
NHKの「ベートーベン250年プロジェクト」の一環として行っていた「あなたが選ぶベートーベン・ベスト10」の集計結果が2020年12月11日放送の「らららクラシック」で発表されました。
ベートーベンの好きな作品を3曲選ぶ投票の結果です。自由投票ですからその結果をそのまま日本人の傾向として扱ってはいけませんが、約1万5千通の投票の重みは感じなくてはなりません。
発表された結果を見て、意外な偏りがある事に少し驚かされました。番組を見られた方も多くいる事でしょうが、改めてその順位について考えてみたいと思います。
(注)NHKの表記は「ベートーヴェン」ではなく「ベートーベン」に、「ヴァイオリン」は「バイオリン」に統一されています。よって今回の記事はNHKの基準に従った表記にしています。
投票方法
投票方法:インターネットにての投票。ひとり最大3曲まで投票可。
ここで注意が必要な点は、投票のホームページを見ると、有名曲30曲だけあらかじめ選曲されていて、試聴もでき、投票もできるようになっている事や、稲垣吾郎や久石譲のコメント付きのものもあった事です。
勿論、その他の楽曲も投票できる仕組みにはなっていましたが、アンケート調査でこれをしてしまうと、その30曲に票が集まる事が予想され、調査の結果に影響を及ぼしてしまいます。
自由投票と言いながら、このやり方はいかがなものかと思います。投票する方の利便性を考えたのでしょうが、今までの「らららクラシック」の投票のように自分で記入するやり方の方がよりベターだったと思います。
あなたが選ぶベートーベン・ベスト10結果
ここからはベスト10を見ていきます。投票者が悩んだであろう結果は次のようになりました。この結果を見て私が感じた思いを短くコメントしていきます。
第10位 ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」
第10位から「テンペスト」!凄いランキングになりそうな気配を感じます。この楽曲の第3楽章は一度聴いたら忘れられない美しいメロディです。
この作品に1票を投じた人たちも、その美しさに魅了されている人たちなのでしょう。
第9位 交響曲第3番「英雄」
ここでもう「英雄」が出てきてしまったと、「英雄」大好き人間の私にはショックでした。しかしベスト10入りしているのですから、良しとしましょう。
交響曲の奇数の番号の作品と「田園」はもう少し上位で固まっているのかと予想していましたが、結果は違っていましたね。
第8位 エリーゼのために
「テンペスト」「英雄」ときて、「エリーゼのために」が第8位に入るとは思いもしませんでした。ベートーベン・ベスト10と銘打っての企画で「エリーゼのために」がベスト10入りとは、ちょっと驚きです。
作品からも「えっ、私こんなところにいていいの」という言葉が聞こえてくるようです。
第7位 ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
「皇帝」は第7位にランクインです。ピアノ協奏曲ですから、交響曲やピアノ・ソナタの人気どころには勝てないかもと思っていたので、妥当な順位かと思います。
しかし、心の中には「エリーゼのために」と同列に見られているのかという気持ちがあるのも事実です。ちょっと複雑な気持ちがあります。
第6位 交響曲第6番「田園」
「田園」は第6位でした。「傑作の森」の一翼を担う交響曲であり、心の癒しをもたらしてくれる、ベートーベンとしては異質の交響曲です。
もう少し上位を取るものと予想していたので、これも意外でした。私は交響曲好きな人間なのでそう思いますが、一般の方の好みは、ピアノの方が上位なのでしょうか。
第5位 交響曲第5番「運命」
何と「運命」が第5位です!「第9」と第1位を争うのではないかと思っていた私には、驚きの結果でした。
おそらく日本人が一番知っているベートーヴェンの音楽は「運命」のジャジャジャジャーンのはずですが、余りにも有名過ぎて敬遠されたのでしょうか。
第4位 ピアノ・ソナタ第14番「月光」
「運命」より上位になった作品は「月光」でした。第1楽章の雰囲気は日本人に合っていると思います。ですから、人気の高い作品なのでしょう。
ベートーベン三大ピアノ・ソナタの1曲です。名曲ですから根強い人気があるのですね。
第3位 ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」
第3位には三大ピアノ・ソナタの「悲愴」が入りました。「月光」「悲愴」と並んでいるのも興味深いところです。「悲愴」は第2楽章が特に有名で、味わい深いものがあります。
「月光」「悲愴」とピアノ・ソナタに人気が集まったのも良く分かりますが、「運命」より上位とは意外で、ピアノ好きな方の多さに気付かされる結果となりました。
第2位 交響曲第7番
「交響曲第7番」が第2位とは衝撃的でした。この作品が第2位だったという順位の事と、「運命」「田園」「英雄」より上位にランクされている事の2つの事柄において、意外だったからです。
『ベートーベン250プロジェクト』番組の解説で、「ベートーヴェンの楽曲の中でこんなに明るい作品はない」という旨の発言をされていましたから、それが決め手になった事も考えられます。
第1位 交響曲第9番「合唱つき」
