「好きな作曲家ランキング」と言うものはよく目にしますが、逆に「嫌いな作曲家」についてはあまり目にしません。しかし、人々から嫌われている作曲家は誰か、とても気になりますよね。こういったネガティブな事って、人間誰しも興味を抱くものです。
少々古い資料になりますが、『音楽の友』2014年4月号の「クラシック音楽ベストテン」の中で「私の嫌いな作曲家」を取り上げています。この手のランキングはそうそう動く物ではないと思いますので、これを利用して、「嫌いな作曲家」について考察していこうと思います。
この『音楽の友』の特集は様々なランキングを同時に行っているため、個々の論評のような事は詳しく書かれていません。嫌いさには理由があるはずです。何かしらの訳があって、嫌いといっているのです。だったら、どうして嫌われるのか、その理由を一度考えてみたいと思います。
第10位 ショパン
生誕・死没年:1810年3月1日~1849年10月17日
出身地:ポーランド
装飾の多い男は嫌い?
好きな作曲家の上位にランク付けされるショパンですが、嫌いな方も多くいます。何を隠そう私自身も大学時代は敬遠していた作曲家でした。音楽が軽すぎるというか、女々しい楽曲ばかり作る作曲家と思っていました。一言でいえば、相性が合わなかったという事ですね。
しかし、人生最初に買ったクラシックのレコードはショパンでした。中村紘子の美貌に負けて買ってしまいましたが、有名な曲ばかりでしたが、今一つ熱中できない自分がそこにいました。プロの方にもショパン嫌いが大勢います。譜読みが大変なんだそうです。
一般の人でショパンが嫌いな人は、あまりにも甘美でありすぎ、装飾音符がごちゃごちゃと付き過ぎている感じを受けるのです。ショパン好きには怒られそうですが、中身が薄っぺらな事をごまかすためにそういう事をしているんじゃないのって思われるところが嫌われる理由でしょう。
第9位 シェーンベルク
生誕・死没年:1874年9月13日~1951年7月13日
出身地:オーストリア
十二音音楽は嫌い?
シェーンベルクが嫌われている理由は現代作曲家だからです。特に彼は調性を無視した十二音音楽と言うものを創始し、自分の作品に取り入れた人物です。一般人のクラシック・ファンで、これを聴いて理解できる人が現在でもどれだけいるのか、それが最大のネックとなっています。
ショパンとは理由がはっきりと違うところが良い対比となって面白いです。シェーンベルクが何をしているのかさえ、我々には分からないという方が大多数かと思います。調性音楽から十二音音楽を確立させたことによって、クラシック音楽が劇的に変わり、人気を博したのなら分かります。
しかし、そのために却ってクラシック音楽(現代音楽)は難しいというジレンマに陥ってしまいました。一部の専門家たちだけの音楽になってしまったのです。この実験は幾人もの人達によって試みられましたが、結局は実を結ばなくて、我々が欲する音楽にはならなかったのでした。
第8位 ウェーベルン
生誕・死没年:1883年12月3日~1945年9月15日
出身地:オーストリア
十二音音楽は嫌いPART2?
ウェーベルンはシェーンベルクやベルクと並んで新ウィーン楽派の中核メンバーでした。彼の活動の前半は前衛音楽、後半は十二音音楽を行っています。彼の嫌われる理由はシェーンベルクと同じで現代作曲家だからです。前衛音楽、十二音音楽を聴きたいと思う人がどれだけいるでしょうか。
ウェーベルンはとても寡作な作曲家で、生前出版された作品は31曲しかありません。とはいっても私はオーケストラの定期会員だった頃に数曲聴いただけで、内容は全く覚えていませんし、聴いた後にこの曲のためにCDを買おうとかも思った事も無かったです。
彼ら新ウィーン楽派は十二音音楽を完成させて、何をしたかったのかが我々には良く分かっていません。後世への作曲家には影響を与えたと論評されていますが、果たしてクラシック音楽の行きつく先を光で照らしてくれたのか、甚だ疑問が残ります。だから、我々は聴かないのです。
第7位 ストラヴィンスキー
生誕・死没年:1882年6月17日~1971年4月6日
出身地:ロシア
変拍子は嫌い?
