
『レコード芸術』2019年11月号で「キリル・ペトレンコ時代開幕!躍進する新世代指揮者たち」という特集が組まれました。20代~40代の新世代の8人の指揮者について、各評論家の論評が掲載されています。興味ある指揮者たちが紹介されていますので取り上げてみます。
今シーズンからベルリン・フィルのシェフになったキリル・ぺトレンコを代表させ、同世代の8人の指揮者たちを紹介しています。本当に音楽界はぺトレンコ時代になったのかと言われると、まだ最初のシーズンが始まったばかりで、彼が一時代を築けるかどうか誰も分かりません。
いずれにせよ、今後の音楽界を担っていきそうな新世代指揮者8人は知っておかねばなりません。もう日本でも十分に名の知られている人から、まだそこまで有名ではない方もいますので、私なりに一人ずつ紹介して行こうと思います。この中から未来のカラヤンが登場するかもしれません。
1.フランソワ=グザヴィエ・ロト
生年月日:1971年11月6日
国籍:フランス
2000年、ドナテッラ・フリック国際指揮者コンクールで優勝。2003年に「レ・シエクル」を結成してその指揮者を務める。2011年から2016年までバーデン=バーデン・フライブルクSWR交響楽団の首席指揮者。2015年からケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団の音楽監督。
ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団、レ・シエクル、フライブルクSWR交響楽団を活動の軸にして、各国のオーケストラを指揮続ける一方、パリ音楽院教授として教育にも熱心な多忙な指揮者です。英国のクラシック音楽サイト『Bachtrack』の世界で忙しい指揮者の第6位に選ばれています。
彼は何度か来日していますが、中でも2018年の「レ・シエクル」との演奏会は凄かったようです。「レ・シエクル」は古楽器のピリオドオーケストラですが、ストラヴィンスキーの『春の祭典』は語り草になっています。新世代指揮者として期待出来る逸材です。
2.テオドール・クルレンツィス
生年月日:1972年2月24日
国籍:ギリシャ
サンクトペテルブルク音楽院でイリヤ・ムーシンに指揮法を学ぶ。2004年にノヴォルシビスク国立歌劇場の音楽監督に就任。アンサンブル・ムジカエテルナとムジカエテルナ室内合唱団を創設して芸術監督となる。2011年、ペルミ国立オペラ・バレエ劇場の芸術監督。
2018/2019シーズンより南西ドイツ放送交響楽団の首席指揮者に就任。2018年夏、クルレンツィスとムジカエテルナがザルツブルク音楽祭でベートーヴェンの交響曲全曲を演奏した時、その演奏に接した批評家たちはどういう言葉でその演奏を表現すれば分からない程だったと言います。
BBCプロムス・デビューでも同じでした。演奏されたのはベートーヴェンの交響曲第2番と第5番。「恐ろしいほどの集中力に満ちた演奏。これまで知っているベートーヴェンを遥かに凌駕する出来」(英ガーディアン紙)と絶賛の言葉が連ねられました。今後の動向に注目です。
3.アンドリス・ネルソンス
生年月日:1978年11月18日
国籍:ラトビア
2003年、ラトビア国立歌劇場首席指揮者。2006年、北西ドイツ・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者。2008年、バーミンガム市交響楽団音楽監督。現在は、2014年よりボストン交響楽団の音楽監督。2017年からライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団楽長を兼任。
英国のクラシック音楽サイト『Bachtrack』の世界で最も忙しい指揮者に選ばれています。2つの名門ビッグオーケストラを率いているのですから多忙な筈です。新世代指揮者として現在最も注目されている一人です。彼は今後も目が離せない指揮者です。
2020年のウィーンフィル・ニューイヤーコンサートは彼の指揮でした。テレビでご覧になった方も多い事でしょう。そのぐらい、今の彼はクラシック界の中心で活躍しているという事です。41歳でニューイヤーコンサート登場ですからヨーロッパ音楽界の期待の大きさが分かります。
4.ヴラディーミル・ユロフスキー
生年月日:1972年4月4日
国籍:ロシア
2007年よりロンドン・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者、2011年よりロシア国立交響楽団芸術監督を務め、2017年よりベルリン放送交響楽団の首席指揮者・芸術監督に就任。2021/22年シーズンからバイエルン国立歌劇場の音楽監督へ就任することが発表されている。
これまでに、ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ、ドレスデン国立歌劇場、ゲヴァントハウス管、ニューヨーク・フィル、シカゴ響、ボストン響、フィラデルフィア管などの世界の主要オーケストラに客演するほか、各地の音楽祭にも招かれています。
オペラ指揮者としてもゆるぎない名声を得ています。2021年からのバイエルン国立歌劇場の音楽監督就任により、より飛躍が期待できます。オペラ座の音楽監督はハードですから、他のオーケストラのポストはどうするのか気がかりです。彼もまた新世代指揮者として活躍してゆく事でしょう。
5.フィリップ・ジョルダン
生年月日:1974年10月18日
国籍:スイス
