昔の歌謡曲に『もしもピアノが弾けたなら』という名曲がありました。「思いのすべてを歌にして君に伝えることだろう」という歌詞がとても印象的です。今でもこの楽曲を耳にするたび、自分もそうできたらどんなに素敵な事だろうと思ったりします。
作曲家は作りたい時に自分の思いを伝える作品を残してきました。自分の愛する人への告白のためや婚約、結婚の時などその場に応じた愛の音楽を相手に贈ったのです。才能のある人はそんな素敵な事ができて羨ましい!
作曲家たちが残してきた数々の愛の作品の中から、愛する人に贈りたいクラシックの名曲を10曲選びランキングにしてみました。あなたが贈りたい音楽は入っているでしょうか、また贈られたいと思う音楽はあるでしょうか。
ランキングの基準
- 自分の思いを素直に伝えてくれる楽曲である
- 愛する人を思いやる楽曲である
- ハートマークに溢れた楽曲である
以上を鑑み、私のフィーリングに合うものを順位に反映します。
第10位:クライスラー『美しきロスマリン』
「ロスマリン」とは、ハーブとして有名なローズマリーの事を指します。クライスラーは花の美しさや香りの良さを音楽にしたわけではなく、若い娘たちのことを「ロスマリン」に重ね合わせたと考えるのが自然です。
とても優雅で甘美な音楽です。クライスラーは一体誰を思い描いて作曲したのでしょうか。非常に気になりますね。
この作品と『愛の喜び』『愛の悲しみ』の3作は「古いウィーンの舞踏歌」3部作と呼ばれています。また「愛の3部作」と呼ばれる事も。
美しい女性を思う気持ちが曲の端々から伝わってきます。このランキングの始まりにピッタリの作品です。
第9位:ワーグナー『ジークフリート牧歌』
ワーグナーが妻コジマへの誕生日およびクリスマスのプレゼントとして作曲したものです。ジークフリートとは長男の名前で前の年に生まれました。子供を生んでくれた感謝の意味もあって、このタイトルにしたのです。
ワーグナー邸での初演は妻コジマには内緒で事が進められました。そして、クリスマスの日に室内オーケストラたちは2階へつながる階段にひとりずつ陣取り、コジマの登場を待ったのです。
コジマが部屋を出るとワーグナーの指揮によりオーケストラの演奏が始まり、コジマは何が始まったのかと大層驚いたようです。事実を知らされたコジマは大喜びしたと伝わっています。
これを見ていたワーグナーの娘2人はこの音楽を「階段の音楽」と名付け、当日は数回繰り返し演奏されました。
こんなエピソードがあった事を知るとワーグナーが如何に妻を愛していたかが伝わってきます。人の妻を奪ったのですから、さもありなんですね。
オーケストラ作品という事、また演奏時間が長いのが9位にした理由です。
第8位:サティ『ジュ・トゥ・ヴ』
日本語に訳すと「お前が欲しい」となります。あまりにも直接的過ぎますから、フランス語のまま『ジュ・トゥ・ヴ』と呼ばれることが多いかと思います。人気シャンソン歌手ポーレット・ダルティのために作曲されました。
サティの音楽の中では『ジムノペディ』と並んで有名な作品です。CMなどにも多く使われていますので馴染みがあります。
とても軽い音楽で、明るく楽しい作品です。これが本当にクラシックなのと思っている方も多いのではないでしょうか。二人でお茶でもしながら気軽に聴きたい音楽ですね。
あまりにも気さくすぎることが逆にマイナスポイントで、この順位にしました。
第7位:クライスラー『愛の喜び』
もう1曲クライスラーを持ってきました。タイトル通り愛の喜びが溢れている作品です。そしてウィーンの雰囲気を感じさせてくれます。
この作品こそどこを切ってもハートマークが飛び出してくる幸せいっぱいの音楽です。愛する人と一緒にいれば何をしても楽しくて仕方がない気持ちがよく分かります。
3拍子に乗った美しい旋律に思わず体が反応してしまいそうです。クライスラーの才能の高さが窺えます。
