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交響曲第6番

『田園』と言えば昔から指揮者には難しい曲です。この曲は極端に言えば、「素晴らしい曲」であり、また非常に「つまらない」曲でもあります。指揮者がどういう演奏をするかによって全く違う楽曲になってしまうのです。ベートーヴェンの他の交響曲と比べてみても異質な楽曲です。

何が異質なのかというと、ベートーヴェンの交響曲の中でこの楽曲だけは全体に漂う雰囲気がのんびりとしていて、緊張感に欠ける音楽となっています。指揮者がちょっとでも手を抜けば客席からいびきが聞えてくるような眠くなる曲になってしまいます。

この曲を名曲とするためには、指揮者の腕にかかっている音楽です。音楽の作り自体がそうなっているので、聴衆を引き付ける音楽にするのは容易ではありません。指揮者にとって難曲である『交響曲第6番「田園」』について解説していきたいと思います。

タイトル『田園』の由来

ベートーヴェンが自らタイトルを付けた交響曲です。初演時に使用されたヴァイオリンのパート譜にベートーヴェン自身の手によって「シンフォニア・パストレッラあるいは田舎での生活の思い出。絵画描写というよりも感情の表出」と記されているため、そこから『田園』となりました。

ベートーヴェンがタイトルを付けることは非常に珍しい事です。ベートーヴェンはこの曲を『運命』と同時進行で作曲しています。『運命』があれだけ激しい曲なので、その反作用で全く違った音楽を組み立てて作曲したといわれています。

また各楽章に対しても標題が付けられています。これも、ベートーヴェンにしては珍しい事です。
第1楽章:「田舎に着いたときの愉快な気分」
第2楽章:「小川のほとりの情景」
第3楽章:「田舎の人々の楽しい集い」
第4楽章:「雷雨、嵐」
第5楽章:「牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」

『田園』の構想

ある時ベートーベンはウィーン郊外のハイリゲンシュタットという小さな街で生活していました。治療のために良く来ているところでした。難聴が悪化していて、落ち込んでいたのです。そんな時、彼は耳に頼る代わりに、目を頼りに自然の風景をこよなく愛したそうです。彼は散策が好きでした。その頃からこの自然の風景を音楽にしようと思っていたのでしょう。

『田園』のスケッチは1807年ごろに見られ始め、『運命』と同時期に作曲が進んでいた事が分かります。『運命』は結構苦しんで5年も掛けて作曲されましたが、この『田園』はわずか2年(実質的な作曲時期は1808年春からの約半年間)で作曲されています。

『運命』『田園』は良く双子の交響曲に例えられますが、まるで2卵生双生児のように性格が対照的な2つの交響曲です。『運命』との相似点を挙げれば、ピッコロ、トロンボーンなどの新しい楽器を使用している事、第3楽章から第5楽章まで一気に演奏される事などです。

『田園』の構造

ベートーヴェンは、田園の風景を単に描写したわけではありません。彼は「この交響曲は絵画的な描写を表現したものではない。人々の心の中に起こる田園での喜びの感情を描いたものだ。」と語っています。「ハイリゲンシュタットの田園風景」の印象を作曲したのです。

『田園』のスケッチには、声楽を用いようとした形跡が残されています。ベートーヴェンは『第9』で声楽・合唱を用い、その後の交響曲に多大な影響を与えました。ベートーヴェンはこの頃から既に交響曲に声楽を取り入れることを考えていたのです。

新しい交響曲形式として5楽章構成が試みられています。この時期のベートーヴェンは楽章構成上の統一感を追求しており、前作『運命』同様の切れ目のない楽章連結を受け継ぎつつ、ここではさらに徹底して、第3楽章以降の3つの楽章が連結されています。

『田園』楽曲解説

これからは楽章毎に一つ一つ解説していきます。第1楽章から第5楽章迄あり、それぞれに標題が付けられています。これらは楽章を理解する上で非常に参考になるものです。標題に従って音楽が作られており、ベートーヴェンのイメージするところを良く知ることが出来ます。

第1楽章:「田舎に着いたときの愉快な気分」

穏やかな表情で音楽が始まります。のどかで平和な気分の音楽です。明るく親しみやすい有名な旋律で、田舎に着いた時の晴れ晴れした愉快な気分が表現されます。音楽的な起伏も少なく、絶えず穏やかな空気が漂います。つまらない指揮者だともうこの辺で眠気を感じてきます。

何の起伏もなく本当にの~んびりな感じが延々と続きます。田舎を訪れて、ほっとしているベートーベンの心情が、音に現れているかのようです。ベートーヴェンはこの雰囲気を楽しんでいる事が分かります。最後は少しだけ盛り上がりを見せ、終わりを迎えます。

第2楽章:「小川のほとりの情景」

小川が静かに流れる情景を暗示する第1主題で始まります。楽章を通して小川のせせらぎの音が弦楽合奏で奏でられます。弦楽器の伴奏のもと「タラリラララ」という可愛らしいリズムが頻繁に出てきます。「彼はこの風景を眺めてリラックスしている」というイメージが伝わってきます。

小鳥達の鳴き声も聞えてきます。フルートでナイチンゲール、オーボエでうずら、クラリネットでカッコウを真似た音型が演奏されます。この音形が繰り返されたあと、静かに終了します。『田園』と言うタイトル通り田園の変わらない風景を思い起こさせる楽章です。

第3楽章:「田舎の人々の楽しい集い」

この楽章の標題からも分かるように、ベートーヴェンにしては明るくユーモア溢れる音楽になっています。農民達の集まりを面白おかしく描こうとしたのだと思います。実に軽快なリズムで農民たちの楽しさがこちらまで伝わってきます。

