シューベルトといえばドイツリートが1番です。いいや交響曲があるではないかという人も大勢いると思いますが、私の中では「歌曲王」のイメージの作曲家です。
性格的には意外と陽気だったようですが、リートを聴くと実は根暗だったことが良く分かります。
『子守唄』や『鱒』からはそんな事は感じませんが、『冬の旅』『美しい水車小屋の娘』『白鳥の歌』の三大歌曲集を聴いてみて貰えば、やっぱり暗いイメージばかりです。今回はその中から『冬の旅』を紹介したいと思います。
ヴィルヘルム・ミュラーについて
『冬の旅』のテキストの原作者、ヴィルヘルム・ミュラーについて概略を説明しておきましょう。
富裕層の詩人
ヴィルヘルム・ミュラー(Johann Ludwig Wilhelm Müller、1794年10月7日~1827年10月1日)はドイツの詩人。シューベルトの歌曲集『美しき水車小屋の娘』と『冬の旅』のテキストの作者として知られています。
ミュラーは詩人、学者、出版社の編集長、宮廷顧問官などの多忙の中にあっても旅を愛し、公務と旅行の疲労から1827年の春に体を壊し、同年10月1日に心臓発作のため32歳で死去しました。
ミュラーはゲーテやシラーほど堅苦しくなく、親しみの持てる詩が特徴的です。そのため庶民へ向けた歌でもミュラーの歌詞は使われたりしています。
シューベルトとミュラー
ミュラーは1820年に『美しき水車小屋の娘』、1824年に『冬の旅』を連作詩として書き、それぞれ詩集におさめて出版しましたが、その詩集を読んで感銘を受けたシューベルトが同名の連作歌曲集を作曲した事でミュラーの名は不朽のものとなりました。
ミュラーが『冬の旅』を作詞していた頃は、子供が生まれ家庭も円満で幸せな時期でした。詩人という者は、そんな時期にもこんな悲しい詩が書けるものなのですね。
ミュラーとシューベルトの2人は同じ時期を同じような年齢で生きましたが、残念な事に2人が会う事はありませんでした。
シューベルト『冬の旅』作曲
『冬の旅』は1827年に作曲されました。2部に分かれた24の歌曲からなる連作歌曲集です。シューベルトは31歳の若さで生涯を終えましたが、その亡くなる1年前に書いた最後の歌曲集でもあります。亡くなる3日前まで手を加えていたといわれています。
ミュラーの『冬の旅』への感動
恋に破れた主人公の孤独な冬の1人旅が描かれており、数多く残したシューベルトの歌曲の中でも特に人気が高く、コンサートで取り上げられる機会も多くあります。
シューベルトのもう1つの代表的な連作歌曲集である『美しき水車小屋の娘』もミュラーの詩によるものです。『美しき水車小屋の娘』は恋の始まりから書かれているのに対し、『冬の旅』では主人公は失恋した状態から始まります。
この時期、シューベルトは梅毒という当時は不治の病にかかっていました。晩年は病気の悪化によって、シューベルト自身も絶望にかられていたようです。そんな状況の彼の心に、ミュラーの詩『冬の旅』は響きました。
精力的に作曲し、仕上がると友人たちを呼んで早速聴かせています。しかし、あまりの暗さに友人たちの反応は今ひとつでした。それでもシューベルトは「いつか君たちにもこの曲のすばらしさがわかってもらえるよ」と語ったと言われています。
死後200年以上たった現在でも、ドイツ歌曲の最高峰の1つとして世界中で歌い継がれていますから、シューベルトの言葉は真実だったといえるのではないでしょうか。
『冬の旅』構成
この曲は第1部12曲、第2部12曲、合計24曲からなる歌曲です。ある夜、失恋した相手の部屋を見上げて、おやすみといって、旅立つ場面から歌が始まります。「死」への旅立ちを暗示するような寂しい始まり方です。
5曲目の『菩提樹』は単独でも演奏される曲で、とても有名な曲です。聴いて貰えば誰でも知っている歌だと思います。
第1部
1. Gute Nacht(おやすみ)
2. Die Wetterfahne(風見の旗)
3. Gefrorne Tränen(凍った涙)
4. Erstarrung(氷結)
5. Der Lindenbaum(菩提樹)
6. Wasserflut(溢れる涙)
7. Auf dem Flusse(川の上で)
8. Rückblick(回想)
9. Irrlicht(鬼火)
10. Rast(休息)
11. Frühlingstraum(春の夢)
12. Einsamkeit(孤独)
第2部
13. Die Post(郵便馬車)
14. Der greise Kopf(霜おく頭)
15. Die Krähe(烏)
16. Letzte Hoffnung(最後の希望)
17. Im Dorfe(村にて)
18. Der stürmische Morgen(嵐の朝)
19. Täuschung(まぼろし)
20. Der Wegweiser(道しるべ)
21. Das Wirtshaus(宿屋)
22. Mut(勇気)
23. Die Nebensonnen(三つの太陽)
24. Der Leiermann(辻音楽師)
『冬の旅』初演
『冬の旅』の全24曲の初演が、いつ誰によってどこでなされたかは記録に残っていません。ただ、第1曲『おやすみ』のみが、作曲の翌年である1828年1月10日にウィーン楽友協会で、シューベルトの友人であったテノールのルートヴィヒ・ティーツェによって演奏された記録が残っています。
初演がいつ誰によってなされているかは分かりませんが、先にも書いたように、200年の間歌い継がれてきたわけで、それはつまり大傑作だからこそです。
『冬の旅』はテノール向けに作曲された
シューベルトはテノール歌手に歌われる事を念頭において作曲しました。しかし、現在ではバリトン歌手の歌として認識されているようです。録音の名盤もバリトン歌手によるものがほとんどです。
最近では、女性でも挑戦する方が出てきました。アルト歌手限定ですが、録音を残している方も次第に増えてきています。
まとめ
『冬の旅』を簡単にみてきました。この若者は「死」に向かって旅に出る曲ですから、救いようの無い悲しみを覚えます。
後世まで残る傑作なのでしょうが、これを演奏会に聴きに出掛けるのは聴く側もそれなりの決意を持っていかないといけません。暗く、悲しい曲です。