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ザビーネマイヤー事件

ベルリン・フィルハーモニー交響楽団(以下ベルリン・フィル)が創立100周年を迎える年、カラヤンとベルリン・フィルの間で一人の団員を迎え入れるかのトラブルが発生しました。一人の女性演奏家の採用を巡ってカラヤンとベルリン・フィルの間で大きな溝を生む大事件となるのです。

それこそがクラシック音楽史にも名を残す事になった『ザビーネ・マイヤー事件』です。伝統を重んじるあまり、女性団員の入団を認めていなかったベルリン・フィルの差別とも取れる行動を帝王ヘルベルト・フォン・カラヤンは認める事ができなかったのです!

ここからはベルリン・フィル100周年という記念すべきアニバーサリーイヤーに起こっていた大事件を紹介していきたいと思います。才能と伝統がぶつかり合った『ザビーネ・マイヤー事件』をぜひ覚えて行ってください。カラヤンの音楽家としてのプライドが実にかっこいいです。

ザビーネ・マイヤー事件とは

壊れたピアノ出典 : https://acronymofficial.com

1982年ヘルベルト・フォン・カラヤンとベルリン・フィルの間で女性のクラリネット奏者ザビーネ・マイヤーを入団させるかを巡って起きた事件です。創立100周年を迎えたベルリン・フィルは、オーケストラの格式を保つため、男性団員の入団しか認めていなかったとされています。

当然ベルリン・フィル側からすればそんな差別的体制は存在しないとし、楽員側の反対理由はベルリン・フィルの音と合わない事を理由としました。しかし100年に渡って女性団員がいないと事実からもわかるように、ザビーネ・マイヤー氏が女性であった事が原因だと推察されています。

この事件の原因はザビーネ・マイヤーが女性である事がメインとされていますが、もう一つ、カラヤンとベルリン・フィルの溝を深めた理由があります。それはベルリン・フィルが楽員を入団させるに当たって厳守していたルールをカラヤンが強引に捻じ曲げようとしたからです。

ベルリン・フィルの採用ルール

  • パートで仮採用試験
  • 合格した者は仮入団
  • 一年間の試用期間
  • オーケストラ全員での投票
  • 採用か不採用かの判定

指揮者として既にその確固たる地位を獲得していたカラヤンは、この手順を踏まずに二つの伝統を無視し、ザビーネ・マイヤーを強引に入団させようとしてしまいました。いくらザビーネ・マイヤーの才能に惚れ込んだとは言え、カラヤンの行動は非常に横暴に写ったのでしょう。

ベルリン・フィル、カラヤンへの怒り爆発

ザビーネ・マイヤー事件
カラヤンはザビーネ・マイヤーのクラリネット奏法の才能をとても気に入ってました。ちょうど第二クラリネット奏者が不在になった事もあり、彼女をベルリン・フィルに迎え入れようとしましたが、楽団員の全員投票で否決される事態となります。

楽団の投票で決定したにも関わらず、カラヤンはあくまで強行的に彼女の入団を主張し一歩も引きませんでした。楽団員の採用の権限はオーケストラ側にあり、その楽団投票で否決された彼女を採用することはありえないと主張するベルリン・フィルでした。

両者譲る事なく大事件へと発展しましたが、ザビーネ・マイヤー本人が身を引くという形で一応の決着は着きました。しかしザビーネ・マイヤー事件以降、カラヤンとベルリン・フィルは何かと対立するようになり、両者の溝は加速度的に深まっていきます。

60年代から続いてきた両者の信頼関係は崩壊し、カラヤンとベルリン・フィルの黄金時代は終焉を迎える事となりました。ベルリンで行われる演奏会の際も、事件以降はウィーン・フィルと仕事をするようになりました。一人の女性を巡ってクラシック音楽界に亀裂が入ったのです。

ザビーネ・マイヤー事件以降

ザビーネ・マイヤー事件出典 : https://bachtrack.com

ベルリン・フィルに入団できなかった彼女はその後ソリストになりました。実力はもちろんですが、この事件によって名前が売れたこともあり、事件後は世界の主要なオーケストラからたくさん招かれ、現在も大活躍しています。

ザビーネ・マイヤー事件の翌年には、彼女の兄と夫の三人で「トリオ・ディ・クラローネ」を結成し、モーツァルトから現代曲まで幅広く演奏会をこなしています。録音活動にも力を入れていて、著名な指揮者と組んで協奏曲やクラリネットのソロの曲に精力的に取り組んでいます。

この事件の翌年にはベルリン・フィルが第一ヴァイオリンに、女性であるマデレーヌ・カルッツォを正式に団員として迎え入れるニュースも飛び込んできました。三者の人生を間違いなく狂わせた『ザビーネ・マイヤー事件』どうにか穏便に済ませる事は叶わなかったのでしょうか。

まとめ

伝統的で美しく、様々な才能ある音楽家によって紡がれてきたクラシック音楽界の歴史。しかしこのような事件も実はちょこちょこ起こっているのですね。芸術家同士がぶつかってしまうと本当に収集がつかなくなるんだなという事がよく分かります。

帝王カラヤンは既にこの世を去ってしまいました。死ぬまでベルリン・フィルとの確執がなくなる事はなく、カラヤンファンであり、ベルリン・フィルを世界一のオーケストラと考える私には、この事件が起きてしまった事が非常に残念でなりません。

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