最初の歯切れの良い主題の後に続く、いかにも田舎風のメロディも楽しいし、わざと変なタイミングで入ってくるファゴットもユーモラスです。その後、ちょっと野性的な感じになり、低音楽器が活躍します。最後は最初の主題が段々速くなり、途中でフッと切れるような感じで音楽が途切れる事なく次の楽章に入っていきます。

第4楽章:「雷雨、嵐」

不穏な低音部の音から始まり、急に雷雨が襲ってくる様を描いています。農民達が我先に嵐を避けようとする風景が見えてくるようです。非常に写実的な楽章です。低弦がおどろおどろしく出てきて、遠雷のような雰囲気を出します。続いて出てくる、ヴァイオリンの半音的な音の動きも不気味です。雷が近くで落ちたような激しい音の部分になり,下降するようなメロディが出てきます。

一旦落ち着いたかと思うと再び雷雨が襲います。ティンパニによる雷の鳴る様子、低弦の動きなど、雷雨の雰囲気がよく出ています。ピッコロなども出てきて,クライマックスを描いた後、次第に嵐は弱まり、雷の音も遠ざかっていきます。

ベートーヴェン的な激しさで嵐の様子が伝わってきます。実に良く計算された音楽です。楽章の最後では、オーボエ、フルートによって鳥達の飛ぶ様子が描かれ、次の楽章につながる穏やかなメロディが出てきます。この楽章も音楽的に途切れる事なく最終楽章に入っていきます。

第5楽章:「牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」

冒頭、クラリネットの素朴な音型にホルンが音程を拡大して応えますが、純粋かつ自然な響きが浄化された感じをより高めています。ヴィオラとチェロも加わり牧歌風な雰囲気が強調されます。第1楽章、第2楽章がまた戻ってきたような穏やかな音楽に満ち溢れます。

ベートーヴェンは大変穏やかな気分に浸っているようです。自然への賛歌とも言うべき音楽です。弦楽器が厚みのある鮮やかな田園風景を表現して、気分を高揚させます。ここのメロディはいつ聴いても感動的です。「感謝の気持ち」は、基本的には静寂へと導かれて終曲となります。

全体的に、実にのどかで、聴けば確実に平穏を印象付けられる曲です。こののほほんとした雰囲気から感じるのは、自然の様子だけでなく、まさに第1楽章で表されたような、喜びや落ち着き、幸福感などといった心象です。霊感をもたらし、また彼の対話相手とも言えるこの自然を、彼は心から愛し、感謝し、賛美している音楽です。

『田園』初演

1808年12月22日、オーストリア・ウィーンのアン・デア・ウィーン劇場にて初演。

【当日の演奏会の曲目】
1.交響曲第5番ヘ長調『田園』(注:現在の第6番)
2.アリア “Ah, perfido”(作品65)
3.ミサ曲ハ長調(作品86)より、グロリア
4.ピアノ協奏曲第4番
5.交響曲第6番ハ短調(注:現在の第5番)
6.ミサ曲ハ長調より、サンクトゥスとベネディクトゥス
7.合唱幻想曲

休憩をはさみ、約4時間半に及ぶ長い演奏会でした。『合唱幻想曲』など練習が間に合わず、途中演奏をやり直す不手際などもあって、散々な演奏会だったようです。『田園』も『運命』と同様、演奏会を繰り返した後、次第に名曲として認知されるようになってきます。

後世への影響

ベートーヴェンの残した楽曲で後世に影響を与えない物などひとつもありません。この『田園』も後世に影響を与えました。ベートーヴェンは『田園』で様々な実験を試行しています。特に標題音楽を交響曲に取り入れる事はベートーヴェンが初めてでした。

標題音楽の発展

 
標題音楽は古くからあり、ベートーベンが最初ではありません。しかし、交響曲ではっきりと風景描写を行ったのはベートーベンの『田園』が最初であり、ベートーベンの死後は絶対音楽よりも名前のついた標題音楽の方がむしろ発達していきました。

この分野に関してはベルリオーズがその最大の後継者ですが(『幻想交響曲』)、ロマン派の標題音楽全盛の先鞭をつけたのが『田園』であることはまちがいありません。しかし、『田園』はそれ自体は標題音楽ではなく、標題的な絶対音楽です。

5楽章ある交響曲

交響曲の構成は基本的に4楽章です。これをベートーヴェンはあえて挑戦して5楽章制にしたのです。古典派の時代に交響曲の基本構成を崩す事は誰にも考え付かない事でした。これもベルリオーズが最も影響を受けた作曲者ですが、後世のマーラーなどにも引き継がれています。

音楽のあり方

形式にとらわれずに、書きたいものを表現するという実験にベートーヴェンは挑戦したわけです。その挑戦が成功だった事は『田園』が現在でも名曲として残っている事で証明されています。「傑作の森」の時代のベートーヴェンは実に挑戦的な作曲家でした。

まとめ

この『田園』は最初にも書いた通り、指揮者にとってとても難しい曲です。ベートーヴェンが感じた田園風景を聴衆にも伝えられるかどうかが勝負です。それが伝わらないと単にのんびりしたつまらない緊張感のない楽曲になってしまいます。

今回全体を見渡して思ったことは、単に「標題音楽」ではなく「標題的な絶対音楽」としてベートーヴェンがこの『田園』を作曲したことの意味を考えさせられた事です。「心象風景」を音楽にしてしまうのですから、ベートーヴェンはやはり天才だったのです。

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