ストラヴィンスキーが嫌いな作曲家の第7位なんて信じられません。私の中では好きな作曲家のベストテン入りなのに。みなさん、どこがお嫌いですか?バレエ音楽『春の祭典』の変拍子が織りなす、あの何とも言えないおどおどしさが嫌いなのでしょうか。付いて行けないのでしょうか。
それとも『火の鳥』のけたたましさに嫌気がさしましたか?冗談はさておき原因は何かを見つけましょう。ストラヴィンスキーも現代作曲家です。活動期は大きく3期に分けられます。バレエの三大音楽を書いたのはその最初の「原始主義」時代です。
みなさんのイメージしておられるストラヴィンスキーはこの3曲の作曲家としてでしょう。3曲とも変拍子のオンパレードで劇的な音楽ばかりです。指揮者だって、オーケストラだって間違えるほどの難しい楽曲は聴いていても分からないと感じる人が多いのだと思います。
第6位 ショスタコーヴィチ
生誕・死没年:1906年9月25日~1975年8月9日
出身地:ロシア
駄作の多い作曲家は嫌い?
ショスタコーヴィチは交響曲作曲家であり、弦楽四重奏の作曲者でもありました。とはいえほとんどすべてのジャンルの物を作曲しています。ショスタコーヴィチは現代作曲家でしたから、初期には前衛的な面も垣間見られましたが、ソ連当局の批判もあり「正統派」作曲家に戻りました。
ショスタコーヴィチの生きた時代はスターリン全盛の時代で、社会主義リアリズムに翻弄された作曲家でした。書きたいものも当局の顔色を窺いながら作曲していた時代です。という事もあってか、ショスタコーヴィチの作品は聴けば誰でも彼の作品と分かる物が多くあります。
交響曲は15曲作りましたが、本当の意味で傑作なのは『第5番』だけでしょうか。はっきり言うと、後はつまらないものばかりです。正直、退屈この上ない。交響曲作曲家の大家といわれながらこれでは、嫌われるわけです。ベートーヴェンの交響曲と違って、粒が揃っていません。
第5位 モーツァルト
生誕・死没年:1756年1月27日~1791年12月5日
出身地:オーストリア
ドレミファばかりの作曲家は嫌い?
モーツァルトが第5位とは私とすれば意外でした。もっと上位かと思っていましたから。好きな人物というのは必ずアンチが存在するものです。モーツァルトがベートーヴェンと違うのはまだウィーン古典派として完成されていない事。だからベートーヴェンとは違っているのです。
うんと簡単に言ってしまえば、モーツァルトはドレミファの作曲者です。モーツァルトの音楽を聴いてみて下さい。ドレミファソラシドの音形がどんなに出現してくるか。つまらないたわいない話を耳元で囁かれているような感じがします。モーツァルトの音楽は子供の悪戯のようです。
だから、嫌いな人には生理的に受け付けないものがあるのです。神から届けられた音楽のようなものも存在しますが、圧倒的に多いのはドレミファの音楽。モーツァルトの嫌いな人はそこのところが受け入れられないのです。これは良し悪しではなく好き嫌いの問題ですから。
第4位 J.S.バッハ
生誕・死没年:1685年3月31日~1750年7月28日
出身地:ドイツ
お堅いオジサンは嫌い?
バッハもこんな順位でしょうか。バッハのような勤勉な作曲家はどの楽曲も神様に捧げるようにして作曲したのですから、冗談の入り込む余地なんてありません。バッハの嫌いな人はそこですよね。勤勉すぎて音楽がつまらない。もっと聴いていて楽しい音楽にしてほしいと感じています。
私は好きな作曲家の5番手ぐらいにバッハがいますので、こちら側に立って文章を書くのもなんなんですが、モーツァルトでも書いたように好き嫌いですからね。音楽の良し悪しで選んでいるわけではありません。『ロ短調ミサ』がどれだけ凄い音楽なのか論じてもどうしようも無いのです。
『無伴奏チェロソナタ組曲』だって、あんなにきっちりしている音楽なのに、CMで冗談半分に使っている会社もあるから分からないものです。バッハの勤勉さを逆に利用しているのですからね。バッハは実に勤勉な人でしたが、子供は20人位作っていますね。
第3位 メシアン
生誕・死没年:1908年12月10日~1992年4月27日
出身地:フランス
やっぱり現代作曲家は嫌い?
メシアンと言えば現代作曲家の一人です。小澤征爾ととても気が合って、オペラ『アッシジの聖フランチェスコ』は小澤が初演を指揮しました。小澤は『トゥーランガリラ交響曲』も得意で、名盤を残しています。余談は切り上げて、本題に戻りましょう。
メシアンが嫌われているのは、現代作曲家なので音楽を聴いても良く分からない、それに一曲一曲が長い事が理由です。聴いていても、良く分からないし、途中で飽きてしまう事に付きます。彼はオンド・マルトノという電子楽器に興味を持ち、多くの作品に取り入れた変わった人でした。
彼は「リズム」、「時間」の感覚に対して独特の個性を持っていました。そんな作曲家の作る曲が如何に尋常でないものか、誰にでも分かります。20世紀音楽専門家のために作曲するような音楽って、本当に必要なのでしょうか。それとも彼らの正当性が今後証明される日が来るのでしょうか。
第2位 マーラー
生誕・死没年:1860年7月7日~1911年5月18日
出身地:チェコ
ユニーク過ぎる音楽は嫌い?
