クラシック音楽・オーケストラの総合情報サイト

ウィーンにあるベートーヴェンの銅像

クラシック音楽界にその名を残す天才作曲家ベートーヴェン。歴史に残る音楽を生み出した天才は、奇才でもあり変わり者、そして数々の面白エピソードを持っています。調べてみるとベートーヴェンはこんなに変人だったのかと思う事も多くあります。

同じく天才作曲家として知られるモーツァルトもそうでしたが、やはり天才とは一般人には想像もできないような特別なイマジネーションや感覚を持っていたのでしょう。そんな奇才、ベートーベンの様々エピソードを集めてみました。ベートーベン好きならぜひご覧ください。

引越し魔ベートーベン

引越し魔ベートーベン
ベートーベンが引っ越し魔であった事はファンの間では良く知られたエピソードです。1ヶ所にじっといる事はなく、驚くような回数の引っ越しをしています。その理由もまた天才たる所以でしょうか。まずはこの辺のエピソードから紹介していきたいと思います。

79回の引越し

ウィーンに住んでいた35年間で実に79回も引越しをしています。半年に一回以上のペースで引っ越しをしている計算になります!しかし更に驚くべき事に、彼は1つのアパートに10年以上住んでいた事もあるのです。そうなると数日や数ヶ月で引越しをたアパートもたくさんあるという事になります。ではどうしてそんなに引越す必要があったのでしょうか?

掃除が大嫌い

一説では掃除が出来ない彼は部屋を汚しては引越しを繰り返したという話があります。小便やツバなどをそこら中に撒き散らし、朝晩関係なくピアノを弾きまくっていたそうで、近隣からの苦情も絶えなかったそうです。

また、こっちの方が景色が良いからという理由で勝手に壁を壊して窓を取り付けるなど、アパートの大家にしてみれば困った貸借人で、大家から追い出された事も多かったそうです。芸術家がわがままな印象を受けるのはベートーベンのような変人のエピソードがあまりにインパクト大だからなのかもしれません。

音楽的な理由

もうひとつの理由は、彼が1曲毎に悩み、苦しみ、音楽を搾り出して作曲するタイプだった事が言えます。環境を変えて新たな発想を練るという意味合いも大きかったという説がベートーヴェン研究者から出されています。

こちらの方も信憑性がありそうですが、当人がその理由を語らないまま亡くなった以上、誰もその理由を確かめる術は無くなってしまいました。理由はどうあれ、衣類や楽譜類はともかく、ピアノも一緒に運ぶ事を考えると、大騒動だった事は間違いないでしょう。時代を問わず天才の行動は常識では測れない物ですね。

ベートーベンの肖像画が不機嫌な訳

beethoven
学校の音楽室に飾ってあったベートーヴェンの肖像画を覚えていますか。学校には無かったという方でもテレビなどで、あの不機嫌そうな肖像画を見た事があると思います。肖像画と言っても若いときから年配になるまで、何枚か有りますが、今回はあの学校に飾ってあった不機嫌な顔をしている物を取り上げます。実にくだらない理由で皆さんも「えっ」て思うかもしれません。

じっとしていられない

じっとしているのが嫌いな彼は、絵のモデルになるのを嫌がったそうです。子供じゃあるまいし、そんなにも我慢できないのかと思ってしまいますが、彼の肖像画の表情を見れば一目瞭然!絵を描く間じっとしている事が本気で嫌だったのでしょう。

マカロニチーズがまずい

そしてもうひとつ圧倒的なわがままエピソードがあります。なんと朝食に食べたマカロニチーズがとても不味かったからという理由。マカロニチーズは彼の大好物であった事は間違いなにのですが、それにしてもそんな理由で自分の肖像画を描かれた時不機嫌な顔をしているなんて一体どれほどわがままな性格をしていたのでしょうか。