2001年から2004年までは、グラーツ歌劇場とグラーツ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を務める。現在はパリオペラ座音楽監督、ウィーン交響楽団首席指揮者(2020年まで)を兼任。同世代の中で才能に恵まれ、聴衆を熱くする指揮者の一人として注目されている。
何といっても大ニュースは2020年のシーズンからウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任する事です。ぺトレンコがベルリン・フィルの首席指揮者に選ばれた時のように、驚きました。アバドや小澤征爾が務めたポストです。いわばある意味世界の頂点に昇り詰めたわけです。
そのポストを46歳で任されるのですから、彼の音楽性、統率力、将来性が認められたという事です。ここに挙げた8人の中で、最大の成長株です。これからの彼の仕事の一つ一つがより注目されていきます。新世代指揮者の中でぺテレンコと並んで最注目指揮者です。
6.ダニエル・ハーディング
生年月日:1975年8月31日
国籍:イギリス
1994年、バーミンガム市交響楽団を指揮してデビュー。1996年、早くもベルリン・フィルデビュー。ロンドンのBBCプロムスにも史上最年少指揮者として登場。2016年から2019年までパリ管弦楽団音楽監督。2007年から、スウェーデン放送交響楽団音楽監督を務める。
ウィーン・フィル、コンセルトヘボウ管弦楽団やアメリカのメジャーオーケストラへの客演も多数行っています。オペラ指揮者としても名声が高く、ミラノ・スカラ座、ベルリン国立歌劇場、ウィーン国立歌劇場などへの客演及びザルツブルク音楽祭などの音楽祭で好評を博しています。
2019年の忙しい指揮者ランキングの第8位にランクされています。各国を飛び回っている人気指揮者なのです。2010年から2016年までは新日本フィルのミュージックアドバイザーでしたから、日本での知名度も高いものがあります。今後どんなポストに就くのか楽しみな指揮者です。
7.ヤニック・ネゼ=セガン
生年月日:1975年3月6日
国籍:カナダ
ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団首席客演指揮者を歴任後、2012年からフィラデルフィア管弦楽団の第8代音楽監督に就任。また、2017年からメトロポリタン歌劇場の首席指揮者も兼任と次世代を担う指揮者の1人です。
きわめて協調的なスタイル、深く根ざした音楽的探究心、限りない熱狂が、プログラムへの新鮮なアプローチとあいまって批評家からも聴衆からも歓呼の声で迎えられています。「これほどフィラデルフィア管を素晴らしく鳴らした指揮者は、かつていなかった」と絶賛されています。
オーケストラとオペラの2つの音楽監督を務めているのですから、多忙なのも当たり前です。2019年の忙しい指揮者の第6位にランキングされています。オーケストラとオペラは指揮者にとって音楽活動の最も大切な両輪です。新世代指揮者の中でも有力株の一人です。
8.グスターボ・ドゥダメル
生年月日:1981年1月26日
国籍:ベネズエラ
12歳で初めてオーケストラを指揮し、その後世界各地で演奏し注目を集める。2003年、ベルリンやザルツブルクでラトルのアシスタントを務め、アバドの招きでマーラー室内管を指揮。2004年、第1回グスタフ・マーラー国際指揮者コンクール優勝で脚光を浴び、国際的な演奏活動が始まる。
2009年からロサンゼルス・フィルハーモニック音楽監督を務めています。2009年にアメリカの『タイム』誌で「最も影響力のある世界の100人」に選出されました。ウィーン・フィルを始め、世界各国の著名なオーケストラを指揮する一方、オペラの分野にも進出します。
近年はウィーン・フィルとの関係が緊密で、定期演奏会にも頻繁に登場しています。将来的にはロサンゼルス・フィルの音楽監督を踏み台にして、もっと重要なポストに就ける逸材だろうと思っています。来年40歳という若さですから、将来の指揮者界を担っていく存在だと思っています。
「新世代指揮者たち」8人を俯瞰して
ここに挙げた8人の中で特筆すべきは何といってもフィリップ・ジョルダンでしょう。ウィーン国立歌劇場の音楽監督就任ですから、他の人より一歩先を進みました。楽壇の一つの頂点を極める訳です。まさしく時代は新世代指揮者の時代に突入した訳です。
次に挙げるのが、ヴラディーミル・ユロフスキーです。来シーズンからバイエルン国立歌劇場の音楽監督に就任します。こちらも才能充分で、期待が持てる指揮者です。この人も年齢的に働き盛りです。これからどんな指揮者に変貌していくのかとても楽しみです。
この8人を見てみると、誰もドイツ・オーストリア系の指揮者ではない事が特徴です。イタリア系もいません。今後の音楽界を担う新世代指揮者たちは、今までの伝統的なクラシック音楽をその点からも変えていく人物たちです。ドゥダメルなんかベネズエラですからね。
まとめ
「新世代指揮者」の8人を見てきました。いずれ劣らぬ才能を持った指揮者たちで、これからのクラシック界も高い質を維持できるのではないかと思っています。ここに割り込んでくるような、強烈なライバルが出現してくる事も、大いに期待しましょう。
40代の働き盛りの彼らが中心となって、クラシック音楽界が盛り上がっていきます。かつて、アバドやムーティ、小澤が歩んできた道を、まさに今彼たちが歩んでいるところです。今後の彼らの活躍にエールを送りたいと思います。