
ヴァイオリンのための作品は今までに数えきれないほど作られてきました。ヴァイオリニストの技巧を華麗に見せる楽曲が多く、難しさも様々です。しかし、プロのヴァイオリニストでも手こずるような難曲も存在しています。悪魔に魂を売らなければ弾けないような楽曲もあるのです。
ダヴィッド・オイストラフは、いちばん難しい曲は何ですかと聞かれて、いちばん難しい曲は弾きませんと答えたそうです。ユーモアあふれる答えですが、彼の全集の中でも録音しなかった難しい楽曲が本当にあります。有名な楽曲ですが彼の言う通りだったのかどうか気になる事です。
プロでもなかなか手強い超絶技巧を必要とする「世界一難しいヴァイオリン曲」をランキング形式で紹介していきたいと思います。なお、今回はあくまでヴァイオリンソロの楽曲だけに絞りました。協奏曲は別の機会に同様の企画をしますのでお楽しみにお待ちください。
難しいヴァイオリン曲の共通点
弦楽器は左右両手を使って演奏する楽器ですが、左手の指使いと右腕の弓の扱い方が全く異なりますから、尚更演奏するには難しい楽器です。その中でもプロでも演奏を避けたい世界一難しいヴァイオリン曲は皆同じような特徴を持っていますので挙げておきます。
- 左手で同時に違う指使いをしなければならない
- 音飛びが激しい
- 移弦が多い
- 弓の技巧を多く使わなばならない
- テンポが速い
左手の技巧としてトリルやビブラートなど8種類あり、右手のボーイングにも飛ばし(スピッカート)など5種類ほどあります。これから挙げる10曲はこれらの技巧を駆使しないと演奏出来ない楽曲です。トリルをしながらメロディも弾くような技巧を必要とします。
世界一難しいヴァイオリン曲ランキングTOP10
特に演奏が難しいとされているヴァイオリン曲10曲をランキングにしました。ランキング内の超絶難しいヴァイオリン曲を1曲でも完璧に弾けるという方はプロレベルでも至難の業と言っても過言ではありません。弦楽器奏者はビブラートを掛けながら速さも出さねばならないので大変です。
第10位 タルティーニ『悪魔のトリル』


タルティーニは夢の中で悪魔がヴァイオリンを弾いている姿を見ました。その音楽が余りにも美しかったため、起きた後すぐにその音楽を5線譜に書き留めました。その音楽が第3楽章のトリルだったので、以後『悪魔のトリル』と呼ばれるようになりました。難関なのはこの第3楽章です。
第3楽章では、持続するトリルに加えてさらに1声部が演奏され、楽章の終わり近くでは1声部がトリルで奏される中に、さらに2声が加わり、その後には2声がともにトリルで演奏される、極めて高度な技巧が必要な楽章となっています。動画の10分54秒から超難関部分が始まります。
第9位 サラサーテ『ツィゴイネルワイゼン』
楽曲の冒頭はほとんどの方が知っている有名な音楽です。『ツィゴイネルワイゼン』とはジプシーの歌という意味ですが、前半は日本の浪花節のような涙を誘うような哀愁に満ちた音楽です。技巧を駆使するという言うよりは感情を表に滲ませる音楽となっています。
しかし、後半は超絶技巧のオンパレードです。G線だけで演奏したり、ピツィカート(指で弦をはじく技法)、グリッサンド(指を滑らせて音をつなぐ技法)、ハイポジション(ヴァイオリンのネックの根元)での高音や重音などが出てきたり、弾く方は如何に大変かよくわかります。

第8位 モンティ『チャールダーシュ』
この楽曲も『ツィゴイネルワイゼン』と同様、前半と後半で音楽が全く違います。聞き所、聞かせどころ満載です。この曲は、ラサンというゆっくりした物憂げな導入部で始まります。後半は急速なテンポで、シンコペーションリズムが特徴的なフリスカの2つのパートで構成されています。
この2つのパートを一方は歌わせ、一方は技巧を駆使して演奏しなければなりません。技巧だけに走っても歌心が伝わってこないと台無しですので、ヴァイオリニストの表現力も試される楽曲となっています。大変短い楽曲ですが、全体的に非常に難しい音楽です。

