたフォルテ)が多用されています。古典的な交響曲とは一線を画しています。最後は出だしの勢いとは全く異なり、あっという間に終わってしまいます。

第2楽章

アクセントの良い木管の和音で始まります。ユーモラスな感じのメロディであり、木管と弦楽器が対話しているような感じです。当時はメトロノームをイメージして書いたといわれていましたが、今日ではそれが否定され、ハイドンの『時計』を意識したのではと言われています。

この楽章を通して続く木管楽器の和音は、規則的に動く時計のような機械を連想させ、可愛らしく楽しい雰囲気を醸し出しています。この楽章は短くて、あっという間に終わってしまいます。交響曲の第2楽章は普通、緩徐楽章ですが、この『第8番』はそうではありません。

第3楽章

第3楽章にポストホルンの旋律が出てくることは有名です。当時、ポスティリオンと呼ばれる郵便馬車の御者は町の城門を入ったところでラッパを吹き、メロディの種類によって何頭立ての馬車かとか急行便か鈍行便かなどを知らせたそうです。ベートーヴェンはそれを表現したようです。

ドミソの3つの音からなる単純なメロディですが、彼にとってそれは、待ち焦がれる恋人や手紙の到着を知らせる幸せの印だったに違いありません。ここにもベートーヴェンの恋愛の印が刻まれていたのです。そう考えると、ベートーヴェンのうきうきしたような感じが良く表現されています。

第4楽章

激しいリズムと強弱変化、大胆な転調がこれでもかと盛り込まれた意欲的な楽章です。まるで、嵐のように情景がくるくると変わり、熱気に溢れた情熱がエネルギッシュに突き進んでいるかと思いきや突然分断されるなど、この楽章でもユーモアが冴えわたっています。

そしてわざとらしく長々と盛り上げられ、クライマックスを迎えます。この最後のコーダの部分はしつこくこれでもかと繰り返され、「意図的なしつこさ」と言われています。『運命』の最後をベートーヴェン自身が茶化して作曲したものと考えられています。

まとめ

『交響曲第8番』は一気呵成に聴ける音楽ですが、聴き終えて感動と言う物が伝わって来ません。不思議な交響曲です。ベートーヴェンが愛する人を思って書いたものと言われていますが、ベートーヴェンの楽しさは伝わって来ますが、いかんせんそれだけの交響曲です。

音楽史に残るような名曲とは思えないところがそこにあります。ベートーヴェンは「聴衆が交響曲第8番を理解できないのは、この曲があまりに優れているからだ」と言ったそうです。ベートーヴェンは果たして本当にそう思っていたのか永遠の謎です。

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