ストラディバリウスと言えば、類を見ない高額な楽器として有名です。数百年も前に1挺1挺手作りされた名器たちはそれぞれ個性があるといわれています。そしてまるでその楽器を神格化するように「愛称」がつけられたものが現在でも数多く存在しています。
現存しているストラディバリウスのバイオリンの数は600挺ほどですが、その中で演奏に使われているものは半分ほどです。残りは投資目的のバイヤーが持っていたり、博物館で展示されていたりという具合です。由緒あるストラディバリウスには必ず「愛称」が付けられています。
名工が生み出したストラディバリウス。特に1698年から1725年の間の作品が優れているといわれています。中でも1715年前後のものは最高傑作と言われています。ストラディバリウスにも格付けがあり、今回は三大名器やと呼ばれるものや、その他の愛称を見ていきたいと思います。
ストラディバリウス三大名器
ストラディバリウスは1698年から1725年までのものが特に優れています。そして1715年前後のものは特別価値が高いといわれています。ストラディバリウスの中でもひときわ格付けの高いものがあり、これをストラディバリウス三大名器と呼んでいます。
この三挺が現在では最も挌が高いものとされています。これらは値段を聞いてはいけない楽器です。いえ、値段が付けられない楽器と言い換えた方が正解です。
ドルフィン【ストラディバリウス三大名器】
1714年製「ドルフィン」は日本音楽財団が所有し、現在は諏訪内晶子に貸与されています。
1800年代後半にこの楽器を所有していたジョージ・ハートは、光沢の美しい裏板のニスが優美な”イルカ”を思わせることから「ドルフィン」という名前を付けました。
ヤッシャ・ハイフェッツが愛用していた事でも知られています。
1715年前後のストラディバリウスは特別の出来だといわれていますが、この「ドルフィン」も例に漏れず、最高の響きを出すといわれています。
三大名器で唯一、現在も演奏に使われている楽器です。ぜひ、諏訪内晶子の演奏会に行ってその音色を確かめてください。
アラード【ストラディバリウス三大名器】
1715年製 「アラード」は保存状態が大変素晴らしく、ネックもオリジナルのままだそうです。フランスのバイオリニストのデルフィン・アラード氏(1815-1888)の名前が付けられました。
現在は個人のコレクターが所有しています。実際にその音色を聴く事が出来ないのが、とても残念です。
個人蔵ですから、我々はどうしようもありませんが、願わくば優秀なバイオリニストに貸与して、その音色を確かめてみたいところです。
良い楽器ほど、使用しないとその本領を発揮するまで時間が掛かるといわれますし、楽器自体の音色も失われるといいます。
メサイア【ストラディバリウス三大名器】
1716年製 「メサイア」は全てのストラディバリウスの原型モデルではないかと言われています。だからこそ、ストラディバリが最後まで手元におき、手放さなかったのではないでしょうか。
イギリスのオックスフォードのアシュモリアン美術館に展示されています。
一時期、楽器商のルイジ・タリシオが保有していましたが、このストラディバリウスの事をヴィヨームなどパリの楽器商に自慢していました。
一度持ってきて見せましょうと約束したのですが、その約束を実行する気配もありませんでした。それでヴィヨームが「それでは、まるでメサイアを待つユダヤ人のようだ」と言ったことが愛称の由来です。
イタリアの国宝「メディチ」
中世ヨーロッパでひときわ反映したメディチ家は、ストラディバリウスの作品を何挺も所持していました。その中にはメディチ家の紋章が入っているストラディバリウスもあるようです。しかし、イタリアの国宝に指定されている1690年製「メディチ」には紋章は入っていません。
イタリアの国宝にもなっている希代のヴァイオリンも値段なんて付けられません。現在ではサンタ・チェチーリア国立アカデミーが所蔵しています。展示はされていませんので、一般の方は見る事が出来ません。国宝ですからね。
