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最近の指揮者は現代音楽以外ほぼ暗譜で指揮をするようになりました。オーケストラへの対応が素早く出来るようになりますから、暗譜で指揮をしたほうが利点の方が断然大きいと思います。しかし、指揮者は本当にスコアの端から端まで記憶しているのでしょうか。

今ではスコアを見ながら指揮をしている指揮者は本当に少なくなりました。名前を出すのが難しいほどです。世界的指揮者の場合、ほんの数人程度と思われます。なぜ指揮者は暗譜に拘るかの理由は明快です。演奏中にずっとオーケストラだけに集中できるからです。

では、どうやって指揮者はあの分厚いスコアを暗譜するのでしょうか。例えば、ベートーヴェンの『運命』でも150ぺージほどあります。『第9』はその倍以上です。それを指揮者はどうやって頭に刻み込むのでしょうか。暗譜の利点や欠点、指揮者の暗譜方法を探ってみようと思います。

暗譜のメリット

絶対音感
演奏家は暗譜を行う事で様々なメリットを得る事ができます。指揮者本来の仕事に没頭する事を可能にする暗譜という技術は大きくわけて3つの利点があるので紹介していきたいと思います。

1.スコアをめくる手間がかからない

暗譜の1番のメリットはスコアをめくるという厄介な事をしないで済むことです。途中ダ・カーポ(繰り返し)等有った場合、スコアをまた元に戻さなくてはならない手間を省けます。また、誤ってスコアを2ページめくってしまったというアクシデントもありません。

新しい分厚いスコアは自然とページが戻ったりもします。演奏しながら、いちいち、それを直す大変さを考えれば、暗譜したほうが全てその手間が省けます。指揮者にとっては、絶えずオーケストラに注意を払えますから、演奏中の様々なミスを未然に防ぐ事が出来ます。

2.音楽だけに集中できる

スコアのページめくりに縛られる事もなく、音楽に集中できます。ページをめくって、すぐにある奏者へのキューが必要となった時でも、ページをめくる動作が無くなる為、楽にキューを出せます。スコアは演奏者に都合よく出来ているわけではないのです。

3.視線をスコアに落とさずに済む

スコアを見ることがないので、視線を落とさなく済みますし、今どこを演奏しているかを探す手間を省けます。スコアを置いている指揮者でもほとんど全ての音符を記憶していますから、2、3ページスコアをめくらない時もあります。

その場合右手で指揮をしながら左手でスコアのページを数ページ分めくるので、正しい場所まで探すのが手間が掛かります。音楽は止める事は出来ませんから、指揮者がページをめくっている間も流れていきます。その間に、オーケストラへの支持がおろそかになったりします。

暗譜のデメリット

レナード・バーンスタイン
メリットが非常に多い「暗譜」ですが、時には最悪演奏が止まってしまう事もあります。一流の指揮者ですら、極めて稀にですが暗譜をしているからこその失敗をする事があります。暗譜のデメリットを2つ紹介していきたいと思います。

1.演奏個所が分からなくなる

指揮者が現在どこを演奏しているのかわからなくなってしまう事が最大の欠点です。3年に1回位の頻度で、とても難しい、ストラヴィンスキーの『春の祭典』の演奏中に演奏が止まったという話が聞こえてきます。ニュースになるぐらいですから大抵、有名な指揮者です。

暗譜に不安がある指揮者は絶対にやってはいけない事です。楽譜を見ながら演奏する事はとても普通の事ですから、何も無理して暗譜の必要はありません。譜読みの勉強と暗譜とはまた別の話ですから、不安のある指揮者は堂々と指揮台の上にスコアを置いて演奏するべきです。

2.指揮者の不安がオーケストラにも伝わる

暗譜演奏が初めての指揮者の場合、その緊張感がオーケストラにも伝わります。また、暗譜に不安のある指揮者の場合も同様です。その不安は演奏にも出てしまいます。楽譜を思い出す事に集中しているような指揮者には、オーケストラは従わず、コンサートマスターを見て勝手に演奏します。

暗譜の仕方

小澤 征爾
指揮者だけではなく、ピアニストなどのソリスト達も基本暗譜で演奏します。彼らはどうやって暗譜するのでしょうか。これからは、暗譜の方法について考えていきたいと思います。最初は最もオーソドックスな方法です。ほとんどの方がこうしていると思われるものです。

ソルフェージュしながら覚える

まずはソルフェージュの意味から。「楽譜を見て、ドレミで歌ったり、リズムを打ったりすることで、歌う心やリズム感を養うこと」です。こういわれても音楽学校出身でない私などは「なんのこっちゃい」って思ってしまいます。簡単に言えば、楽譜を見て歌う事でしょうか。

