ホルストの名曲と言ったら『惑星』です。いや、ホルストの他の曲は全くの無名曲ばかりですから、彼の作品で唯一ヒットした作品と言っても過言ではありません。
第1曲目の『火星』の只ならぬ感じの音楽で始まる冒頭から心を鷲掴みにされてしまいます。でも、この組曲を全曲聴かれた方はひょっとして少ないのでは?『火星』と『木星』だけを聴いて済ませている方が多いように思われます。
平原綾香さんの『Jupiter』(=木星)のお陰で、『惑星』も、クラシック音楽ファンでない方にも有名になりました。今回は『惑星』を聴くにあたって、知っておくと作品が理解でき易くなる解説をしたいと思います。
ホルスト組曲『惑星』予備知識
この作品を聴くにあたって、作曲者や『惑星』に因んだ予備知識を少し纏めておきます。
作曲家ホルスト
グスターヴ・ホルスト(Gustav Holst)は、1874年9月21日生まれのイギリスを代表する作曲家です。音楽家になった後、女学校の先生となり、生涯教育に力を注ぎました。59歳の人生でした。
ホルストは元来インド思想や神智学など神秘的なものに魅かれる傾向があり、1913年頃からは占星学の本を読みふけっていました。やがてホルストは、人間の運命を司る星の「気」を管弦楽で表現しようと考えるようになります。これが『惑星』に繋がったわけです。
黄道12宮について
ホルストが『惑星』作曲のもとにした占星学では以下のように守護星が決められています。だから、この楽曲は火星から始まるのです。
金牛宮(牡牛座)(タウルス Taurus)4月21日~5月20日 守護星:金星
双子宮(双子座)(ゲミニ Gemini)5月21日~6月21日 守護星:水星
巨蟹宮(蟹 座)(カンケル Cancer)6月22日~7月22日 守護星:月
獅子宮(獅子座)(レオ Leo)7月23日~8月22日 守護星:太陽
処女宮(乙女座)(ビルゴ Virgo)8月23日~9月22日 守護星:水星
天秤宮(天秤座)(リブラ Libra)9月23日~10月21日 守護星:金星
天蝎宮(蠍 座)(スコルピウス Scorpius)10月22日~11月21日 守護星:火星
人馬宮(射手座)(サギッタリウス Sagittarius)11月22日~12月21日 守護星:木星
磨羯宮(山羊座)(カプリコヌス Capriconus)12月22日~1月19日 守護星:土星
宝瓶宮(水瓶座)(アクアリウアス Aquarius)1月20日~2月18日 守護星:天王星
双魚宮(魚 座)(ピスキス Pisces)2月19日~3月20日 守護星:海王星
(注)黄道とは天の赤道の事です。太陽は1年かけて、これらの星座を通る事が昔から知られていました。占星学ではこれらの星座の事を黄道12宮と呼ぶのです。
楽器編成
作曲家ホルストの作品の中でも最大規模を誇る4管編成の大オーケストラのための管弦楽組曲となっています。楽器編成としては、リヒャルト・シュトラウスの交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』に匹敵するほどの規模を擁するものです。
楽器にはオルガンやテナーチューバそして女声合唱も必要なため、コンサートで取り上げる機会はそう多くありません。
『木星』の第4主題
『木星』の第4主題は作者自身によって管弦楽付きコラールに改作編曲されています。この曲はイギリスの第二の国歌とも呼ばれる愛国歌で『I vow to thee, my country(我は汝に誓う、我が祖国よ)』として愛唱されています。またイングランド国教会の聖歌となっています。
この愛国歌はホルストの友人ヴォーン・ウィリアムズにより「サクステッド」と命名され、それ以来数多くの楽曲が作られるようになりました。
1991年、ラグビーワールドカップ・イングランド大会のテーマソングとして新たな歌詞が付けられ、「ワールド・イン・ユニオン」(World In Union)として発表されました。以来「ワールド・イン・ユニオン」はラグビーの大会主題歌として歌い継がれています。
1997年にはオルガンに編曲されたものが、ダイアナ元皇太子妃の葬儀において教会で演奏されました。
『惑星』が有名なのはカラヤンのおかげ
組曲『惑星』は1920年に全曲初演され好評を得ますが、その後演奏回数も減り次第に忘れ去られます。しかし、息を吹き返したのは1960年頃、ヘルベルト・フォン・カラヤンがウィーン・フィルの演奏会で取り上げたからでした。