ウフィツィ美術館、アカデミア美術館ではメディチ家のコレクションとして紋章入りのストラディバリウスが見られます。どんなものなのか、一度でいいから、見に行きたいものですね。メディチ家関連の楽器(チェンバロなど)の展示もあるそうです。
ストラディバリウスの価値とは
現在、オークションで最も高価な値を付けたのは、約12億7500万円で落札された1721年製の「レディ・ブラント」です。これにも「愛称」が付いています。ストラディバリが作った楽器の全てに「愛称」が付いているわけではなく、それなりの価値があるものではないと付きません。
楽器商がストラディバリウスを手に入れた場合、または、売ってくれと頼まれた場合には、楽器商は自分がいつも世話しているヴァイオリニストに連絡を取り、価格の折り合いがついた人に楽器を売ります。ですから、値段が公表されることはありません。これが一般的な取引です。
このため、現在値段が公表されているストラディバリウスはオークションの場合と本人が公表した場合だけです。ストラディバリウスも1挺1挺値段が違いますが、本当のところ幾らが正当な値段かはプロでも計り知れないのが歴史的名器ストラディバリウスなのです。
ストラディバリウスの愛称紹介
ストラディバリウスは著名な所有者などの「愛称」がつけられたバイオリンが多くあります。わかる限りその「愛称の由来」も載せたいと思います。製作順に並べ、所有者と価格の分かる物だけはその情報も載せておきます。
1680年製 「パガニーニ」
愛称の由来:作曲家パガニーニが所有していた時期があったため。この楽器は「パガニーニ・カルテット」といって、弦楽四重奏セットの1挺です。
価格:不明
1694年製 「スギチェリ」
愛称の由来:不明
価格:不明
1697年製 「モリター」
愛称の由来:19世紀のヴァイオリニスト、ヨセフ・モリターが使用していたため。
価格:3億2千万円
1698年製 「トゥーロー」
愛称の由来:不明
価格:不明
1698年製 「テオンヴィル」
愛称の由来:1934年にグリエルモ・テオンヴィルが所有していたため。
価格:不明
1699年製 「ペトリ」
愛称の由来:不明
価格:10億円
1700年製 「ドラゴネッティ」
愛称の由来:著名なイタリアのコントラバス奏者ドメニコ・ドラゴネッティによって所有されていたため。
価格:不明
1702年製 「ロード・ニューランズ」
愛称の由来:イギリスのニューランズ卿によって生涯大切にされていたため。
価格:不明
1703年製 「ディクソン・ポインター」
愛称の由来:以前の所有者がジョン・ディクソン=ポインダーだったため。
価格:不明。当時家を売ってこの楽器を買ったとして話題になりました。
辻久子さんは2021年7月13日に亡くなられました。ご冥福をお祈り致します。
1703年製 「エミリアーニ」
愛称の由来:イタリアのヴァイオリニスト、チェザーレ・エミリアーニが所有していたため。
価格:不明
1707年製 「ステラ」
愛称の由来:フランスの貴族である所有者が、カルテットを聴いて、「星(ラテン語:Stella)の様に輝く音色」と評したため。
価格:不明
1708年製 「ハギンス」
愛称の由来:イギリスの天文学者ウィリアム・ハギンス卿が所有していたため。
価格:不明
1709年製 「エングルマン」
愛称の由来:アメリカの収集家のエフレイム・エングルマンが所有していたため。
価格:不明
1710年製 「カンポセリーチェ」
愛称の由来:1880年代にフランスのカンポセリーチェ公爵が所有していたため。
価格:不明
1710年製 「ロード・ダン=レイブン」
愛称の由来:不明
価格:不明
1712年製 「アール・スペンサー」
愛称の由来:アール・スペンサー家(ダイアナ元妃の実家)が所有していたため。
価格:不明
1713年製 「レディ・レイ」
