光の中でピアノを弾く女性

ベートーヴェンはその生涯で32曲ものピアノソナタを作曲しました。ベートーヴェンにとってピアノという楽器は一番親しい友のような存在ではなかったのかと思っています。

ベートーヴェンの時代にピアノという楽器自体が大きく発達し、鍵盤数の拡張やペダルが付いたものまで作成されるようになってきました。ベートーヴェンはピアノを重視して駆使し始めた最初の作曲家と言えるでしょう。

中でもピアノソナタは作曲家として初期の段階から作曲し始め、死の手前まで作り続けたベートーヴェンの三本柱のひとつとなっています。そのピアノソナタ全曲を一気に紹介して行きたいと思います。

ベートーヴェンは32曲ものピアノソナタを残しました。
ベートーヴェンにとってはピアノソナタは作曲の3本柱のひとつだった。かなり力を注いだジャンルだったわけだ。

ベートーヴェンのピアノソナタについて

ベートーヴェンのピアノソナタは32曲ある事は前述しましたが、そのスタイルなどから3期に分ける事が出来ます。

前期

ベートーヴェンはピアノが得意でした。音楽家として認められたのも最初はピアニストとしてです。作曲家としてのベートーヴェンの名が広がっていくのもピアノソナタによるところが大きいものでした。

前期として分類されるのは、1794年から1800年の期間で、ピアノソナタ第1番から第11番までとなります。作曲年順を見てみると第19番と第20番もこの期間に作曲されていますから、同じ括りとされるでしょう。

前期のベートーヴェンはハイドンの完成させたソナタ形式を受け継ぎ、ピアノソナタ自体をもっと規模の大きなものにしようと思っていました。そこで4楽章形式を用いたり、3楽章でも大作にしたりと様々な実験を行っています。

中でも有名なのは第8番「悲愴」です。初期を代表する傑作であり、当時のベートーヴェンの作曲家としての名声を上げた作品となりました。

中期

中期のピアノソナタはベートーヴェンの1801年から1814年の時期を指します。ピアノソナタでいえば第12番から第27番までです。第25~27番は後期へ移行する過渡期の作品と考える見方もあります。

ハイドンの影響からははっきりと抜け出し、「傑作の森」と言われるベートーヴェンの充実期であり、個性的な面が際立つようになっています。

この時期の有名なものは、第14番「月光」、第17番「テンペスト」、第21番「ワルトシュタイン」、第23番「熱情」などです。「ワルトシュタイン」「熱情」などは難易度的にも非常に高くなっています。

後期

後期は1815年以降を言います。第28番から第32番までの5曲は今までの27曲とは違った精神性が支配するようになり、ベートーヴェンが神へ近づくような内容になっていくのです。人間として孤高の境地になっていく作品群です。

ここまでくると、哲学的な雰囲気まで醸し出すようになってきます。人知を超えたというのは言い過ぎかもしれませんが、ベートーヴェンが目指していたものの頂点に達した時期に当たります。

この時期の代表作はどれと挙げるのが難しいですが、第29番「ハンマークラヴィーア」、第32番はベートーヴェンのピアノソナタの中でも最高傑作と呼べるのではないでしょうか。

難易度について

難易度は全音ピアノピースなどの難易度を参考にしながら、10段階に分類しました。最も優しいものを1とし、最難関のものを10とします。

作品によっては楽章毎の難易度が違ったりしているものもあるため、そう単純に数字化できるものではありませんが、ある程度の目安となるようにランク分けしました。

1:初級上
2:中級
3~4:中級上
5~6:上級
7~8:上級上
9~10:超上級

ここからピアノソナタの前期作品の紹介です。
前期はハイドンの完成させたソナタ形式をベートーヴェンなりに踏襲し、発展させようとしているね。

第1番 作品10-1

作曲年:1795
難易度:4(中級上)

ベートーヴェンがハイドンの弟子を辞めてから作られたピアノソナタですが、第3番までのピアノソナタはハイドンに献呈しています。「ハイドンの元では学ぶものが何もなかった」と言っていたベートーヴェンですが、最低の礼儀は尽くしたという事でしょう。

