
黒人霊歌とは、かつてアフリカからアメリカに強制的に奴隷として連れられてきた人達が、日々の辛い労働の中でもキリスト教に目覚め、来世こそきっと救われるという思いで生み出された音楽のことを言います。
自分達の不幸と境遇をいつかは神様が助けてくださる・・・根本にあるのはその事です。どんなに辛い目にあっても我々は負けない、何故って神様が助けてくれるから。そう信じて歌い継がれてきました。
黒人霊歌には美しい曲が多く残っています。ソロもいいですが、合唱で聴くのも味わい深いです。今回は黒人霊歌の歴史や現代まで伝えられた理由、有名な歌などについて解説していきます。


黒人霊歌とは
黒人霊歌と言ってもご存じない方が多いと思います。でも、実際に曲を聴いていただくと、ああこの曲知ってる、という曲も多いのです。まずはその歴史から辿っていきましょう。
黒人霊歌の歴史
16世紀、植民地アメリカを開拓する労働力補給のため、多くの黒人たちがアフリカ各地から奴隷としてアメリカに連れて来られました。奴隷たちの生活は、救いのない、惨めなものだったのです。
白人からは奴隷労働に必要な最低限の言葉しか教えられませんでした。言葉の通じない彼らは、歌や踊りという集団的なレクリエーションによって一体感を持つようになります。
そして、そのレクリエーションは、しばしの間苦渋に満ちた境遇から自らを解放させる最も身近な手段となりました。
単純なフレーズを反復し、少しずつ変化させ、アフリカ的なリズムに乗せ、打楽器は手近なもので代用し、何もなければ手拍子で行っていたようです。
白人たちは正当化のため、宗教を利用します。死後の世界の「完全に精神的な幸福」を教えたのです。聖書には、迫害されているユダヤ人が神の恵みによって救われる話が多くあり、彼らはその話を自分たちの境遇に重ねました。
英語を読めない奴隷たちは、牧師の説教からのみ、つまり「音」として聖書を学び、神によって救われる事を学んだのです。
先天的に音楽感覚の鋭い黒人たちは、その反応をまた「音」として再生しました。それが黒人霊歌なのです。黒人奴隷たちの精神的な世界への憧れが黒人霊歌に発展して行きました。
黒人霊歌が生き残った理由
黒人の奴隷達に歌い継がれてきた黒人霊歌は、奴隷制の終わり頃、白人達にも知られるようになりました。良い歌が多くあったので歌を採集し、全て楽譜に写し直したのです。そのために時代を超えて生き残って来ました。
中でも人気の曲は様々な編曲が成され、ソロ、合唱曲として黒人だけでなく白人にも歌われて来ました。今では人種の隔たりなく各国で歌われるようになり、特に学生の合唱団の重要なレパートリーとなってからは広く知られるようになっていったのです。
黒人霊歌は以前「Negro Spiritual」と呼ばれていましたが、差別的表現のため、今では単に「Spiritual(霊歌)」と呼ばれるようになりました。
黒人霊歌の特徴
- シンコペーションを多様したリズム
- コール&レスポンス
- ブルー・ノートの多様
- インプロビゼーション(即興的要素)の多用
- ボディー・アクションの多用
シンコペーションとは、4拍子や2拍子の通常リズムの中で強拍と弱拍を入れ替えて、よりリズム感を出す工夫のことです。これはアフリカ音楽における複雑なリズムから受け継がれたものと言えるでしょう。
ソロの歌唱(多くは牧師)から始まり、それに他の人々(聖歌隊もしくは会衆)が応えるように歌うスタイル。
ブルー・ノートとは、黒人音楽に特徴的な歌唱もしくは演奏法で、哀しげな雰囲気を出すために楽譜上の音よりも半音もしくは1/3音程度微妙に音を下げるやり方。
こうして生まれるバックの演奏と歌の微妙なズレが、独特の不協和音を生み出し、それが黒人音楽ならではの「ブルー」な雰囲気の最大の原因となっています。この微妙なズレは楽譜上では表現できません。
前述のブルーノートのように演奏者(歌い手)が即興的にオリジナルの曲を変えて演奏すること。ジャズはまさにこのインプロビゼーションが生み出した結晶とも言える音楽。
もちろん、ロック・ギタリストのソロ・パートやラテン・ダンス・バンドのライブ演奏など、あらゆる音楽ジャンルで用いられている手法。
白人の礼拝に参加していた当時、黒人たちはそこで踊ることは禁じられていましたが、その後自分たちだけで礼拝を行えるようになると、アフリカ仕込みのダンスが取り入れられるようになりました。
~小川洋司氏『深い河のかなたへ』- 黒人霊歌とその背景~より引用