誰にとっても特別な意味を持っている作品なので、納得する第1位です。毎年、年末に「第9フィーバー」が起こる国ですから、その点でも当然の結果かと思います。
また、『ベートーベン250プロジェクト』で、第9の解説を分かり易く放送した直後という事も大きく影響した事でしょう。元々好きな上に、ベートーベンがこの作品に託した思いなどを知ることができたのですから、心を動かされるのも当然の結果かと思います。
ベスト10全体の感想
第2位 交響曲第7番
第3位 ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」
第4位 ピアノ・ソナタ第14番「月光」
第5位 交響曲第5番「運命」
第6位 交響曲第6番「田園」
第7位 ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
第8位 エリーゼのために
第9位 交響曲第3番「英雄」
第10位 ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」
ベスト10にピアノ・ソナタ3曲、ピアノ協奏曲1曲、ピアノ小品1曲と、5曲もピアノ作品が入っているのも興味ある事です。ピアノ曲が好きな方が如何に多いかを物語っています。
「エリーゼのために」が入っているのは、どうも場違いな感じです。この作品は投票のホームページに載っていた楽曲ですから、影響がなかったとは言えないでしょう。
三大ピアノソナタの中で「悲愴」「月光」が第3位、第4位となったのも注目に値します。しかし「熱情」はベスト10入りしませんでした。その理由として、難しいピアノ・ソナタという事もあるかもしれません。傑作ですが全2曲よりとっつき難さがあります。


補足・第11位から第20位まで
第20位までの順位が発表されていますので、それも合わせて紹介しておきます。
第11位 ピアノ・ソナタ第23番「熱情」
三大ピアノ・ソナタのひとつ。惜しくもベスト10入りならずでした。
第12位 バイオリン・ソナタ第5番「春」
第12位にして初めてバイオリン作品が登場しました。「春」は親しみ易い作品です。
第13番 バイオリン協奏曲
ベートーベン唯一のバイオリン協奏曲は第13位と微妙な順位です。傑作ですが、ベスト10には届きませんでした。
第14位 ロマンス第2番
バイオリン作品の中でも親しみ易いメロディで知られています。この作品が選ばれたのは投票のHPに載っていた事と関係がありそうです。
第15位 トルコ行進曲
トルコ行進曲も好きな作品ですが、ベスト10を決める投票に顔を出すような作品ではないと思います。これも投票のHPの影響がありそうですね。
第16位 バイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」
バイオリン・ソナタの傑作「クロイツェル」は残念ながら第16位でした。「春」にも負けてしまいましたね。
第17位 ピアノ・ソナタ第31番
後期のピアノ・ソナタが選ばれたのは嬉しい事です。「嘆きの歌」を評価してくれる人が多かったことに感謝します。
第18位 ピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」
「傑作の森」を代表するピアノ・ソナタです。この作品も人気がありますね。希望が湧いてくるような作品ですから、投票する人も多かったのでしょう。
第19位 ピアノ・ソナタ第32番
ベートーベン最後のピアノ・ソナタです。「悟りの境地」のベートーベンがここにはいます。これを選んだ方が多かった事も嬉しい限りです。
第20位 ピアノ協奏曲第4番
ピアノ協奏曲第4番がギリギリ第20位に滑り込みました。ピアノソロから始まる素敵な協奏曲です。当時としては革新的な協奏曲でした。


全ての結果を見て
投票者は随分悩まれたのだろうと想像がつきます。「ベートーベンのあなたが好きな曲を3曲選べ」と言われても、答えに窮する人々の方が多かったのではないでしょうか。ベートーベンは交響曲、協奏曲、ピアノ・ソナタなどほとんどのジャンルの作品があるのですから。
投票者は究極の選択をされたわけです。交響曲好きの方は交響曲を選んだでしょうし、ピアノが好きな方はピアノ・ソナタを重視した事でしょう。
第20位までにこれだけピアノ曲が多かったのは、ピアノ好きな方の投票数が多かった可能性も否定できません。自由投票ですからこんな偏りも出てきたのだと思います。
ベートーベンの3本の柱は交響曲、ピアノ・ソナタ、弦楽四重奏曲ですが、第20位までに弦楽四重奏曲が1曲も入っていないのが残念です。特に後期の弦楽四重奏曲は名曲の宝庫なのですが…。
交響曲とピアノ・ソナタは主要作品が選ばれましたが、室内楽曲はやはりマイナーという事も教えてくれた投票結果でした。
まとめ
「ベートーベン250プロジェクト」の締めくくりとして行われた「あなたが選ぶベートーベン・ベスト10」の結果を考察してみました。
ピアノ・ソナタの大勝利という結果でした。しかし、交響曲は5曲選ばれていますし、協奏曲もピアノ協奏曲『第4番』『第5番』、そしてバイオリン協奏曲が入っています。
究極の選曲に迷われた方も多いと思いますが、一般の方の傾向がある程度読み取れた内容でした。ベートーベンには多くの傑作があります。これをきっかけにして、今まで聴かなかったジャンルの作品も聴いてほしいと思います。