ハイドンの時代と同じ音楽のように見えますが、ベートーヴェンの個が芽生えている作品です。

第2番 作品10-2

作曲年:1795
難易度:3(中級上)

明るく美しい作品です。この作品も4楽章形式ですが、第3楽章にスケルツォを置いているところが特徴となっています。

第3番 作品10-3

作曲年:1795
難易度:4(中級上)

4楽章制のソナタです。第1番から第3番までは同時期に作曲されており、作品番号も2と同じですが、この作品はその中でも規模が大きく、華麗な感じがします。

第4番 作品7

作曲年:1796-97
難易度:3(中級上)

第4楽章制の作品です。前3曲のピアノソナタとは一線を画する規模と内容を持つ作品です。作品の規模は「ハンマークラヴィーア」の次に大きいピアノソナタとなっています。

第5番 作品10-1

作曲年:1798
難易度:2(中級)

第5番から第7番は3曲纏めて出版されたため作品番号は3曲とも10です。作曲年は不明なため出版年としてあります。ベートーヴェン初めての3楽章形式のピアノソナタです。

難易度で見ると他の作品よりは易しくなっていますが、内容は凝縮されており、音楽的には充実を見せています。

第6番 作品10-2

作曲年:1798
難易度:2(中級)

この作品は前作同様3楽章形式で書かれています。明るく軽快な調子の作品です。4楽章形式の緩徐楽章を除いた形となっており、作品の規模としては小さくなっています。

第7番 作品10-3

作曲年:1798
難易度:4(中級上)

作品10の3曲の中ではこの作品が他の2曲を遥かに凌駕しています。前期のピアノソナタの中でも「悲愴」と並び立つような作品です。この作品は4楽章形式で書かれています。

第8番「悲愴」 作品13

作曲年:1799
難易度:4(中級上)

ピアノソナタ前期を代表する傑作です。「悲愴」というタイトルは出版社によるものですが、ベートーヴェン自身もそれを受け入れています。

ベートーヴェンがピアニストから大作曲家への道を歩みだすきっかけともなった作品です。

第9番 作品14-1

作曲年:1799
難易度:2(中級)

3楽章制のピアノソナタです。『第10番』と一緒に出版されました。二つの曲共に技術的には難所が少なく、簡素なピアノソナタです。だからと言って楽曲として易しいわけではありません。

第10番 作品14-2

作曲年:1799
難易度:3(中級上)

3楽章制です。作品14の2曲は他のピアノソナタと比べて比較的平易に書かれています。第1楽章の第1主題は男女の会話に例えられるものです。第2楽章がコミカルな変奏曲になっています。

第11番 作品22

作曲年:1800
難易度:5(上級)

4楽章制のピアノソナタです。ベートーヴェンが出版社に自信作として持ち込んだ作品であり、その要求額も相当なものでした。しかし、現在ではあまり演奏されない作品で、作品の評価は分かれています。

ここからはピアノソナタの中期作品の紹介です。
中期は「月光」「ワルトシュタイン」「熱情」などの傑作が作曲されている。ベートーヴェンの充実期といえるね。

第12番「葬送」

作曲年:1801
難易度:5(上級)

この作品から『第27番』までがピアノソナタ中期と位置付けられます。ただし、『第19番』と『第20番』は前期に位置するものです。

4楽章制のピアノソナタです。第3楽章に「葬送行進曲」を置いているため「葬送」という副題で呼ばれています。という事もありこの楽章が最も圧巻です。

第13番 作品27-1

作曲年:1801
難易度:5(上級)

4楽章制の作品です。作品27の2曲は「幻想曲風ソナタ」とベートーヴェンが名付けています。ソナタ形式の楽章がなく、全ての楽章を切れ目なしに演奏する指示がなされているのも特徴です。

第14番「月光」 作品27-2

作曲年:1801
難易度:8(上級上)

有名な「月光」ソナタです。3楽章形式のソナタで、楽章が進むにつれ、テンポが増すように作られています。第3楽章に重きを置いた音楽です。

ピアノソナタ第8番「悲愴」、同第23番「熱情」とともに3大ピアノソナタと称されます。

第15番「田園」 作品28

作曲年:1801
難易度:5(上級)

