
1842年に誕生したウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は、世界有数のオーケストラであり、いつもベルリン・フィルと比較されてきた世界的オーケストラです。ウィーン・フィルを世界一のオーケストラだと称えるクラシックファンも少なくありません。
200年近い歴史の中で、ウィーン・フィルは世界一を争う戦いから脱したことはなく、いつも超一流のオーケストラとみなされてきました。コンサートにしても、録音にしても、このオーケストラはいつでもその世界的な実力を発揮してきました。
こんなに伝統のあるオーケストラなのに、とても進歩的で、民主的で、斬新なオーケストラです。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の前に立つ指揮者は世界有数の地位を持つ指揮者だけにしか許されません。そんな、ウィーン・フィルの神秘的な世界について紹介していきます。
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とは
ウィーン国立歌劇場の団員だけがなれる、自主運営団体のオーケストラです。ですから、ウィーン・フィルのメンバーとなるには、まず、ウィーン国立歌劇場に入団しなければなりません。欠員が出た時にだけ、オーディションを経て入団するわけですから、これだけでも大変な事です。
ウィーン国立歌劇場入団後、3年間の見習い期間を経て、ウィーン・フィルの管理委員会(12名)によって入団が認められます。勿論、不採用もあるわけで、とても高いハードルです。伝統あるウィーン・フィルの音楽を守っていくための非常に厳しい基準と言えるでしょう。
現在、ウィーン国立歌劇場の団員は150人ほどですが、ウィーン・フィルメンバーは120人ぐらいです。65歳定年制で、それを過ぎると準会員になって、エキストラで出演する事もあるそうです。自主運営団体ですから、何でも自分たちで決めます。常任指揮者を置かないのもそのためです。
ウィーン・フィルは自主運営団体
ウィーン・フィルはとても独特なオーケストラです。長い歴史の中で、最良の方法を見つけ出し、今の民主制を実現した自主運営団体のオーケストラとなりました。オーケストラを運営する12名の管理委員を選挙で選び、管理委員会を中心にして、全ての事を自分たちで決定します。
シーズン毎に定例総会が開かれ、また、臨時総会も年5、6回開かれるそうです。ここで、団員の話し合いと投票で何でも決定します。基本的には管理委員会で決定したことを、総会で確認しあうのです。こうして、自分たちのやりたい事を実現してきたオーケストラです。
世界的にも類を見ない方法を一早く実現したオーケストラです。今では、ベルリン・フィルも自主性を大事にしているオーケストラですが、それに先立って独自の民主制を実現させたのはウィーン・フィルでした。ベルリン・フィル以上に民主的な独自路線を歩んでいます。
組織の経営はもとより、指揮者の選定、プログラムを決定する事は勿論、海外遠征の企画なども全て自分たちで決定します。その他の事も、本当に一切合切を団員達がこなしているのです。こんなオーケストラは他にありません。完全なる自主運営団体なのです。
ウィーン・フィルの伝統ある響き
ウィーン・フィルの音はどこのオーケストラとも違っているといわれます。それは、一つには楽器のせいです。ウィンナ・ホルン、ウィンナ・オーボエ、ウィンナ・トランペットなど、独特の楽器を使用しているためです。これらの楽器は見た目からして違いますから、すぐわかると思います。
もう一つは、ウィーン国立音楽大学出身者を優先して採用するためです。これも、ウィーンの伝統を守ろうとすることからきています。ウィーン国立音楽大学の先生にはウィーン・フィルの団員が多くいて、自分が教え込まれたウィーン伝統の音楽を学生に指導します。
このようにして、同門のメンバーの集まりであるので、伝統のあるウィーンの音やリズムを再現できるわけです。ウィーン・フィルの拘りの第1番目がその事なのです。伝統を守る事に徹しています。最近は外国人にも門徒を広げましたが、それまではオーストリア人しか採りませんでした。
楽器の管理もウィーン・フィルで行っています。伝統的な音を保つために、弦楽器を中心に楽器の貸与を出来るようにキープしてあります。コンサート・マスターにはストラディバリウスが貸与されます。何代にも渡って伝えられてきた均質な響きはこのようにして維持されているのです。
ウィーン・フィルの本拠地
ニューイヤーコンサートでお馴染みの「ムジークフェライン・ザール」です。黄金のホールと呼ばれています。収容人員約2000人のシューボックス型のホールは見た目だけではなく、音響的にも優れたホールです。この音響こそが彼らの音楽の原点を作り上げているのです。
一流のオーケストラは必ず素晴らしいホールに支えられています。ウィーン・フィルにとって、自分たちの伝統の音色を作り上げるために、このホールは無くてはならないものでした。全てが理想的な音響を生み出す設計になっており、質の高い演奏を最良の状態で聴く事が出来ます。
女性をかたどった柱や天井画の素晴らしさ、そして、なんといってもふんだんに金が使われており、まさに黄金のホールです。この空間で音楽をやれるのですから、オーケストラも聴衆も、その音色と音響の良さで、とても充実したコンサートになる事、必至です!