マーラーは交響曲と歌曲で名を挙げた作曲家でした。彼の交響曲と歌曲とは密接な関係性があり、どちらにも共通の旋律が登場します。交響曲を始めとするマーラーの音楽は独特のイメージに包まれており、聴いた事の無い楽曲でも、すぐにマーラーのものと分かります。
マーラーが嫌いな人は第1にその事に嫌悪感を持ちます。第2は楽曲の長さです。一番短い『交響曲第4番』でも55分以上です。1時間を超える交響曲がほとんどです。マーラー嫌いに言わせれば、マーラー印で辟易しているのに、そんなに長時間付き合えないよといった感じでしょう。
私はマーラー大好き人間なので、彼の交響曲はどの曲も彼らしさが溢れていて素晴らしいと思いますが、嫌いな人には鼻持ちならない音楽に聴こえているのでしょう。癖の強い音楽でもある事から、好き嫌いのはっきり分かれる作曲家だと思います。ですから第2位は予想の範疇でした。
第1位 ブルックナー
生誕・死没年:1824年9月4日~1896年10月11日
出身地:オーストリア
長過ぎる交響曲は嫌い?
いよいよワースト1の登場です。クラシック・ファンなら予想通りでしょう。ブルックナーが嫌われる第1の理由は楽曲が長すぎる事です。これまで見て来た9人の嫌いな作曲者の中でも楽曲の長さは嫌いになる要素の上位を占めていました。彼も同様、長大すぎて嫌われているのです。
第2はどの曲もブルックナー進行と言って、同じような形を取っている事が多いためです。同じ楽曲の中でも同じ旋律を繰り返し繰り返し使用していて、途中で飽きてしまう人が続出します。マニアにはそこが堪らないのでしょうが、一般人にとっては眠気を誘うだけです。
第3は作曲者の楽曲改訂が多く、どれが本当の決定稿なのかはっきりしない事です。大きく分けるとハース版とノヴァーク版に2つに分かれ、楽器の違いや旋律の違いなど、楽曲の雰囲気が全く違うものもあります。聴く側にとってそんな複雑な問題早く決着させてよというところです。
長大で、同じ旋律で、作曲者の意図はどの版なのかも不明な作曲家は嫌われるわけです。ブルックナーの演奏会は男性客の比率が高いそうです。女性の指示を得られないためワースト1なのです。途中で化粧直しにも行けないような演奏会は女性にとっては苦痛なのでしょう。
嫌いな作曲家ランキングを見て
第1位 ブルックナー
第2位 マーラー
第3位 メシアン
第4位 J.S.バッハ
第5位 モーツァルト
第6位 ショスタコーヴィチ
第7位 ストラヴィンスキー
第8位 ウェーベルン
第9位 シェーンベルク
第10位 ショパン
第10位のショパンは意外でした。好きな作曲家に入っても、嫌いな作曲家には入らないだろうと思っていましたから。装飾の多い音楽を嫌う人間も多いのですね。現代作曲家も軒並み名前が挙がっています。どう考えても、人が異様だと思うような音楽は聴くに堪えません。
バッハとモーツァルトが並んでいるところが面白いです。厳しすぎる音楽も嫌われるし、軽妙な音楽も嫌われるという事。そして、マーラーとブルックナーは若者によってこれだけメジャーになった作曲家ですが、それ以外ではそうは簡単に受け入れて貰えなかったようです。
嫌いな作曲家10人共に理由が良く分かる作曲家でした。ワーグナーやプロコフィエフなど癖の強そうな作曲家がもっと上位になるのかと思っていましたが、名前すら出てきませんでした。それ以上に現代音楽が嫌われているという事になります。心の癒しになりませんからね。
まとめ
「嫌いな作曲家」を見てきました。嫌いになるのは理屈ではなく感じ方なのですね。解説書を読んでどんなに凄い作曲家かどうか分かっても、その楽曲が自分の感性と合致するかどうかは別物。好き嫌いの問題ですので、堅苦しく考えないで、好きな作曲家だけを聴いていきましょう。