
ベートーヴェン『交響曲第3番「英雄」』は交響曲の世界を変えた最初の作品でした。ベートーヴェン自身のみならず、音楽史的にも大きな飛躍をもたらした作品です。交響曲の歴史は『英雄』から新たに始まりました。
これまでに歴代の巨匠を始め最近の指揮者まで、数えきれないほどの録音がなされてきました。私はその全てを聴いているわけではありませんが、クラシック・ファンとして40年以上過ごしてきた中で数々の録音を聴いてきた自負はあります。
評判になった録音は勿論の事、気になった指揮者の録音などはある程度カバーしてきたつもりです。その中で特に印象深い録音のランキングを発表しようと考えました。個人的嗜好が入る事のお許しを頂いて、ベートーヴェン『英雄』名盤ランキングを進めて行きます。
ランキング基準
- 「斬新さ」がしっかりと感じられる事
- 演奏レベルの水準が高い事
- 未来に残すべき録音である事
全ての基準を満たすものを対象とし、その度合いがより高いものを第1位とします。なお、録音状態は、演奏の良し悪しを判断する大きな材料ですから、良くないものは判断基準をより厳しくしました。


第10位
管弦楽:シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1976年
ブロムシュテットが首席指揮者だった時代の録音です。この組み合わせからして分厚いドイツ的な『英雄』を想像していましたが、さにあらず、実に美しい演奏となっています。ブロムシュテットのテンポは意外と速めで、軽やかな印象です。
スマートで柔らかな演奏ですから、『英雄』に重厚感とか堅牢さを求める人には向いていないかもしれません。しかし、全体的に実に流麗な美しさを持ってこちらに迫ってきます。かといって軽い演奏にはなっていないところがこの指揮者の才能なのでしょう。
第9位
管弦楽:シカゴ交響楽団
録音:1989年
スケールが大きく迫力ある演奏です。個人的にはショルティは好きではありませんが、こんな演奏をされてはここに挙げざるを得ません。シカゴ交響楽団特有のパワフルな演奏ではなく、ちょっと手綱を抑えられて演奏しているようなイメージです。
だからといって決してそれがマイナスになっているどころか逆にプラスになっているところが素晴らしいです。長年連れ添っている手兵だからこそここまで出来たのでしょう。パワフルではありませんが、各パートはしっかり歌っており、素敵な演奏となっています。
第8位
管弦楽:ウィーン・フィル
録音:1971年
実に見事な演奏ですが、時代遅れの演奏といった感じがします。ひと昔前に好まれた演奏であり、現在ではどうかなという思いが強いですが、安定感があり、ドイツ音楽はこう演奏するのだというお手本のような演奏です。
昨今、ベームはあまり聴かれなくなりました。ウィーン・フィルとベームの組み合わせの録音は多くありますが、どれもが気心が知れている仲のようで、安心して聴く事が出来ます。しかし、良く言えばどれも中庸、ベストCDとは言えないところがベームらしいです。


第7位
管弦楽:シュターツカペレ・ベルリン
録音:1980年
スウィトナーの『英雄』はあまり期待せずに買ったものでしたが、これがどうしてなかなかの出来でした。重量感のあるどっしりした演奏ではありませんが、それが却ってこの曲の良さを上手く表現出来ている要因になっています。
自然体の演奏というのはこういう演奏を言うのだと思います。スウィトナー会心の録音です。冒頭の「ジャン、ジャン」の和音は物足りないかもしれませんが、聴き進めて行く内になるほどねと思わせてくれる演奏に思えてきます。指揮者の才能なのでしょう。
第6位
管弦楽:ベルリン・フィル
録音:1976、1977年
カラヤンが見せるスマートでカッコイイ演奏です。若々しさがあり颯爽と通り過ぎていく『英雄』となっています。カラヤンらしい少し早めのテンポでグングンと音楽が流れます。美しさに拘ったカラヤンならではの演奏です。
クラシック初心者にはこういった演奏から入るのが合っていると思います。指揮者のクセが少なく、美しくて聴きやすいとなれば、この演奏が誰にでも受け入れられる事でしょう。相変わらずベルリン・フィルの音も素晴らしいです。


