
20世紀に入ってから「古楽器」(ピリオド楽器ともいう)を使用したオーケストラが多くなりました。多くなったといっても現代オーケストラと比べれば極々わずかではあります。
彼らが行っているのは出来る限り作品が作られた時代の響きを再現する事です。実際に聴いた印象はかなり異色な感じを受けます。弦楽器はビブラートを掛けませんし、管楽器の響きも違います。何といってもピッチが低くてくすんだ感じがあります。
古楽器オーケストラが増えてきた理由や、当時の響きを求める事が果たして現在に必要なのか、その辺の事情を探りたいと思います。


古楽器とは
古楽器とは一般的にはおおむね19世紀以前に使われていた楽器の総称です。16から18世紀が全盛期で19世紀には廃れてしまった楽器を指す事もあります。古楽器演奏は当時作られたオリジナル楽器やオリジナル通りに作られたレプリカを使って演奏されます。
古楽器の事をピリオド楽器というのが一般的です。それに対して現在のオーケストラで使われている楽器の事を「モダン楽器」といいます。
19世紀から現在までに作られた楽器をそう呼ぶのですが、オリジナル楽器自体が19世紀にほとんどが改造され、モダン楽器に生まれ変わっているのです。
ですから、本当のオリジナル楽器を探すのは難しくなっています。レプリカを使って演奏している古楽器オーケストラが多いのはそのためです。
名器ストラディバリウスも19世紀に、時代に合うように改造されていて「モダン楽器」の仲間といえます。


古楽器とモダン楽器の違い
古楽器のヴァイオリンはネックがモダン楽器よりも短かったり、弦がガット弦を使っています。弓もモダン楽器の弓と形が違います。
フルートは木製でキーがなく、リコーダーのように指を塞ぐ穴が開いているだけ、トランペットも現在のようにバルブがなく、マウスピースで作った音しか出せません。
弦楽器はヴィブラートを掛けないなどモダン楽器と演奏方法も違います。管楽器は現在のバルブが無いため音程を作る事がより難しいです。バロック物には大抵チェンバロが入る事も大きな違いとなっています。
また、演奏ピッチも違います。現代のオーケストラは例えばベルリン・フィルは基準音が444KHzを使っていますが、古楽器演奏は415KHzから430KHzぐらいで演奏します。
古楽器オーケストラの歴史
古楽器オーケストラはおおよそバロックから古典派までの演奏を行います。出来る限り当時の作曲家が作った作品を当時の演奏で聴かせる事が目的です。例えばモーツァルトの作品をその当時の聴衆が聴いていたであろうと思われるように再現演奏します。
古楽器演奏の先駆者は第2次大戦後のニコラウス・アーノンクール率いる「ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス」でした。彼らは出来るだけ当時の音楽の再現に注力し、1957年に初の公開演奏会を開きます。
耳慣れない音楽に聴衆の批評は賛否両論でした。拒絶反応を示す聴衆も多くいました。しかし、彼らはそれを乗り越え、作品が作られた時代の精神、素材、技術に徹底して拘りました。
演奏会を繰り返していく内に次第に聴衆にも受け入れられるようになり、やがて人々を魅了するようになります。
彼らのおかげで古楽器オーケストラも認められ、現在に至っています。アーノンクール以降、トン・コープマン、ガーディナー、ブリュッヘン、クイケン、ホグウッドといった著名な指揮者も現れ、それぞれが古楽器オーケストラを作り活動する時代となって来ました。
古楽器ではなくモダン楽器を使って、古楽器奏法や弦楽器にガットを使ったりして、古楽器オーケストラのような響きを追求するオーケストラも誕生してきました。
大規模なCDショップに行くと古楽器ジャンルだけのコーナーが作られるようになり、一定の固定ファンが付いたようです。


果たして古楽器オーケストラは必要なのか
なぜ古楽器オーケストラが必要なのでしょうか。音楽演奏の仕方も時代によって変化するものです。何よりも現代のコンサートホールは昔と比べてはるかに大きいものです。その箱を十分に響かせるためには現在のオーケストラが使っているモダン楽器の方が優れています。
それも当然、響きを豊かにするためにモダン楽器が作られているからです。より多くの聴衆に聴いて貰いたいがゆえに楽器も進歩してきたのです。
それにも拘わらず古楽器オーケストラの活動も活発です。モダン楽器を使ってまで、古楽器奏法に拘り、古楽器オーケストラのような活動をしているオーケストラまで現れました。
果たして当時の様式で演奏する事にどれ程の意味があるのでしょうか。そこに拘って、結果貧弱な音楽に終わてしまってはまるで意味を成しません。それに本当に当時を再現できているのかどうか確認する方法も無いのです。
現代オーケストラでは出せない魅力
古楽器オーケストラは彼らにしか出せない魅力を持っています。だからこそ、これだけ今の音楽界で認知されたのです。ここで聴き比べをしてみましょう。一方は現代オーケストラ、もう一方は古楽器オーケストラです。同じ曲でも違った印象を受けます。
現代オーケストラ
古楽器オーケストラ
聴き比べると一目瞭然で、現代オーケストラの方がゴージャスな響きで、より音楽が大きく聴こえます。音楽の広がりを感じる事が出来ます。弦楽器も管楽器も響きが豊かです。
一方古楽器オーケストラはピッチの関係もあってちょっとくすんだ感じに聴こえます。こうして聴き比べてをすると、古楽器ゆえに弦楽器、管楽器共に響きに物足りなさを感じます。
しかし、音楽史を研究していく上で、古楽器演奏も重要な位置に立っています。当時の作曲家が意図した事が現在のオーケストラでは感じる事ができない事もあるのです。楽譜の解釈もまた違ってくる事もあるでしょう。
現在の古楽器オーケストラの存在は無くてはならないところにまで発展してきました。古楽器オーケストラに全く興味がない人と興味がある人との住み分けが出来て来たようです。
彼らファンは現代オーケストラには出せない魅力をそこに感じているのです。地味なスタイル、華美に飾らない音色を好む人たちも多くなったという事でしょう。


クラシック音楽の選択肢の増加
クラシック音楽ファンも多様化してきて古楽器演奏に魅力を感じる人も増えました。勿論、魅力を感じないという方もいます。
古楽器演奏が認知され今やひとつのジャンルとして確立しましたので、クラシック音楽ファンの選択肢がひとつ増えたと思えばいいのかと思います。
好きな人は聴くし、肌に合わないという方は手を伸ばさなければいいだけです。そう考えるのが妥当なのではないでしょうか。
モーツァルトの時代までは、オーケストラと言えば多くて40人程度の規模でした。現在はその倍の数です。当時の聴衆がどういう響きを聴いていたかを追求する事も、大事な研究のひとつかもしれません。
まとめ
古楽器オーケストラの存在価値をどこに求めるかを考えてきました。今さら何で昔の演奏に戻る必要があるのかと考える人もいるでしょう。しかし、当時の音楽の響きはどうだったのか知りたい人が増えてきたのも事実です。
当時の伝統を守り続けるのもクラシック音楽の1ジャンルとして必要なのかもしれません。昔の響きはこんな感じだったのかと肌で感じるのもアリかと思います。