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千住 真理子

千住真理子はもう50歳後半なのですね。どうしてもデビューの頃の印象が強くて、まだまだ若い女の子というイメージから抜け出していない自分がいます。あれから何十年経っているか考えてみれば、そんな事当たり前なのに、頭の中に出来上がったイメージを払拭するのは難しいものです。

ストラディバリウス「デュランティ」購入騒動からも、もう十数年経ちます。月日の変わるのはほんとに早いものです。千住真理子も「天才少女」と言われ続け、プレッシャーから演奏出来なくなったり、2度の結婚も上手くいかなかったりと色々とありました。

しかし、音楽一筋に生きると決めてからの彼女は、昔と比べていい味を出すようになっています。日本の女流ヴァイオリニストとして、確固たる地位を築き、ひたすら音楽に邁進している姿は、見ていてカッコイイです。今回は千住真理子を取り上げて紹介して行きます。

千住真理子・略歴

1962年4月3日東京生まれ。父は慶応大学教授、母はエッセイスト。長兄は日本画家・千住博。次兄は作曲家・千住明。2歳3ヶ月からヴァイオリンを始め、一流の指導者から教わりながら成長してきました。1973年、全日本学生音楽コンクール小学生の部で第1位。

1975年、「NHK若い芽のコンサート」でNHK交響楽団と共演し、12歳でプロデビュー。「天才少女」伝説の幕開けです。1977年、第46回日本音楽コンクールを最年少(15歳)で優勝。1979年、パガニーニ国際コンクールに最年少(17歳)で第4位入賞。

大学は音大を選ばず、慶応大学文学部哲学科を選択。コンサートやリサイタルで世界各地に呼ばれ演奏してきました。1995年、モービル音楽賞(奨励賞)受賞。テレビ、ラジオのキャスターなども務めるなど現在まで、幅広い分野で活躍されてきました。

千住真理子、挫折の日々

20歳の時、「天才少女」という周囲の幻想に嫌気がさし、一時ヴァイオリンを休止。23歳で復帰するものの、その後7年間は思い通りの演奏が出来ず、悩める期間が続きました。そんな中、ある日のコンサートで急に自分のやりたい音楽が下りてきたと彼女は語っています。

演奏が終わった後、母親と抱き合って泣きながら喜びました。その日以来、絶対にこれからは音楽を裏切らないと心に誓ったそうです。音楽に向かう姿勢がアグレッシブになったと言っています。ここを乗り越えられるかどうかが音楽家の大変な所なのでしょう。

千住真理子、デュランティとの出会い

2002年秋、ストラディヴァリウス「デュランティ」との運命的な出会いを果たします。楽器商から話が合った時は、最初は「NO」と答えたそうです。日本にもう少し置いておくから、一度弾いてみたらと再度楽器商に勧められて見に行ったのが最後、彼女は恋に落ちてしまいます。

この時期に演奏家に売りたいという所有者が現れ、それが日本の楽器商に依頼され、日本まで持ち込まれたという事が運命だったのですね。あと1ヶ月すれば、その楽器はアメリカでの販売になる予定でした。声を掛けてくれた楽器商とつながりが有った事も本当に運命です。

千住真理子は「デュランティ」に惚れ込み、この楽器しかないと思ったそうです。次兄の千住明(作曲家)が中心になって、家族会議を開き、みんなで銀行に頭を下げまくり、やっとの思いで手に入れた「デュランティ」だったのです。いうなれば、千住家で買った「デュランティ」でした。

「デュランティ」に関しての豆知識。作られてすぐにローマ教皇クレメンス14世に献上され、その後200年間「デュランティ」家に所蔵された後、スイスの富豪に引き取られたもので、演奏家によって弾き続けられてきたものではありません。彼女が4人目のオーナーです。

千住真理子の性格

千住真理子のせっかちさは業界では有名な話のようです。例えば演奏が終わった瞬間に、つぎのサイン会場にすぐさま着席。そこでお客さんたちを待ち、サイン会が終わると同時に荷物を持って帰ってしまいます。そして現場移動のときは、必ず走るのが基本なんだそうです。

また、飲食店などでの行列を非常に嫌い、基本的には待たない生活しているようです。そして、食事のスピードも早いそうです。そんな事に時間をかけているより、ヴァイオリンの練習を長くしていたいそうです。音楽家としてはごもっともですが、健康管理という点では如何なものでしょう。

千住真理子と車

意外と思うかもしれませんが、千住真理子は車を趣味としています。運転する事が好きで、気分転換になるそうです。彼女の事ですから、勿論、外国の高級車に乗っていると思われますが、200キロぐらいなら、自分で運転して演奏会場まで行ってしまうそうです。

彼女はこう語っています。「免許は20歳で取った。運転するのが好きだった。運転中は頭がリセットされるし、個室的空間が自らを安心させる。バリエーションの違う音楽を聴けば開放感があるし、場合になると何も聞かず無音空間に包まれたい」

まとめ

千住真理子はデビューが早く「天才少女」というレッテルに悩んだ一人です。それを克服するのに10年もの時間を費やしてしまいました。でも、それをネガティブに捉えるのではなく、あれがあったからこそ今があると開き直れたからこそ現在があるのだと思います。

「デュランティ」を手に入れて、新たに自分の音を作り上げるという作業をしてきた千住真理子。今後の千住真理子の音楽はまた変わっていくと思います。アグレッシブに音楽に対峙している千住真理子を我々はずっと応援していきたいと思っています。

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