音楽学校、それも音大の付属小学校でも音楽の基礎の基礎を覚えたらソルフェージュも授業の中に入ってきます。音楽家にとってソルフェージュは基本中の基本です。この才能がないと、初見で何小節も前の部分を演奏できませんし、音楽家という職業に就く事もままなりません。

ソルフェージュの効果

  1. 音符を読むのが早くなる(ぱっと楽譜を見てドレミがスラスラ読める)
  2. 3拍子の曲なのか、4拍子の曲なのかの拍子感やリズム感が身に着く
  3. 楽譜を見ただけでどんな曲か想像がつく
  4. 先へ先へ音を読むクセがついてるので、楽譜を点で見ることなく、楽譜全体が見渡せる
  5. 聴音ができる(耳コピーってやつです。テレビなどで流れる曲が弾けてしまう)

音楽家は小さい頃からこの訓練をずっとやって(やらされて)きました。だから初見演奏もパッと出来ますし、暗譜もこの事で楽に覚えられると言います。これはピアニストなどのソリスト達の話です。ですが、音楽家として共通の土台なのだと思います。

指揮者はどう覚えるか

指揮者は自分から音を出さない音楽家です。ではどうやって暗譜するのでしょう。本当にあんな10段(楽器の数)以上あるスコアをどうやって覚えるのでしょうか。暗譜の方法など人それぞれで、いわば企業秘密でもあるわけです。しかし、調べて分かった事を書いていこうと思います。

独自のやり方?

例えば、小澤征爾の場合はほとんど暗譜です。小澤征爾は良く譜読みの事を勉強と言っていますが、彼が勉強と言っていることは、アナリーゼしながら暗譜していることです。どうやって暗譜するかは小澤自身が言及している事なく、難しいとしか言っていません。

では、指揮者たちはどうやって全ての楽器の音符、発想記号、演奏記号(フォルテとかピアノなど)が書いてあるスコアを覚えるのでしょうか。どう調べても「ああ、そうなんだ」という回答には出会えませんでした。先に述べたように企業秘密ですからね。

故・岩城宏之の場合

かつて日本のクラシック界を支えていた故・岩城宏之という指揮者がいました。エッセイストでもあった彼は岩波文庫が出している毎月の雑誌「図書」に暗譜の方法を書いたのです。指揮者が楽譜を覚える場合、1ページ、1ページ写真を撮るように覚えていくのだと書いていました。

他の人がどうやっているかはわからないが自分はそうしていると、仕事上極秘中の極秘であるであろう暗譜の方法を明かしています。彼はその方法を「網膜コピー」と呼んでいました。岩城らしいネーミングです。彼だからこそ付けられた名前です。

岩城は言っています。「ルービンシュタインに暗譜の方法を教わって以来、ぼくは極力、目を使って曲を覚えるようにしてきた。スコアを開いて、1ページと2ページを20秒ほどにらむ。眺めるぐらいでは焼きつかない。ときには顔が真っ赤になってしまうこともある。」

「複雑な楽譜を模様として、あるいは景色として、頭の中でビデオの静止画のようにしてしまう。次々にページを進める。曲の最後までいったら、最初からまたやり直す。何回も何回も繰り返す。そのうちに目を瞑っていても開けていても架空の画面が目の前に現れるようになる。」

他の指揮者は?

調べてみても指揮者たちは暗譜についての事はなかなか情報は得られませんでした。これは先ほどから書いている企業秘密という事もあるでしょう。あくまでもこれは想像でしかありませんが、おそらく他の指揮者も故・岩城宏之と同じような事を行なっているのだと思います。

「網膜コピー」もそうですが、幼い頃から勉強してきたソルフェージュの方法とか使って自分なりの方法で暗譜をしていると思われます。指揮者は個性の強い方が多いので、全く別の方法を使っている方もいるかもしれません。こればかりは確かめようがありません。

まとめ

指揮者という商売はなかなか難しい職業ですね。暗譜する指揮者が出てくると楽譜を見る指揮者は何で暗譜しないんだと言われてしまいます。楽譜を使おうがどうかは音楽には全く関係ないのに。でも、練習の時でも楽譜を見ないで練習番号何番からとか言う指揮者も、カッコいいです。

結論はスコアを見ても、暗譜でもより良い音楽を聴かせてくれるのが、良い指揮者ですね。これは間違いの無い事実です。我々聴く側も、楽譜を見ながら指揮をしている指揮者に対する認識を改めないといけないようです。演奏される音楽があくまでも判断基準なんだと。

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