愛称の由来:不明
価格:不明
1715年製 「エクス・ピエール・ローデ」
愛称の由来:ナポレオンの宮廷音楽家としても活躍したヴァイオリニストで作曲家のピエール・ローデが所有していたため。
価格:不明
1715年製 「フランチェスコ・ルジェーリ」
愛称の由来:不明
価格:不明
1715年製 「ヨアヒム」
愛称の由来:有名なハンガリーのヴァイオリン奏者、ヨーゼフ・ヨアヒム(1831〜1907)が所有していたため。
価格:不明
1716年製 「デュランティ」
愛称の由来:フランス貴族デュランティ家が200年間保有していたため。
価格:3億円
1716年製 「ブース」
愛称の由来:1855年頃にイギリスのブース夫人が所有していたため。
価格:不明
1717年製 「ハンマ1717」
愛称の由来:弦楽器の専門家・コレクターとして著名なフリドリン・ハンマが所有していたため。
価格:不明
1717年製 「ダヴィンチ」
愛称の由来:20世紀のパリの最大楽器商社のひとつ、カレッサ&フランセが発行した証明書の記実にイタリアの巨匠にちなんだ名前(ダヴィンチ)を付けたため。
価格:不明
1717年製 「サセルノ」
愛称の由来:1845年からフランスのサセルノ伯爵が所有していたため。
価格:不明
1720年製 「ロチェスター」
愛称の由来:不明
価格:不明
1721年製 「レディ・ブラント」
愛称の由来:イギリスの詩人バイロンの娘の名前(ブラント)から。
価格:12億7000万円。東日本大震災の復興資金に充てるために、日本音楽財団がオークションに掛けた事で有名になりました。
1722年製 「ジュピター」
愛称の由来:1800年頃にイギリスの収集家ジェームス・ゴディングが「ジュピター」と名付けため。
価格:不明
1722年製 「デ・アーナ」
愛称の由来:オーストリアのヴァイオリニスト、ハインリッヒ・カール・ヘルマン・デ・アーナが所有していたため。
価格:不明
1725年製 「ウィルへルミ」
愛称の由来:著名なドイツのヴァイオリン奏者、アウグスト・ウィルヘルミが使用していたため
価格:不明
1727年製 「パガニーニ」
愛称の由来:作曲家パガニーニが所有していた時期があったため
価格:不明
1727年製 「レカミエ」
愛称の由来:ナポレオン・ボナパルトがレカミエ夫人に譲ったもので、1804年までレカミエ夫人が所有者だったため。
価格:不明
1731年製 「ルビノフ」
愛称の由来:著名なヴァイオリン奏者デビッド・ ルビノフが愛用していたため。
価格:不明
1731年製 「ペイネ」
愛称の由来:収集家C.Payne氏の名に由来。
価格:不明
1735年製 「サマジィユ」
愛称の由来:1909年にサマズィユ家が購入し、所有していたため。
価格:不明
1736年製 「ムンツ」
愛称の由来:英国バーミンガムの有名な収集家のH.M.ムンツが所有していたため。
価格:6億3千万円
1736年製 「ルーシー」
愛称の由来:スイスの名家であるルーシー家が所有したため。
価格:2億円
他にも愛称がついているストラディバリウスが存在するかもしれませんが、有名なものを集めてみました。日本音楽財団の所有の多さに驚きます。
また、個人所有の方々も少なからずいて、こちらも凄いです。日本には約40挺のストラディバリウスがあるといわれています。国別ではトップのようです。
まとめ
ストラディバリウスの愛称にも色々あることも分かりました。とかく値段の事が話題に上るストラディバリウスですが、その音色はヴァイオリンとして最高峰のものを聴かせてくれます。今後もストラディバリウスはその価値によって、世間を騒がし続けるでしょう。
値段ではなく、純粋にその音色に話題が集まればいいと思いますが、こればかりは人間のサガで、仕方ありませんね。これを書いている私でさえ、ストラディバリウスと聞くとまずは値段の方が気になります。それほどの名器であるのです。その事を音楽を通して楽しみましょう。