この順位に置いたわけは、嬉しさや楽しさは伝わってきますが、愛の深さを感じられないからです。素敵な作品ですが、突き詰めて愛を考えているわけではありません。
第6位:ウェーバー『舞踏への勧誘』
ウェーバーが結婚後2年目に妻カロリーネに贈った作品です。この作品を贈った時にウェーバーは妻に向かって、1小節ごとにピアノを使い説明したとの逸話も残っています。
男性が女性をダンスに誘うところから音楽が始まります。会話を交わしたあと二人はダンスを踊り始めるのです。この辺の感じはベルリオーズ編曲の管弦楽版の方がよりイメージし易いでしょう。
序奏とコーダを持つワルツ集です。ウィンナ・ワルツの雛形になった作品とも言われています。
華麗な舞踏会の光景を見事に音楽で表現しています。楽しく踊っているウェーバー夫妻が目に見えるようです。愛のある作品ですから聞き手もそれを享受しているように聴こえてくるのでしょう。
愛の告白などどこにもでてきませんが、二人の良好な関係が想像できる、そんな音楽になっています。男女二人の恋愛までの発展はありませんが、その後の展開が気になる作りです。そんな点も含め第6位としました。
舞踏会が終わりその後コーダがあるので、気の早い方は舞踏会の終わりで拍手をしてしまう方もいらっしゃるのです。演奏会では気をつけましょう。
ウェーバーは残念ながらこの7年後に39歳という若さで亡くなってしまいます。二人が夫婦として過ごした日々は10年もありませんでした。
第5位:エルガー『愛の挨拶』
エルガーがキャロライン・アリス・ロバーツに婚約の記念として贈った作品です。当時のエルガーはまだ無名の作曲家でした。キャロラインは8つも年上で、しかも陸軍少将の娘という事から、身分の違いのため周りからは結婚を反対されます。
しかし、二人の思いは変わらず、反対を押し切って結婚するのです。その後、エルガーが63歳の時にアリスが先に逝くまで、二人は32年間仲良くお互いを支えながら暮らしました。
こんな素敵な楽曲をプレゼントされた時の女性の気持ちとはどんなものなのでしょうか。愛に満ち溢れた素晴らしい作品です。
この作品はピアノ独奏用、ピアノとヴァイオリン用、小編成の管弦楽用と複数の編曲があります。私はヴァイオリン版が最もこの作品の良さが伝わると思っているひとりです。
ここまでくると順位を付けるのが憚られます。婚約者に対する愛情がこちらにもひしひしと伝わってくる作品です。作品の完成度が上位に挙げたものより少々劣るかなと思われるので、この順位にしました。
第4位:グリーグ『君を愛す』
初期の歌曲集『4つのデンマーク語の歌』「心のメロディ」の第3曲目の「君を愛す」をグリーグは20年後にピアノ曲に編曲しました。
この作品を聴いていると、グリーグが如何に妻を愛していたのかがよく分かります。実に深い音楽です。そして何と単純なタイトルでしょう。「君を愛す」この事だけを語っている音楽です。
グリーグ夫妻の絆の深さまでもが伝わってきます。歌曲では「愛してる、この世界の誰よりも」「愛してる 今この時も そして永遠に!」で盛り上がるように作られていますが、ピアノ版も同様です。
熱い思いが切々とピアノからほとばしってきます。第4位に置きましたが、この熱さは半端ではありません。ただ、今の私の感情は上位3曲の方がランキング基準により近いものと感じているためです。
第3位:シューマン(リスト編曲)『献呈』
シューマンが作曲した26曲からなる連作歌曲集『ミルテの花』の第1曲目にあたります。シューマンは結婚式の前日に『ミルテの花』を妻になるクララに贈ったのです。
この二人も結婚までは様々な困難があり、それを乗り越えて結ばれました。この歌曲集はシューマンの喜びが溢れているもので、その第1曲目はリストも気に入り、ピアノ曲に編曲したのです。
元々、愛に溢れた作品にリストが華麗なる装飾を付け、より美しい作品に仕上げたといった感じがあります。