第7位 ヴィエニャフスキ『スケルツォ・タランテラ』
ヴァイオリンの名手の作品らしく、非常に華やかなヴァイオリンの技巧に彩られています。冒頭から技巧を要求される楽曲です。6度の和声はピアノでは難しくありませんが、ヴァイオリンでは移弦を滑らかに行うことが要求されるため、かなり難しくなります。
時に重音とフラジオレット(倍音を響かせるため弦を少しだけ抑える奏法)を組み合わせるなど、凝った手法を用いています。中間部は穏やかな部分であり、ここでヴァイオリンは歌謡的なメロディをを奏でます。豊かな音楽性がないと何の変哲もないつまらない音楽になってしまいます。
第6位 サラサーテ『カルメン幻想曲』
ビゼーが作曲したものをモチーフに、サラサーテがヴァイオリンの超絶技巧とスペイン風な音をたっぷり詰め込んで作曲した作品です。超絶技法が絶対必要な難曲で、現在の技術力を有するヴァイオリニストでもなかなかノーミスで全曲を弾き切るのは至難の業です。
5つの曲に分かれていて、1、2曲目と3から5曲目と2つに分けて演奏されます。特に5曲目の「ジプシーの歌」はヴァイオリンの技巧がこれでもかこれでもかと登場してきてヴァイオリニストの腕を披露したところで華麗に終わるようにできています。8分48秒からの超絶技巧は凄いです。
第5位 エルンスト『シューベルトの魔王の主題による大奇想曲』
超絶技巧曲の中でも極めて難曲で知られる楽曲です。原曲のピアノ・パートも限りなく再現しているため曲中のほぼ全てが重音で構成され、さらに高度な技術が要求される左手によるピツィカートや弦を押さえながらのフラジオレットなどヴァイオリニスト泣かせの楽曲。
あらゆるヴァイオリンの技巧が散りばめられた無伴奏作品の傑作の一つです。あまりの難しさに名ヴァイオリニストでさえ演奏を避け、録音しているヴァイオリニストの数は少数派です。短い楽曲ながら、冒頭から最後までヴァイオリニストにとって息の抜けない音楽になっています。


第4位 ベートーヴェン『ヴァイオリンソナタ第9番「クロイツェル」』
(第1楽章のみ)
ベートーヴェンは「ヴァイオリンにはもっと可能な表現がある」「ピアノと対等に張り合うべきだ」・・この考えからヴァイオリンの役割を飛躍的に高める作品を作曲しました。それがこの「クロイツェル」。この楽曲はソナタですがまるでピアノとの協奏曲のような展開です。
楽曲はヴァイオリンの独奏で始まり、ピアノを凌ぐほどのダイナミックなパッセージや、ピアノとヴァイオリンが火花を散らすような掛け合いが展開されます。高度な技巧が要求される楽曲です。ベートーヴェンのヴァイオリンソナタの中でも難曲ですが、最大の傑作となっています。

第3位 ラヴェル『ツィガーヌ』
サラサーテの『ツィゴイネルワイゼン』と並ぶヴァイオリンの技巧が存分に積め込まれた名曲です。楽曲の最初の4分ぐらいはヴァイオリンのソロだけで演奏されます。4分間もソロが続く楽曲なんてヴァイオリニストにとっては極度の緊張が強いられる作品です。
ソロの部分でも重音、フラジオレットなどの技巧が駆使されます。管弦楽が加わる後半は変化に富んだ雰囲気となり、ここでも様々な技巧を使っての演奏をしなければならず、本当に難しい楽曲です。ラヴェルの天才さがにじみ出ている小品ですがヴァイオリニストとっては大変な作品です。


第2位 パガニーニ『24の奇想曲』
(第24曲)
悪魔に魂を売り渡したと言われるヴァイオリンの天才パガニーニが作曲した超絶技巧の作品の一つです。伴奏なしの24曲からなるヴァイオリン独奏曲。パガニーニの作品らしく、全24曲とも超絶技巧のオンパレードで最高難度に位置し、ヴァイオリニストを苦しめる作品となっています。
例として第24曲目を挙げると、左手のピッチカート奏法と弦の上で弓をバウンドさせる奏法を同じフレーズの中で交互に繰り出す変奏が繰り返されます。大変難しい技です。この24曲の中でも第1、2、3、5、6、7、11、12、17、24番が最高レベルの難易度になっています。


第1位 バッハ『無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番』
(第5楽章 シャコンヌ)
恐らくヴァイオリンで表現しうる音楽で最高峰の作品でしょう。アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグと王道の4つの舞曲でこのパルティータは起承転結し、それから長大な第5楽章『シャコンヌ』がやってきます。『シャコンヌ』はテーマに続く30もの変奏が待っています。
それまでの4舞曲を乗り越えて、私たちを希望も運命も永遠をも予感させる次元に連れて行く作品です。「難曲中の難曲」であり技巧的にも大変ですが、かつ、バッハの精神性をどう表現するか、ヴァイオリニストにとってこの事も大変難しい事です。


まとめ
「世界一難しいヴァイオリン曲」のランキングを付けてみました。第1位はバッハとしました。パガニーニの『24の奇想曲』とどちらか大変悩みましたが、精神性も並べて考えるとバッハの方に軍配が上がりました。ここに挙げた10曲はいずれの楽曲もヴァイオリニストにとっては難曲です。
前文に挙げたオイストラフが録音しなかった曲とは、第1位のバッハ『無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番』と第2位のパガニーニ『24の奇想曲』です。そんな難曲に時間を使って挑戦するよりも、自分の得意な曲を多くの聴衆に聴いて欲しかったのだと思います。
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