若い頃はお洒落だった

ベートーヴェンの若い頃は身だしなみにも気を遣い、意外にもお洒落な青年でした。社交界デビューもしていたのですから、当然と言えば当然です。しかし耳の疾病が酷くなったこの頃には、髪はぼさぼさ、着る物も無頓着になっていき、上記の理由も合わさって、不機嫌なままの肖像画になってしまいました。

結局度を超えた自由人

上記2つの理由で、朝から苛立ち、そして絵のモデルになっている間もずっと不機嫌だったらしいです。本当にくだらない理由ですね。今の写真と同じわけですから、後世まで残る事を考えなかったのでしょうか。ベートーヴェンらしいといえばそうですが、なんと大人気ない。

ベートーヴェンはとにかく自分の好きなように生きていて、下女には当り散らしたり、カフェでは変人扱いされていたりと、かなりの自由気ままな人でした。周りなんてお構い無し、自分が気に食わなければ平気で人を巻き込んで不機嫌になる究極の自由人だったのです。

ベートーヴェンが愛したコーヒー

ベートーヴェンが愛したコーヒー
ベートーヴェンは大のコーヒー好きで、コーヒーを毎日飲んでいました。ここまでなら何の変哲もないただのコーヒー好きのエピソードですが、コーヒーは必ず自ら60粒数えて淹れていました。こんな日常の一動作にも天才ベートーヴェンらしいこだわりが有ったのですね。

あの気難しそうな顔をしながら、袋から1粒1粒数えている様を想像するだけで、思わず微笑んでしまいます。しかし、グラムとかではなくコーヒー豆の数でコーヒーを淹れたていた事に何か理由はあったのでしょうか。本当に謎に包まれた思想の持ち主です。

部屋は汚いのに潔癖症

部屋は汚いのに潔癖症
浮浪者と間違われたベートーベンですが、意外にも潔癖症だったといわれています。ベートーベンは洗濯や入浴が大好きで綺麗好きだったというのです。手を執拗に洗う癖もありました。晩年近くからはやたら不潔なエピソードが多くなってきますが、変な所で潔癖症だったのですね。

部屋などは人にやらせれば良いと考えていて、自分の体は人に触られたくないという気持ちがあったんかもしれません。類まれな、独自の感性があったからこそ、芸術家として大成したのかもしれませんが、周りからしたら本当にただの困ったおじさんでしかなかったと思います。

ベートヴェンは激情家

噴火する火山

感受性豊かで、物事に熱しやすく、感激しやすい性格であったといわれています。お手伝いさんや料理人を怒鳴り散らしたりというのは日常茶飯事でした。ですから彼とうまく付き合っていける人や関係が長続きする人は少なかったようです。

時には弟子に噛みついたりした事もあったとか。周囲でも怒ると何するか分からないと変わり者で有名だったそうです!

メトロノームを愛したベートーヴェン

メトロノームを愛したベートーヴェン
ウィーンにあるベートーヴェンのお墓はメトロノームの形をしています。ベートーヴェンがメトロノームを愛用していたからなのです。一体メトロノームの何がそんなにも彼の心を掴んで離さなかったのでしょう。

メトロノーム発明に大喜び

ベートーヴェンは1816年にこのメトロノームが発売されるや否や直ぐにこの機械を気に入り、楽譜にテンポ設定を書き入れるようになりました。ベートーヴェンにとって、というよりも作曲者にとってテンポ設定はとても重要ですから、発想記号で表すよりテンポそのものを楽譜に記入できるメトロノームはとても貴重な物だったに違いありません。ベートーヴェンが満足したのも頷けます。

ベートーヴェンのメトロノームは壊れていた

しかし現在の音楽家達はベートーヴェンの楽譜のテンポ記号をほとんど無視しています。何故かと言うと、ベートーヴェンの愛用していたメトロノームが狂っていて、その表示に全くの信頼性が無くなったからです!

