
クラシック音楽界でも昨今の女性の活躍は目を見張るものがあります。今回はイギリスの『Pianist』誌が2019年に発表した「10 female pianists we can’t help but LOVE」という記事を紹介したいと思います。
和訳すると「愛さずにはいられない10人の女性ピアニスト」という感じでしょうか。愛さずにはいられないというニュアンスは愛する気持ちを抑えられないといった意味でしょうから、余程の思い入れがあるピアニストを紹介しているようです。誰の名が挙がっているのか興味が沸きますね。
女性として脚光を浴びただけでなく、ピアノの演奏自体に完璧なものを持っている女性ピアニストを10人挙げています。故人から現役まで、その顔触れが多種多彩で、「ええ、こんな人まで挙げているの」と驚いてしまいます。どんな顔ぶれなのか、楽しみながら読み進めて頂ければ幸いです。


イギリス『Pianist』とは
『Pianist』はイギリスの出版社「Warners Group Publications plc」が隔月間で発売しているピアノ学習者のための有名な専門雑誌です。各号に40ページに及ぶ楽譜とそれらのレッスンCDが付属しています。初心者から上級者まで楽しめるピアノ雑誌です。
雑誌の内容は、トップコンサートピアニストへのインタビュー、ピアノ界の最新の話題、レッスンの受け方、コンサートレビュー、その他ピアノに関する特集記事なども取り上げられています。値段は£4.95(日本円で約650円位)。日本でいえば『月刊ピアノ』のような雑誌です。
1.マルタ・アルゲリッチ
生年、死没日:1941年6月5日~
国籍:アルゼンチン
1957年、ブゾーニ国際ピアノコンクール優勝。1965年、ショパン国際ピアノコンクール優勝。現在の現役ピアニストの中で1、2位を争うピアニスト。レパートリーは広く、古典派から現代音楽まで幅広いものがあります。今まで録音数も数多く、幾つもの名盤を生んできました。
最初に、アルゲリッチを登場させる事で掴みはばっちりです。音楽史上に残るピアニストになる事が確定的な女性ピアニストですからね。アルゲリッチの才能は世の誰もが認める素晴らしさがあり、決して手の抜く事がない天才です。どんな時でも練習を欠かさない努力家でもあります。
2.エレーヌ・グリモー
生年、死没日:1969年11月7日~
国籍:フランス
フランスを代表する女性ピアニスト。9歳からピアノを始め、13歳でパリ音楽院入学。15歳でラフマニノフの『ピアノ・ソナタ第2番』でCDデビュー。その後、バレンボイムに招かれパリ管との協演で高い評価を獲得。世界の一流オーケストラと協演を重ねています。
フランス人ながらフランス物には興味を示さず、ドイツ・ロマン派音楽を得意としています。近年は、レパートリーを増やすべく、バッハ、ベートーヴェン、リストなども演奏するようになりました。ここにグリモーが登場しているのは日本人としては驚きです。欧米での評価は高いようです。
3.アニー・フィッシャー
生年、死没日:1914年7月5日~1995年4月10日
国籍:ハンガリー
故人も取り上げているのですね。私はアニー・フィッシャーの亡くなる10年前位に幸運にもその演奏を耳にしています。モーツァルトの22番の協奏曲でした。丁寧に弾いている姿に共感を覚えました。モーツァルトは彼女の得意な曲でしたから、思い出深いものがあります。
モーツァルトの他にベートーヴェン、シューベルト、ブラームスなどもレパートリーに入れていましたが、どんな曲を弾く時でも、真っすぐな姿勢で、正攻法の演奏を好む方でした。彼女の演奏から、爽やかさ、温かさ、慈しみの心などを感じた方は多くいると思います。
4.マイラ・ヘス
名前:Myra Hess
生年、死没日:1890年2月25日~1965年11月25日
国籍:イギリス
残念ながら、私は知らない女性ピアニストです。「愛さずにはいられない10人の女性ピアニスト」に選ばれるぐらいですから、イギリスでは、日本の中村紘子のような存在なのでしょう。バッハの『主よ、人の望みの喜びよ』のピアノ編曲は今でも演奏されているようです。
5.アリシア・デ・ラローチャ
生年、死没日:1923年5月23日~2009年9月25日
国籍:スペイン