ウィーン・フィルは超多忙
ウィーン・フィル団員は全てウィーン国立歌劇場の団員です。つまり、彼らが国家公務員だという事です。あくまでもメインの仕事はオペラを上演する事であって、ウィーン・フィルとしての仕事はいわば副業です。これを両立させるため、彼らは物凄く多忙なのです。
基本的に夜はオペラ公演を行います。そのためのリハーサルも十分に取らないといけません。だから、ウィーン・フィルの定期公演はお昼と決まっています。これにも当然リハーサルは必要ですから、時間がいくらあっても足りません。それで超多忙なスケジュールとなるわけです。
副業のために本業をおろそかには出来ませんから、ウィーン国立歌劇場の仕事を優先させます。その中で空いた時間を使って、ウィーン・フィルとして活動しているわけです。その上、彼らは室内楽のコンサートも行っているのです。これもウィーン・フィルの伝統なのです。
ウィーン・フィル奏者の自主的音楽活動
超多忙な中、彼らは自分たちで弦楽四重奏団を作ったりして、自主的に室内楽も行っています。ウィーン・フィルの伝統で、こういった室内楽をこなすことで、自分たちの力量を伸ばしているのです。室内楽は音楽の基本ですから、これがオーケストラの演奏に生きるわけです。
ウィーン・フィルのメンバーでこうした活動をしていないメンバーを探す方が大変な位、多くの室内楽のグループが存在します。オペラとコンサートをこなすだけでも大変なのに、いつそんな練習をするのと思うほどです。休みを取っていないのではと心配になるぐらいです。
しかし、彼らは疲れなど一切見せずに、常にレベルの高い演奏を聴かせてくれます。こうした形で自己研鑽に励むからこそウィーン・フィル独特の響きが実現されているのです。タフでないとやっていけない、日本風に言うと「体育会系の集団」なのですね。
ウィーン・フィル定期公演
毎年、9月から翌年の6月までが1シーズンで、その間に10回の定期コンサートが開催されます。定期公演は同一プログラムで、土曜日15時30分と日曜日の11時からと決まっています。そして不定期で、もう1公演同じプログラムでソワレ・コンサートと称して行われます。
土曜日・日曜日の定期公演はフィルハーモニー協会入会者のみのための演奏会です。チケットは代々受け継がれていて、新規の会員権の予約待ちだけで13年かかるといわれるぐらい入手が困難です。ソワレに関しては、もう少し入手は緩いそうですが、中々困難なようです。
本当の意味合いでは、土曜日はゲネラールプローベ(総練習)であって、本番はあくまでも日曜日なのだそうです。でも、ゲネラールプローベといっても指揮者が途中で止める事も一切なく、普通のコンサートと何ら変わりがありません。面白い仕組みを作り上げたものです。
ウィーン・フィル・ニューイヤーコンサート
毎年、日本でもテレビで生中継されるニューイヤーコンサートですが、実は同じプログラムを3回行っている事を知っていましたか。日本の方は元日に行う一公演だけだと思っている方も多いと思いますが、実は12月30日、12月31日、そして1月1日と3回行われているのです。
12月30日は予備コンサート、12月31日は特にジルベスターコンサートと呼ばれています。そして、1月1日はニューイヤーコンサートです。この公演だけが全世界に生中継されています。このコンサートは世界各国の方が聴きたいと思っていますから、チケットは抽選制となっています。
毎年2月一杯、WEBサイトで3日分の申し込みを受け付け、抽選が行われて結果が送られてくる方法を取っています。このチケットの倍率がどれぐらいかは発表されていませんが、かなりの倍率だと想像できます。昔はローカルで行われていた行事でしたが、今では様変わりしました。
ウィーン・フィル・サマーナイトコンサート
ウィーン・フィルの行事として、ニューイヤーコンサートと同様に人気のあるのが、サマーナイトコンサートです。2004年から始まり、今ではウィーン・フィル恒例の行事になりました。サマーナイトといっていますが、開催されるのは5月という事で、少々早めのサマーナイトです。
シェーンブルン宮殿を舞台に開催されます。宮殿の前にオーケストラが陣取り、無料で10万人の音楽ファンに開放されます。雨が降っても開催されるそうで、聴衆たちは合羽を着て聴いているそうです。このコンサートの模様も海外に同時中継されています。
このコンサートをウィーン・フィルがいかに大切に思っているかは、毎年呼ばれる指揮者やピアニストなどのソリストの豪華さに表れています。2019年のテーマは「アメリカン・ナイト」で、『ラプソディ・イン・ブルー』のほか、バーンスタイン『キャンディード』などが演奏されました。