4楽章制の作品です。通称『田園』ソナタ。ベートーヴェンが好んで弾いていたと言われます。通称は出版社の商業目的のために付けられたものです。ですが、第2楽章の素朴な雰囲気が通称と不思議と合っています。

第16番 作品31-1

作曲年:1801-1802
難易度:7(上級上)

3楽章制のソナタです。明るく可愛らしい感じの古典的なピアノソナタになっています。

第17番「テンペスト」 作品31-2

作曲年:1801-1802
難易度:6(上級)

3楽章制。「ハイリゲンシュタットの遺書」が書かれた時期に作られた作品です。ベートーヴェンの強い決意が感じられます。

通称は弟子のシンドラーがこの曲の解釈について尋ねた際に、ベートーヴェンが「シェイクスピアの『テンペスト』を読め」と言ったとされる事から名付けられたとされていますが、真偽のほどは不明です。

第18番「狩」 作品31-3

作曲年:1801-1802
難易度:5(上級)

4楽章制のピアノソナタです。緩徐楽章を持たず、第2楽章にスケルツォ、第3楽章にメヌエットを置いています。「狩」という通称は第4楽章に狩りに使う角笛を連想させる音形があるためです。

第19番 作品49-1

作曲年:1798
難易度:1(初級上)

2楽章制のピアノソナタです。作品49の2曲はベートーヴェンの弟が勝手に出版社に持ち込み出版されたものと分かっています。ですから作曲年が『第18番』より前なのです。「2つのやさしいソナタ」として出版されました。

とても平易な事から弟子たちの練習用に作曲されたと考えられています。とはいえベートーヴェンらしい内容のある楽曲です。

第20番 作品49-2

作曲年:1798
難易度:1(初級上)

2楽章制の作品です。『第19番』と一緒に「2つのやさしいソナタ」として出版されました。この作品も弟子たちの練習用として作曲されたと考えられています。

ベートーヴェン自身はこの作品を出版するつもりはなかったのでしょう。弟が勝手に出版社に持ち込み出版した楽曲です。

第21番「ワルトシュタイン」 作品53

作曲年:1803
難易度:9(超上級)

3楽章制の「ワルトシュタイン」の登場です。バイオリンソナタの「クロイツェル」や「交響曲第3番」と同じ時期に作曲されました。3楽章制のソナタで、円熟した内容の傑作です。

通称はワルトシュタイン伯爵に献呈された事に由来します。

第22番 作品54

作曲年:1804
難易度:5(上級)

2楽章制のピアノソナタです。なぜ充実していたこの時期にこのような小規模のピアノソナタを作曲したのかは分かっていません。

第23番「熱情」 作品57

作曲年:1805
難易度:9(超上級)

中期ピアノソナタを代表する最高傑作です。「交響曲第5番」と並行して作曲されていたため、この作品にも運命動機があちこちに出てきます。どの楽章も素敵ですが、聴き応えのある第3楽章は圧巻です。

弟子のツェルニーは「強大かつ巨大な計画をこの上なく完璧に遂行したもの」とこの作品を評しています。ベートーヴェン自身も大変気に入っていたと言われているソナタです。

第24番「テレーゼ」 作品78

作曲年:1809
難易度:6(上級)

2楽章制のピアノソナタです。前作『第23番』から4年後の作品。「熱情」でひとつの頂点を極めたとの自負心があったから、この分野の作品は4年間作曲しなかったのではないでしょうか。まずは手慣らしのつもりで作曲したと思われます。

「テレーゼ」の通称は伯爵令嬢テレーゼ・フォン・ブルンスヴィックに献呈されたためです。

第25番「かっこう」 作品79

作曲年:1809
難易度:2(中級)

ベートーヴェンが出版社に対して「やさしいソナタ」もしくは「ソナチネ」と名付けて下さいと依頼した3楽章制のソナタです。初版は「ソナチネ」として出版されました。とても規模の小さな作品です。そして難易度も低くなっています。

通称「かっこう」の由来は第1楽章にカッコウの鳴き声に似た音形が繰り返し出てくるためです。

第26番「告別」 作品81a

作曲年:1809-1810
難易度:8(上級上)