黒人霊歌の有名な曲
黒人霊歌には静かな曲調の曲もあれば、踊りを誘うような楽しい曲まで様々な曲があります。聖書の有名な場面から多くの種類の歌が生まれました。
有名な黒人霊歌
『Swing Low, Sweet Chariot』(スウィング・ロー、スウィート・チャリオット)
『Go Down Moses』(行け、モーゼ)
『Michael Row the Boat Ashore』(漕げよマイケル)
『Sometimes I Feel like A Motherless Child』(時には母のない子のように)
『When the Saints Go Marching In』(聖者の行進)
『Joshua Fit The Battle Of Jericho』(ジェリコの戦い)
『Rock My Soul』(ロック・マイ・ソウル)
『Soon-Ah Will Be Done』(もうすぐ終わる)
『Where You There』(あなたはそこにいたのか)
私のお勧め黒人霊歌・歌詞付き
『Nobody knows the trouble I’ve seen』(誰も知らない私の悩み)
Nobody knows the trouble I’ve seen
Nobody knows my sorrow
Nobody knows the trouble I’ve seen
Glory hallelujah!
誰も知らない私の悩み
誰も知らない私の悲しみ
誰も知らない私の悩み
主に栄光あれ
Sometimes I’m up, sometimes I’m down
Oh, yes, Lord
Sometimes I’m almost to the ground
Oh, yes, Lord
時には陽気に 時には落ち込み
時には倒れる寸前まで
ああ そうです 主よ
If you get there before I do
Oh, yes, Lord
Tell all-a my friends I’m coming to HEAVEN!
Oh, yes, Lord
もし先に着いたのなら
友達に伝えておくれ
俺もすぐに主の下へ行くからと
『Deep River』(深い河)
Deep river, my home is over Jordan,
Deep river, Lord,
I want to cross over into campground.
深い河 故郷はヨルダン川の向こう岸
深い河 主よ
河を渡り 集いの地へ行かん
Oh don’t you want to go to that gospel feast,
That promis’d land where all is peace?
Oh deep river, Lord,
I want to cross over into campground.
福音の恵みを求めて
すべてが平穏な約束の地へ
深い河 主よ
河を渡り 集いの地へ行かん
『There is a balm in Gilead』(ギリヤードの香油)
There is a balm in Gilead
To make the wounded whole;
There is a balm in Gilead
To heal the sin-sick soul.
ギリヤードには乳香がある
傷ついた人を丸ごと癒す乳香が
ギリヤードには乳香がある
罪に病んだ魂を癒す乳香が
Sometimes I feel discouraged,
And think my work’s in vain,
But then the Holy Spirit
Revives my soul again.
私が落胆に沈み
やってきたことすべてが虚しかったと思えるとき
聖霊が私に臨み
魂を生き返らせてくださる
If you cannot sing like angels,
If you can’t preach like Paul,
You can tell the love of Jesus,
And say He died for all.
天使のように歌えなくても
パウロのように説教できなくても
イエスの愛を語ることはできるのだ
主はすべての人のために死んでくださったと
黒人霊歌の録音
CDで黒人霊歌を聴くなら、是非これらの中からの1枚をお勧めします。ここには素晴らしい黒人霊歌が歌われています。
黒人霊歌を聴くならこの1枚
(1)『黒人霊歌集』ロジェー・ワーグナー合唱団
合唱好きな人ならまずこの合唱団の黒人霊歌集は聴いておかないといけません。黒人霊歌のいわばスタンダードです。編曲も良く、黒人霊歌の入門者から合唱通まで誰にも感動を与えてくれる録音です。
(2)『黒人霊歌集』ジェシー・ノーマン(1978年録音)
迫力が違います。ジェシー・ノーマンが心を込めて熱唱している素敵なCDです。ジェシー・ノーマンのピアニッシモからフォルテまで素晴らしいダイナミクスが楽しめる録音。心に響いてくる録音となっています。
(3)『黒人霊歌集』バーバラ・ヘンドリックス(1998年録音)
ヘンドリックスの良さが出ている良い録音です。ジェシー・ノーマンと違ってリリコ・ソプラノの黒人霊歌も感じが違ってまた素敵な感じになっています。
(4)『我が心のスピリチュアルズ』キャスリーン・バトル&ジェシー・ノーマン(1990年ライヴ)
バックがジェームズ・レヴァイン指揮ニューヨーク・フィルメンバーのライヴ盤です。2人で黒人霊歌を歌いまくります。ソロで歌うことも、デュエットのことも。楽しい録音です。


まとめ
黒人霊歌は過去を辿れば悲しく苦しい歌です。でも今日では芸術の高みまでに達しました。本当に美しい曲がたくさんあります。是非一度聴いて欲しい曲ばかりです。
特に大学の合唱団が取り上げる場合が多くあります。彼らによって一度黒人霊歌に触れる機会を作っていただきたいと思います。感動必至です。