ザルツブルク音楽祭
ウィーン・フィルはザルツブルク音楽祭には欠かせないオーケストラです。モーツァルトの生誕地ザルツブルクで行われるこの音楽祭は、毎年、モーツァルトの一つのオペラに焦点を当て、何度も上演します。この時は本業であるウィーン国立歌劇場管弦楽団として活躍します。
客数、音楽会の回数、オーケストラはじめソリストたちの数等など、世界最大級の音楽祭ですが、やはり、そこでメインになるのがウィーン国立歌劇場管弦楽団(ウィーン・フィル)です。勿論、オペラを離れて、ウィーン・フィル単独でもコンサートを行います。
ザルツブルク音楽祭のチケットはプラチナチケットで、チケットを入手する事だけでも大変です。人気の秘密は何といってもどのコンサートに行っても世界の超一流の音楽が聴ける事です。ウィーン・フィルには歴史と伝統、そして新大陸のオーケストラにはまた違った音楽があります。
ウィーン・フィルの指揮者たち
ウィーン・フィルと指揮者の関係を見ていきたいと思います。1933年以降は首席指揮者を置かず、今のようなオーケストラになりました。あえて名前は出しませんが、ある有名指揮者はウィーン・フィルの前に立つと怖くてしょうがないといっています。不思議な関係です。
ウィーン・フィルは指揮者より立場が強い
ウィーン・フィルの定期公演は年10回あります。この指揮者を決めるのもウィーン・フィル自身です。ウィーン・フィルが創立された時から既に、超一流のオーケストラでしたから、自分たちが納得する指揮者しか招聘しません。この公演に呼ばれる事が一流の指揮者の証となっています。
ウィーン・フィルは1933年以降、首席指揮者を置きません。あくまでも自分たちの音楽をやりたいがためです。この考え方が今のウィーン・フィルの存在価値を高めているわけで、指揮者が要求した事でも、自分たちが納得できない時は、意地でもその要求は呑みません。
モーツァルトやベートーヴェンの音楽は、我々の方がどう演奏するかよく知っていると考えているのです。考えてみると、指揮者にとってこんなに怖いオーケストラはありません。指揮者よりもオーケストラの方が立場が上なわけです。このオーケストラを御する指揮者は限られているのです。
考えてみると、このオーケストラに気後れせず接していたのは、カール・ベームとヘルベルト・フォン・カラヤンぐらいでしょうか。他の指揮者はウィーン・フィルに対して、多くの賛辞の言葉を述べていますから、オーケストラよりも立場が低い関係だったと思われます。
ウィーン・フィルから認められた指揮者たち
1933年以降は首席指揮者を置きませんでしたが、特に貢献のあった指揮者に対して、ウィーン・フィルから特別に栄誉を与えられた指揮者たちがいますので、紹介しておきます。ここの中に小澤征爾の名前があることが、日本人として誇らしい気分になります。
名誉指揮者
- カール・ベーム
- ヘルベルト・フォン・カラヤン
名誉団員
- レナード・バーンスタイン
- リッカルド・ムーティ
- 小澤征爾
ウィーン・フィルの目指すもの
2012年にウィーン・フィルは、国際応用システム分析研究所(IIASA)の最初の親善大使に任命されました。音楽の人道的メッセージを常に意識し、人々に伝える努力をしてきた事が評価された理由であるとの事です。ウィーン・フィルもこの事を誇りと思っているようです。
単に伝統を守り続けるオーケストラではなく、人々のためになる事を常に意識してきました。人々の意識の中に、ごくごく普通に、日常的に、音楽を通してメッセージを伝え続けてきたのです。ウィーン・フィルの素晴らしいところです。世界一といわれるオーケストラは本当に凄いです。
ベートーヴェンの作品は、ウィーン・フィル創立以来、このオーケストラに大きな影響を与えてきました。ウィーン・フィルの目指すものは、そのベートーヴェンの『ミサ・ソレムニス』の冒頭の「心から-再び心に通うように」のモットーの実現なのだそうです。
まとめ
ウィーン・フィルの世界でも類を見ないオーケストラの成り立ちや活動を見てきました。弦楽器奏者がチケットの販売所でチケットを売っていたり、楽団の経理処理をしていたりと、本当に全て自分たちで行っているユニークなオーケストラです。
とても多忙なオーケストラであることが分かり、驚きました。本当に音楽が好きで好きでしょうがない人でないと務まらないと思います。ウィーン・フィルの今後も現在のようにあり続けるでしょう。良き伝統を守りつつ、最先端の超一流オーケストラを貫き通すと思います。