カラヤンは同じメンバーで録音も行い、これが大ヒットし組曲『惑星』は蘇ったのでした。ホルストは天国でカラヤンに挨拶に行った事でしょう。
惑星の名を付けたのは出版社
『火星』とか『木星』とか言っていますが、これは初演にあたってのマーケティングとして付けられたもので、オリジナル・スコアには「戦争をもたらす者」などしか記載されていません。
しかし、それに対してホルスト自身が何も言わなかった訳ですから、本人もそのつもりで作曲していたと思います。『惑星』と名付けたの意味を出版社が補強したといえるでしょう。
ホルスト組曲『惑星』各曲解説
では、1曲ずつ楽曲をみていきましょう。全部で7曲あります。それぞれに特徴あるサブタイトルが付いています。
第1曲:火星、戦争をもたらす者
4分の5拍子の力強いリズムが勇猛果敢さを感じさせ、この楽章の間、繰り返されます。弦楽器の弓の背で弦を叩くコルレーニョとメロディの不気味さがこの楽曲のキモでしょうか。
激しさに溢れる楽曲で、サブタイトルのように、戦争がイメージされます。最後もオーケストラ全体での同音連打で終わりとなります。
第2曲:金星、平和をもたらす者
火星と違って、平穏でやすらぎに満ちた音楽になっています。途中でヴァイオリンやチェロのソロも演奏される楽曲です。全体を通じて地味な楽曲となっています。
第3曲:水星、翼のある使者
天空の使者が空を翔けめぐる様が表現されています。この曲は、全7曲の中でも一番短く、全体的にスケルツォ的な音楽です。忙しく動き回る感じが上手く表現されています。
第4曲:木星、快楽をもたらす者
この組曲のメインを飾る楽曲です。全曲の中で最もスケール感があり、圧倒的な存在感に溢れていて、聴く者の感動を盛り上げます。
6本のホルンによる勇壮な第1主題や第2、第3主題もホルンが活躍します。楽想が変化に富んでいて、『惑星』の中でいちばん親しまれている楽曲です。
第5曲:土星、老いをもたらす者
老年者を表すように、終始ゆったりとしたテンポで進む楽章です。コントラバスでテーマが演奏されますが、老いを表現するには効果的なやり方と思います。憂鬱な気分が漂っている感じです。
最期は鐘の音でクライマックスを築いた後、次第に遠ざかるように弱まって行きます。ホルスト自身、この土星が最も気に入っていたといわれています。
第6曲:天王星、魔術師
フランスの作曲家ポール=デュカスの『交響詩魔法使いの弟子』に影響を受けた楽曲です。冒頭は金管のファンファーレで始まります。何か呪文のような導入部です。
印象的な4音(G, Es, A, H)は、ホルストの名前(Gustav Holst)を表していて、曲中に何度も顔を出します。
第7曲:海王星、神秘主義者
神秘性をたたえた幻想的な楽曲です。全てがピアニッシモで演奏されます。ハープを始めとした弦楽器のアルペジオが印象的です。
後半に女声合唱が加わりますが、歌詞はなく女声の響きだけです。楽曲の最後は女性合唱だけになり、静かに曲を閉じます。
ホルスト『惑星』初演
『惑星』は全曲初演の前に、何度かリハーサルと考えられるコンサートが開かれています。実際、これらのコンサートで聴衆の反応を確かめたのでしょう。
予備演奏会
第1次大戦終結間近の1918年9月29日、ロンドンにおいてエードリアン・ボールト指揮のニュー・クィーンズ・ホール管弦楽団が非公式初演を行いました(全7曲)。
公式初演は同じくボールト指揮により戦後の1919年2月27日にロンドンで行われましたが、この時は「金星」と「海王星」が省略されました。
全曲初演
全7曲の公式初演はアルバート・コーツ指揮のロンドン交響楽団により1920年11月15日に行われました。聴衆は斬新な響きに魅了され、初演は大成功に終わります。
なお、ホルスト自身はロンドン交響楽団を指揮して1922~1924年と1926年に2度『惑星』を録音しています。
『惑星』で聴いて欲しいCDはカラヤン盤は勿論ですが、故・冨田勲のシンセサイザー盤も是非聴いてほしい1枚です。音が広がるように作られていて、一味違った『惑星』を聴く事が出来ます。『惑星』のイメージが少し変わりますよ。
まとめ
『惑星』は人気のある作品になりました。ホルスト唯一の全世界で有名になった楽曲です。私たちクラシック愛好家のみならず、クラシックに興味のなかった人達にも知られる存在になって、とても嬉しく思っています。
何といってもこの作品のキモは『火星』と『木星』です。『火星』の5拍子のリズムは1度聴いたら頭から離れなくなってしまいます。