ベルリオーズの作品の中で最も良く知られている『幻想交響曲』ですが、彼の作品の中では最も初期の楽曲です。1830年の作品で、26歳という若さでした。完成後、同年の12月にパリにおいて初演が行われ、ベルリオーズは一夜にして話題の人となります。
それは『幻想交響曲』のセンセーショナルな成功のおかげでした。多彩な響き、標題音楽、そしてそこに奏でられるメロディ。ベートーヴェンの交響曲でさえ最新の音楽であったこの時代でも、この『幻想交響曲』は当時の聴衆にとっては現代音楽のように聴こえた事でしょう。
ベルリオーズの最高傑作『幻想交響曲』は音楽史上、燦然と輝いています。彼には、その後、この楽曲に匹敵するような音楽は作曲出来ませんでした。しかし、この1曲はベルリオーズの名を永遠に残してくれます。『幻想交響曲』の楽曲を一つ一つ紐解いていきます。
音楽史に燦然と輝く名作『幻想交響曲』
『幻想交響曲』は音楽史のなかでもひときわ異彩を放っています。当時とすればそれぐらい特別な曲だったのです。その頃としては考えられないような、新しい演奏方法も登場しますし、なんといっても、楽器の使い方が独特で、一度聴けば忘れられなくなる楽曲です。
型破りの大作
パリ音楽院の時代、今でも続くパリ音楽院管弦楽団が発足し、そこでベートーヴェンを聴いた事が彼の人生を変えてしまいます。ベートーヴェンにはかなりの影響を受けたようです。『幻想交響曲』もベートーヴェンから影響を受けた痕跡が散りばめられています。
この作品は「ある芸術家の生涯からのエピソード」という副題があります。「ある芸術家」とはベルリオーズ自身の事です。彼が失恋したために出来た楽曲です。全曲に渡って彼女を指すフレーズが随所に出て来ます。この方法もベートーヴェンの影響で、更に発展させた形となっています。
ベルリオーズがこのような物語を着想するにあたっては、彼がフランス語訳で読みふけったゲーテの戯曲『ファウスト』や、夢中になって観たシェイクスピア劇などがヒントになった可能性があります。特にゲーテに関しては、その影響から抜けきれないまま『幻想交響曲』を作曲しました。
もうひとつ付け加えれば、交響曲に豪華絢爛な色彩感覚を持ち込んだところが特徴的です。見事なオーケストレーションです。歴史に残る名作です。何で彼はこれより後こんなに見事なオーケストレーションの楽曲が書けなかったのでしょうか。とても不思議です。
標題音楽
この曲のあらすじをごく手短に述べてみると、「繊細すぎる若者が失恋に苦しむあまり阿片を吸って自殺しようとするが死に切れず、その阿片のせいで奇怪な夢を見る」というものです。指揮者の故・バーンスタインは言っています。「彼は自ら阿片を吸って書いた作品だ」。
ストーリーがあって、各楽章に表題が付いています。
- 第1楽章「夢、情熱」
- 第2楽章「舞踏会」
- 第3楽章「野の風景」
- 第4楽章「断頭台への行進」
- 第5楽章「魔女の夜宴の夢」
自分の気持ちが相手の女性に伝わらなくて、彼女を殺してしまいます。それだけでも凄い事ですが、「断頭台への行進」は捕まって断頭台に一歩一歩進んでいく所と、それを見物する群集のざわめきを描き、最後に断頭台で落とされた首が転がるところまで表現されています。
断頭台で死を迎えた若者の葬儀に死の世界の魔物が集まり、主人公の死を喜ぶ宴会を開き、魔物たちがいつ果てる間のない踊りに興じます。そしてその中には、死んだ彼の意中の女もいるのです!音楽は魔物たちの踊りが絶頂に達した所でいきなり終わりを迎えます。
