左手の指揮者

オーケストラの指揮者ってほとんどの方が右手に指揮棒を持って指揮をしています。左利きの方もいるのですから、左手で指揮棒を持つ指揮者がいても不思議ではないと思うのですが、現在では世界中を探してもほんの数人しか存在しません。

左利きの人の割合は約10パーセントと言われていますから、もう少し多くても不思議ではないと思われるのですが、割合で言えば0.0001パーセントぐらいなのではないでしょうか?この数字は当てずっぽうですが、少ないのには何か理由があるはずです。

どうして左利きの指揮者が少ないのか、その理由に迫ってみたいと思います。

左手で指揮をする指揮者

現在のクラシック音楽界で、左手で指揮をする指揮者は私が知っている限り2人だけです。エストニアの女性指揮者クリスティーナ・ポスカとオランダの作曲家、指揮者ヨハン・デ・メイ(こちらは主に吹奏楽界の指揮者)です。

もう亡くなりましたが、日本でも有名だったフィンランドの指揮者パーボ・ベルグルンドは私も聴いた事があります。実力のある指揮者で、世界的な指揮者でもありました。

そのコンサートは何ともいえない違和感を感じました。初めて左手での指揮を見たのですから、楽曲に集中できずに指揮ばかりに注目した事が思い出されます。

右手に指揮棒を持つ事は教育から生まれる

世の中の人の90パーセントが右利き、つまりは大多数な訳です。音楽教育もその大多数に合わせて行なわれるようになっています。

指揮法のメソッドが右利き用

左利きの学生が指揮者を目指したいと思い、先生に付いて最初に直されるのが、右手で指揮棒を持つ事です。クラシック音楽界では標準が右利きの人用のメソッドになっているため、右手で棒を振ることを強制されます。

世界的指揮者になりたかったら、右手に指揮棒を持つように矯正しなさいと必ず言われるはずです。まずどの音楽学校でも100パーセントそうなります。

指揮者の右手

指揮者の場合、右手は主にリズムに関する動作(つまりは拍を取る事)を行います。2拍子、3拍子、4拍子と指揮棒で描く形が変わります。指揮の基本中の基本です。これを見ると演奏者は何拍子の何拍目を振っているんだという事が分かるわけです。

右手の拍子の図形はオーケストラ全員が分かるようにと、身体に覚えこませますから、とても大事な要素になります。

アインザッツ(音の出だし)を揃える事も指揮者の大事な仕事です。これも指揮棒の振り方が大きな影響を与えます。このように左利きの人も有無を言わせず、右利きの動作としてこの練習を叩き込まれるわけです。

指揮者の左手

では、左手は何をするのでしょう?基本的に左手は音の大きさや音楽の表情付けを行います。例えば左手の手のひらを奏者に向けると音は弱めにしてとなり、逆にこっちに来いの様な合図をするともっと大きな音を下さいの意味になります。

勿論、左手の使い方についてもきっちりとした表現の表し方があって、それを訓練されます。

指揮というのは世界のどこでも言葉を使わずに共通な音楽を演奏するための必要な技術ですので、当然全てを覚えなくてはなりません。そのメソッド自体が右利きの人向けしか考えられていないのです。

オーケストラ側から見た場合

演奏する立場からはどうなのでしょう。右手で指揮をする場合と左手で指揮をする場合とでは演奏に影響するのでしょうか。

拍子の混乱

まず、各拍子の図形がどう見えるかが1番大事なところです。3拍子なのか6拍子なのかきちんとオーケストラ側に伝わるかどうかです。これはとても難しい問題です。オーケストラは学生時代から右手に指揮棒を持つ指揮者が当然の事として練習しています。

例えば3拍子と言っても3角形を空中で描くのではなく、1拍目は大きく縦に振り下ろし、2拍目は右側に波型を描くように持って行き、3拍目は1拍目の最初の部分に戻ってきます。

これによって今は何拍子でその何拍目を振っているのかが分かります。これが反転するのですから、オーケストラ側はそれを理解するために時間が必要となり、指揮を見ずコンサートマスターばかりを見るようになるかもしれません。

左利きの指揮者になった場合、普段は当然のごとく弾いていた物が、ちょっと頭が混乱するのではないでしょうか。慣れの問題だと思いますが、慣れるまでには時間が掛かるはずです。

しかし、左利きの指揮者で演奏する機会は一生に一度あるかないかの確率ですから、わざわざ左手になれる意味も無いと思っている方がほとんどかと思います。左手に指揮棒を持つ事はマイナス要素が大きいと言えるでしょう。

コンサートマスターからの見易さ

コンサートマスターと指揮者とはとても大切な関係ですから、指揮がコンサートマスターに見え易いかどうかは大きな問題です。左利きの指揮者はコンサートマスターにとって何拍子を振っているのか分かりにくくなりますから、この点でも圧倒的に不利になります。

オーケストラは指揮者が分かりにくいところではコンサートマスターを見ますから、そのコンサートマスターが指揮を見難くては問題は大です。となるとやっぱり左利きの指揮者は不利になります。

左利き用メソッドは必要なのか

では、左利きの人のためのメソッドは出来るのでしょうか。私は必要ないと思っています。今まで通り利き腕に関係なく、右腕で指揮棒を持つ事が一番楽で簡単な話です。

圧倒的に右腕で指揮棒を振る指揮者が多い中で、オーケストラはそれを当然として演奏しているわけで、あえて左利き用のメソッドを作る事は不要と考えています。左利きの方も右手で振れるように訓練する、これが私の結論です。

その他の楽器も見てみる

指揮者から離れて他の楽器の扱いはどうなのかについてみてみましょう。違いが有るのでしょうか。

ピアノ

ピアニストも良く使う指が右腕の小指だといわれています。これも右利きが多い事が関係します。左利きの人は苦労している話は聞いたことがありますが、オーケストラほどではないと思います。

鍵盤を今の並びから完全に逆転すれば、左利き専用のピアノが出来ますが、訓練によって補正できるので、そこまでは必要ないでしょう。

弦楽器

これもギターと同じように左利き用の楽器を作れば出来る代物ですが、オーケストラに入っては使用できなくなります。あくまでソロの場合だけは可能ですが、これも訓練によって克服されるので、左利き専用楽器が必要とは考え難いです。

管楽器

フルートやピッコロ、ファゴットなどは左利きが不利であることは否めませんが、これも訓練すれば大丈夫でしょうから、問題無さそうですね。元々ホルンは左手でピストンを操るので却って左利きの人向きでしょうか。

打楽器

こちらも利き腕など関係ないように見えますが、どうしても利き腕の音のほうが大きくなり易いそうです。そこでこちらも両手打ちでも均等な音が出るように練習が必要です。しかし、利き腕がどちらであろうと関係ない楽器ですね。

まとめ

左利き指揮者は強制的に右手に指揮棒を持たされ、右利き指揮者と同様に訓練されます。ですから左手に指揮棒を持つ指揮者はほとんどいないのです。その中であえて左に指揮棒を持つ指揮者が存在する事は容易ではないと思います。

けれども指揮棒はやっぱり右腕で振るのが理想だという事は変わらない事実だと思います。クラシック音楽が生まれてからずっとこの形が定番でしたから、それを変える必要性を感じないです。

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