ミルテという花は、日本ではあまり馴染みのない花ですが、花言葉は『愛』『愛のささやき』だそうです。シューマンのクララへの愛がここにあります。
第3位にしましたが、愛を伝える作品として、第1位までの差は殆どありません。あくまでも私の中での感じ方の違いであって、どれが第1位と言ってもおかしくないと思っています。
第2位:リスト『愛の夢』第3番
第2位にはリストの『愛の夢』第3番を挙げました。この作品も愛に溢れる作品でリストの良さがでています。第1位との差は有って無きようなものです。
『愛の夢』は始め歌曲として発表されました。それをリストが1850年(39歳)にピアノ曲に編曲したのです。歌曲としておくよりも、自分が得意なピアノ曲とした方がより世に広まると考えたのでしょうか。
いいえ、この作品はピアノの方がより感情に訴えられると思ったに違いありません。原曲の歌曲を作曲した時も、ピアノ曲に編曲した時もリストは同棲生活をしていました。それも、それぞれ別の相手だったのです。
『愛の夢』は3曲からなりますが、それぞれに愛の形が違います。この第3番は友人、知人への無償の愛の形を表現しているともいわれますが、それは歌曲の詩からくるもので、ピアノ編曲版は果たしてそれと同じ事を考えていたのかは断言できません。
何度聴いても飽きることのない素敵な作品です。両手を挙げて愛を賛美しているわけではなく、何もかも知ってしまった人間だからこそ伝えられる愛があるのではないかという気がします。大人にしか分からない恋愛のようです。
第1位:ブラームス『愛のワルツ』
第1位はブラームス『愛のワルツ』にしました。ブラームスが書いたこの作品は短い曲ですが全てが詰まっているように思われます。完成度も非常に高いレベルです。第1位にふさわしいと判断しました。
正確に書くと『ワルツ集』から「第15番」。この作品は最初ピアノ連弾用に作曲されています。人気が高かったこともあり、ピアノ独奏用に編曲され、更に子供でも演奏しやすい簡易版までも出版されました。
当時の人が如何にこの作品に興味を持ち、自分でも弾いてみたいと思ったかを物語っています。レコードなどない時代、自分で弾くか、誰かに弾いてもらうかしかなかったのです。ブラームスはこの作品だけでもかなりの収入になったことでしょう。
『ワルツ集』は、音楽評論家で友人のハンスリックに献呈されました。ハンスリックは驚きを持って「真面目で無口なブラームス。あのシューマンの弟子で、北ドイツのプロテスタントで、シューマンのように非世俗的な男がワルツを書いた。」と評しました。
当時流行っていたウィンナ・ワルツに背を向けていたブラームスが『ワルツ集』を出版した事にハンスリックは驚いたのです。実はブラームスはヨハン・シュトラウスのウィンナ・ワルツに興味を持っていました。
ブラームスの『ワルツ集』は踊るために作られたものではありません。ブラームスはシュトラウスのように自由なワルツを作ることができませんでした。その代わり、音楽性に富んだ自由な発想で、様々な形式のワルツを世に問うたのです。
「第15番」に話を戻すと、ブラームスが作ったとは思えないほどロマンティックな作品です。ハンスリックが驚くのも無理はありません。シューマンの妻であったクララの事でも考えながら作曲したのでしょうか。気になるところです。
まとめ
「愛する人に贈りたいクラシックの名曲」をランキング形式でみてきました。第1位はブラームスにしましたが、5位以内はどの作品も順位を付ける事が難しい大接戦でした。
愛をテーマにした作品を多くの作曲家が作っています。それは特定の相手の場合もありますし、人物を特定しない普遍的な愛の場合の両方です。しかし、どちらにせよ愛を扱う音楽は優しい物が多く、聴衆の心が癒やされます。
ここに挙げた10曲の作品もそんな作品ばかりです。愛する人に贈るも良し、自身で癒やされるのも良し。心に響いてくる音楽ばかりですから、どんな場面でも役立つ事でしょう。