こんなグロテスクな音楽ですが、おどろおどろしいわけではなく、聴くと凄い爽快感の味わえる音楽です。下手にストーリーに惑わされずに聴いた方がこの奇抜な音楽をより楽しむ事が出来ます。こういう楽曲の事を名作、傑作というのでしょう。他の作曲家にまねのできない音楽です。
楽器の多さ
ハープが4台あることが好ましいと楽譜に指定がありますし、何といってもティンパニ奏者が4人も必要とされます。コールアングレ(イングリッシュホルン)、オフィクレイド(今はチューバが代用)、コルネット、鐘と楽器の数も多く必要とします。
幻想交響曲解説
ここからこの曲を楽章毎に見ていきましょう。考え抜かれた音楽がそこ、ここに一杯溢れています。オーケストレーションがとにかく素晴らしいです。音の魔術師のようです。まさに、ベルリオーズはこの『幻想交響曲』だけに才能の全てを注ぎ込んだ作曲家でした。
第1楽章「夢、情熱」
静かに、しかし憂いを含んだ旋律から始まります。やがて静まると舞曲調の導入に続いてヴァイオリンに印象的な旋律が現れます。この旋律は雰囲気を変えながら全楽章に顔を出します(固定楽想と言います)。情熱的にあるいは激情にまかせて曲が進み、最後は静かに瞑想的に終わります。
第2楽章「舞踏会」
その名の通りワルツが優雅に繰り広げられます。初演時にはかなり人気を集めた楽章ということで、情熱的なワルツです。「固定楽想」の旋律が随所に現れ、最後はテンポの速い流麗なメロディーとともに華やかに終わります。この楽曲の聴きどころの一つでもあります。
第3楽章「野の風景」
舞台上のイングリッシュ・ホルンと、舞台裏のオーボエが、羊飼いの笛の二重奏を吹きます。ヴァイオリンがこれを引き継ぎ、暖かい雰囲気に包まれます。さらに主旋律は低弦が引き継ぎ弦楽合奏となります。木管と弦楽との掛け合いからにわかに昂揚して頂点を形成して一旦静まると、木管と弦部が入れ替わり立ち替わり演奏をつないでいきます。
イングリッシュホルンによる笛の音とティンパニによる遠くの雷鳴が交互に現れ、静かに終わります。ティンパニは第4ティンパニまでありますが、ベルリオーズの指定では2人のパーカッション奏者によって演奏される仕組みになっています(1人が2台を担当する)。
第4楽章「断頭台への行進」
不安げな雰囲気の行進の形で始まります。金管が華やかに主題を奏でると、意外や堂々たる行進曲となります。不気味におどけた様子も出て来てきます。「固定楽想」の旋律が短く現れた直後、強烈な一打とそれに続く狂乱(管楽器のフォルテやティンパニ)で締めくくられます。
第5楽章「魔女の夜宴の夢」
金管により陽気な宴の旋律が導かれ、饗宴の様子。鐘の音、低弦により妨げられます。続いて重々しい「怒りの日」が登場し、混沌とします。ここから抜け出た宴の旋律は堂々と示されますが、主題はさまざまに形を変えて不気味さを増していき、輝かしく最高潮に昂揚して終結します。
この楽章では、ベルリオーズが考え出したバイオリンの弦を弓の背で叩く演奏が出て来ます。シャカシャカと不思議な響きです。現代音楽にも通ずる、当時の最先端の演奏指定です。誰が弓の背で弦をこするなどと考えるでしょうか。まさに、ベルリオーズならではです。
まとめ
ベルリオーズの『幻想交響曲』について簡単にみてきました。とても斬新な交響曲です。この交響曲がコマーシャルやテレビ・ドラマなんかで使われると、ちょっとイメージが壊されそうで、私はあまり良い気はしません。でも、有名だから結構使われているのです。
ベルリオーズ初期も初期の作品ですが、この交響曲には彼のすべてが詰まっています。だからこそ、その後の作品はこの交響曲を凌駕するものが出来なかったのでしょう。この楽曲は初心者が聴いても、飽きずに最後まで聴く事が出来るものです。『幻想交響曲』を味わってみましょう。