第5位
管弦楽:ウィーン・フィル
録音:1994年
ウィーン・フィルとのライヴ盤です。ジュリーニは例の如くゆったりとしたテンポですが、チェリビダッケと違って違和感がありません。ジュリーニの要求にウィーン・フィルがしっかりと応えていて、緊張感の中に深い感動が生まれてきます。
ウィーン・フィルの重量ある音がこのゆったりとした演奏に良くマッチしています。音符をひとつひとつ刻んでいく演奏は凄みすら感じられ、ジュリーニの気迫が伝わってくるようです。重量級の演奏ですが決して動きは重くありません。
第4位
管弦楽:ウィーン・フィル
録音:1978年
ウイーン・フィルとのライヴ録音です。バーンスタインはライヴでは曲にのめり込み過ぎる傾向がありますが、この演奏は2楽章にややその傾向は見られるものの客観的に全体を俯瞰して演奏しています。早さも遅すぎる事はありません。
マーラーを振る時のようなバーンスタインのくどさはなく、ロマンティックに演奏されています。彼の演奏ですからもっと遅いテンポを取って来るのかと思いましたが、そんな事も無く風格ある『英雄』になっています。バーンスタイン晩年の名盤です!
第3位
管弦楽:ロイヤル・コンセルトヘボウ
録音:1993年
冒頭の和音からして素晴らしい響きがします。「おお、これは」と思わずうなってしまうような始まり。ごくごく普通のテンポですが、木管も金管も鳴らすところは良く鳴らし、オーケストラの音は最高です。録音の良さも後押ししています。
演出過剰ではなく、でもツボはきっちり抑えています。上品であり、堂々としていますが、重くはありません。聴いた後で爽やかな気分になれる演奏です。サヴァリッシュの録音の中でもこれは1、2を争う名盤ではないかと思います。
第2位
管弦楽:ウィーン・フィル
録音:1982年
日本ではマーラー指揮者のように見られていたテンシュテットですが、このベートーヴェンは名盤です。『英雄』はとにかく第1楽章が最も大事ですが、こんなに大きなスケール感溢れる演奏ができる指揮者は本当に限られています。
各楽章にもテンシュテットの気合が感じられます。ウィーン・フィルも見事にそれに応えています。深みがあり、軽快さもある堂々たる演奏です。才能ある指揮者と世界的ランクのオーケストラが上手くシンクロするとこういう名演が生まれる良い見本です。
第1位
管弦楽:ウィーン・フィル
録音:1952年
やはり第1位はこれしかありません。ウラニア盤も凄い演奏とは思いますが、いかんせん音質が悪いです。それに引き換えこちらは格段に音質が良いので、モノラルでも聴きごたえが違います。その点でこの盤をトップに挙げます。
重厚で上品な演奏という表現が最も合っている言葉でしょうか。基本的にじっくりと落ち着いたテンポの中で音楽は進みますが、フルトヴェングラー特有のテンポの動きがこの演奏の次元の違いを感じさせます。まさに名盤の中の名盤です。


番外編
管弦楽:ベルリン・フィル
録音:1982年(DVD)
これはDVDのみで発売されているため、番外編として扱います。ベルリン・フィル創立100周年記念のライブ映像です。カラヤンらしい流線型でカッコイイ『英雄』となっています。とにかく美しいし、流れに全く澱みがありません。
精密で繊細さがあり、かつ、音に重みがあるベルリン・フィルの凄さも伝わって来ます。レガート奏法の滑らかで流れるような演奏、カラヤンとベルリン・フィルが作り出した実に素晴らしい見事な演奏です。いつまでも残すべき映像だと思います。
まとめ
ベートーヴェン『英雄』名盤ランキングを作成してみました。私の中ではこんな結果となりましたが、諸先輩方の名盤探し記事でも様々な結果が出ていて、この作品の名盤は未だに決定的なものは出ていないといってもいいのでしょう。それだけ難しい作品なのですね。