お墓の形になるほどメトロノームを愛していたベートーヴェンなのに愛用していたメトロノームが壊れていたなんて、可哀想過ぎるオチですね。

エリーゼのために

エリーゼのために
ベートーヴェンの『エリーゼのために』を弾きたくてピアノを始めた人も多いと思います。昔から女性に人気のある曲ですね。そんな人気楽曲のタイトルになるほどの人物とは一体どんな女性だったのでしょう。

「エリーゼ」の正体

この曲のタイトルの「エリーゼ」はいったい誰を指しているのか、昔から議論されて来ました。そして現在「エリーゼ」の正体は二つの説が有力とされています。

  1. ソプラノ歌手・・エリザベート・レッケル
  2. 主治医の姪・・・テレーぜ・マルファンティ

この二人の中で現在有力とされているのは、2のテレーゼです。ベートーヴェンは彼女に恋をしていた事が判明していて、ベートーヴェンが40歳の時に18歳のテレーゼに告白して振られている事も事実のようです。ベートーヴェンは若い女の子がお好きだったようです。

テリーゼ?エリーゼ?

曲名が「エリーゼ」となっているのは彼の死後に発見された曲であり、彼の字が余りにも汚かったため、発見した人が読み間違った事が原因ではないかとも言われています。ですから『エリーゼのために』では無く『テレーゼのために』が本当の題名ではないかとの説です。

各国のベートーヴェン研究家がこれだけ年月をかけて謎解きを行なっていてもはっきりしないのですから、この説も単なる仮説のひとつに過ぎません。現実は闇の中ですが、この曲が聴きやすい曲で大変人気のある曲には何の影響もありませんから、我々はこの曲を聴いて楽しみましょう。

ウィーンの英雄

佐渡裕とバーンスタイン
ベートーヴェンは不潔で、変人のような扱いをされる事も多くありましたが、ウィーンの人々にとって意外にも彼は「英雄」でした。だからこそベートーヴェンの度重なるわがままや変人ぷりが許されていた部分もあります。

当時のウィーンではベートーヴェンの音楽は無くてはならない庶民の楽しみでした。わが町のかけがいのない「英雄」として認められていたのです。ベートーヴェンの音楽家としての才能は彼の人間性を忘れ去らせるほどに大衆の耳を魅了していたのでした。

ベートーヴェンの葬儀

2万人にもなるウィーンの庶民達が彼の墓まで列を作り、彼を見送ったといわれています。音楽の都ウィーンにとっては欠かせない音楽家だったことを伺い知る事が出来ます。本当に民衆に支持された音楽家だった事がこんなエピソードからも非常によくわかります。

ベートーヴェンの名言集

日本人が好きな作曲家ナンバー1のベートーヴェン。難聴にならなければ彼ほどの作曲者がどれほどの名曲をもたらしたか計り知れません。そんなベートーヴェンの名言の数々を紹介しようと思います。

  • 苦悩を突き抜ければ歓喜に至る
  • 音楽とは男の心から炎を打ち出す物でなければならない。そして女の目から涙引き出す物でなければならない
  • 苦難のときに動揺しない事。これが真に賞賛すべき卓越した人物の証拠である
  • 多くの人々に幸せや喜びを与える以上に崇高で素晴らしい物はない
  • もしも美しいまつげの下に、涙のふくらみたまるならば、それがあふれ出さないように、強い勇気を持ってこらえよ
  • 神がもし、世界で最も不幸な人生を私に用意したとしても、私は運命に立ち向かう

どれもベートーヴェンらしい表現の仕方です。彼の運命に立ち向かう意志の強さがひしひしと伝わってきます。

まとめ

ベートーヴェンらしいといえばそれまでですが、数々のエピソードが後世にまで伝わっているという事は、裏を返せばそれだけ有名人だったという事でしょう。

今の時代だって有名人が何かをすると、ツイッターが炎上しますからね。ベートーヴェンは誰に何を言われようが我関せずを貫いた人でしたから、尾ひれはひれが付いて伝えられてきたのでしょう。

音楽以外にもこれだけ我々を夢中にさせるベートーヴェンはやはり天才だったという事なのでしょうね。

関連記事