ベートーヴェンが副題を自ら名付けた唯一のピアノソナタです。「悲愴」は出版社が名付けたものを事後承諾したものであり、自分で名付けたわけではありません。

パトロンのルドルフ大公がナポレオンのウィーン侵攻を逃れてオーストリアから脱出し、終戦後またウィーンに戻った出来事を楽曲にしました。楽譜の第1楽章には「告別」、第2楽章には「不在」、第3楽章には「再会」と書き入れてあります。

第27番 作品90

作曲年:1814
難易度:6(上級)

2楽章制の小規模のピアノソナタです。『第26番』から4年のブランクがあります。ベートーヴェンの一時的な低迷期を抜けて作曲したのがこの作品です。短い作品ですが簡単ではありません。流石はベートーヴェンです。

ここからはピアノソナタの後期作品の紹介です。
後期は難易度が高くなり、また音楽の深みが増してきた。最後にはベートーヴェンが孤高の境地へ辿り着いたのだ。

第28番 作品101

作曲年:1815-1816
難易度:8(上級上)

ピアノソナタ後期への橋渡しをする作品です。3楽章制。ベートーヴェンは「印象と幻想」を内に有する作品と語ったと言われています。

第29番「ハンマークラヴィーア」 作品106

作曲年:1817-1819
難易度:10(超上級)

4楽章制。ベートーヴェンのピアノソナタ32曲の中で最大の規模で、約40分もの演奏時間を要します。その上、難易度が非常に高く、当時この作品を弾きこなせたピアニストはいなかったようです。ベートーヴェンが全精力を注いで作曲したですから、それも当然かと思います。

通称の由来はベートーヴェンが出版社に作品101番以降のピアノ作品には「ピアノフォルテ」ではなく「ハンマークラヴィーア」と記してほしいとの手紙を送った事から。その後なぜかこの作品だけが「ハンマークラヴィーア」と呼ばれるようになったのでした。

第30番 作品109

作曲年:1820
難易度:8(上級上)

3楽章制のピアノソナタです。優しい美しさの第1楽章に心を奪われ、終楽章の変奏曲は聴き応え十分!終楽章をメインにしたピアノソナタはベートーヴェンにとって初めてのものでした。

後期のピアノソナタに共通する事ですが難易度は非常に高くなっています。

第31番 作品110

作曲年:1821
難易度:8(上級上)

3楽章制のピアノソナタです。透明感のある第1楽章、アクセントとしての第2楽章。そして「嘆きの歌」と呼ばれる第3楽章が出てきます。この沈鬱さは他に類を見ないほどです。第3楽章だけで楽曲の半分を占めています。

諦観と言ったらいいのか、達観したというのか、胸に迫ってくる音楽です。

第32番 作品111

作曲年:1822
難易度:9(超上級)

ベートーヴェン最後のピアノソナタです。当初は3楽章で構想されましたが、最後は2楽章制のソナタに落ち着きました。もうこれ以上付け加える事などないとベートーヴェンは思ったと考えるのが自然だと思います。

2つの対象的な楽章ですが、運命の辛さとそこからの開放とでも呼べるような対比であり、2楽章目の優しさの中で限りない高みに登っていくような音楽はベートーヴェンだからこそ達成できたものです。

最後の作品に相応しく、テクニックも必要ですが、作品のイメージを描写する表現力も必要となってきます。いかにベートーヴェンに近づけるのかはピアニストの人間性にもよるのではないでしょうか。

まとめ

ベートーヴェンのピアノソナタ32曲について簡単に纏めてみました。ベートーヴェンの音楽の深みが作品を重ねるにつれ次第に大きくなり、後期3大ピアノソナタでその頂点を極めた事が見えてきます。

ピアノソナタでやれる事はやり尽くしたため、この後ピアノソナタは作曲していません。ピアノソナタだけではなく、ピアノ曲自体も著しく少なくなっています。ピアノという楽器の限界まで迫ったためなのでしょう。

ベートーヴェンにとってピアノは最も親しい楽器でした。そして絶えず新しいピアノを求めた作曲家でもあり、ピアノの進化に一早く対応した作曲家です。そしてピアノの能力を最大限に引き出した作曲家でした。

otomamireには以下の記事もあります。お時間がありましたらどうぞ御覧ください。

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