「ピアノの女王」と呼ばれる事もある、今世紀を代表する女性ピアニスト。彼女の音楽は躍動感に満ちあふれたダイナミズムと親しみやすさ、多彩な表現と優れた感性を兼ね備えていました。ルービンシュタインに才能を認められ、名声を高めたピアニストです。
致命的に手が小さく、8度しか届かなかったと言われています。スペイン音楽のスペシャリストとして作品の普及に務めましたが、それのみならず、モーツァルト、ベートーヴェン、シューマンなどもレパートリーに入れていました。中でもモーツァルトの演奏は群を抜いていました。
6.マリア・ジョアン・ピレシュ
生年、死没日:1944年7月23日~
国籍:ポルトガル
2008年8月~12月、NHK教育テレビの番組「スーパーピアノレッスン」の講師を務めた事もあり、日本での知名度も高い女性ピアニストです。ピレシュがこの10選に選ばれたわけは、芸術が生活、地域社会、教育に与える影響の研究などを行っている事も関係しているのでしょうか。
もう現役を引退しましたが、ピレシュと言えば、モーツァルト、ショパンの演奏を得意としていました。ショパンの『夜想曲集』やモーツァルトの『ピアノソナタ全集』は名盤として有名です。この評論の作者もこのショパンの『夜想曲集』を高く評価しています。
7.クララ・シューマン
生年、死没日:1819年9月13日~1896年5月20日
国籍:ドイツ
まさかクララ・シューマンの名が挙がってくるとは誰もが想像しなかった事でしょう。声楽家以外で男性に勝る活躍をした初めての女性ではないでしょうか。19世紀を代表する高名な女性ピアニストとなりました。作曲家のシューマンの奥さんでもあります。
幼い時から天才少女と呼ばれ、成人後も天才的な演奏でヨーロッパ中で人気を博しました。詩人ゲーテや作曲家ショパンにも認められた、超一流の女性ピアニストです。作曲家としても才能を発揮しました。シューマンが自殺未遂を計ったため家計を助けるために奮闘しました。
8.ベアトリーチェ・ラナ
生年、死没日:1993年1月22日~
国籍:イタリア
2011年18歳でモントリオール国際音楽コンクール優勝。2013年ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール第2位および聴衆賞受賞により世界的に注目されました。ロイヤル・コンセルトヘボウ、シカゴ交響楽団、バイエルン放送響、パリ管弦楽団など著名オーケストラと協演多数。
日本にも過去3度来日しており、N響の定期にも招かれています。現在27歳のイタリアの新星がここに選ばれている理由はその才能を買われているからでしょう。ラローチャやフィッシャーと同様に扱われているのですから、今後も注目株の女性ピアニストなのだと思います。
9.内田光子
生年、死没日:1948年12月20日~
国籍:イギリス
現在の国籍は英国ですが、日本人が選ばれた事は喜ばしい事です。1970年、ショパン国際ピアノコンクール第2位。1980年代から世界に頭角を現し、世界の「UCHIDA」として活躍してきました。2009年、大英帝国勲章第2位を授与されエリザベス女王よりデイムの称号を授かりました。
コンサートには必ず自分のピアノを持ち込みます。自分のピアノ以外では演奏したくないというこだわりがあるからです。モーツァルトの『ピアノソナタ』全曲演奏が世界で評価され、その後はベートーヴェンにも挑戦してきました。まさに女性ピアニストの成功物語を歩んできた人物です。
10.ユジャ・ワン
生年、死没日:1987年2月10日~
国籍:中国
最後はユジャ・ワンです。ベアトリーチェ・ラナの項目でも書きましたが、ラローチャやフィッシャーと同様に扱われているのですから凄い事です。2007年、ボストン交響楽団の演奏会で、アルゲリッチの代役で登場した事から、世界的名声を獲得したシンデレラストーリーは有名です。
アメリカでのリサイタルデビューは各地で好評を得て、ワシントン・ポスト紙は「開いた口が塞がらない」と最大の賛辞を報じました。33歳のユジャ・ワンが今後どういうピアニストになっていくのか大いに楽しみであり、アルゲリッチのようなピアノ界を支える存在になるのか注目です。
まとめ
女性ピアニストの活躍ぶりを見てきました。まさかクララ・シューマンまで登場するとは驚きです。女性と言えどもピアノ界での立場は昔から確固とした土台が作られてきました。今後も常識を破るような女性ピアニストも出現してくる事でしょう。その事にも期待したいです。