『ウエスト・サイド・ストーリー』は初演から60年を超えているにもかかわらず、今もって人気があるミュージカルです。このミュージカルの作曲者はクラシック界で名を馳せたアメリカの大スター、レナード・バーンスタインだった事をご存知だったでしょうか。
1984年にバーンスタインは『ウエスト・サイド・ストーリー』をドイツ・グラモフォンの企画で全く新しく全曲を録音し直しました。その最初から終了までを追い掛けるメイキングビデオも同時に取られたのです。これは当時NHKでも放送され、私も視聴した口です。
2017年にバーンスタイン生誕100年を記念して、このCDプラスDVDが新たに発売されました。バーンスタイン・ファンに留まらずに、音楽の作り方に興味がある形にはぜひ見て頂きたい作品です。如何にバーンスタインがこの曲を愛していたのかが良く分かる内容となっています。
ウェスト・サイド・ストーリー
1957年アメリカのブロードウェイで大ヒットしたミュージカルです。指揮者兼作曲家でもあったレナード・バーンスタインが作曲しました。732公演を重ねた後、ツアーを行い、1960年にウィンター・ガーデン・シアターに戻り更に253公演を行っています。
ヨーロッパ初演は1958年12月、ロンドンウエスト・エンドのハー・マジェスティーズ・シアターで行われ、1961年6月まで1039公演を重ねました。世界で大ヒットしたミュージカルなのです。
1960年代より世界各地で公演が重ねられていますが、特筆される公演として1980年のブロードウェイのリバイバル公演が上げられます。
この公演はオリジナル公演と同じく演出・振り付け・ロビンズ、舞台・オリバー・スミスにより、1980年2月14日よりミンスコフ劇場で行われ、11月30日の千秋楽までに333公演行いました。
日本では1974年以降に劇団四季によって公演が重ねられています。また、「50周年記念ワールドツアー」が日本に巡回し、2009年7月から8月に名古屋、東京、西宮で上演されました。
2017年7月には東急シアターオーブ5周年記念公演の一環として、レナード・バーンスタイン生誕100年記念のワールドツアーが来日し公演が行われました。
現在でも『ウェスト・サイド・ストーリー』は人気のあるミュージカルで、チケットを取るのが難しい作品のひとつです。
レコーディング・メイキングについて
メイキング・ビデオは1984年にバーンスタインが指揮をしてレコーディングをした時の様子を克明に記録したものです。アメリカのテレビ局ではなく、ドイツのテレビ局が撮ったというのも面白い話です。
ミュージカル『ウェスト・サイド・ストーリー』初演(1956年)から28年。1984年にドイツ・グラモフォンの企画で実現したレコーディングです。
バーンスタイン自らが指揮をし、著名なオペラ歌手を起用したアルバムが作成されました。マリア役にキリ・テ・カナワ、トニー役にホセ・カレーラス、アニタ役にタティアナ・トロヤノスを配し、『Somewhere』をマリリン・ホーンが歌うという豪華な顔ぶれです。
またマリアとトニーのダイアログ部分はバーンスタインの実子であるニナとアレクサンダーが務めています。この時の録音の様子は映像に収められ、ドキュメンタリーとして公開されました。
レコーディング風景
メイキング・ビデオは時間にして1時間30分。その間バーンスタインと歌手達、またオーケストラ達とのガチの勝負が記録されていて思わず引き込まれます。一切の妥協を許さないバーンスタインの姿がそこには映し出されているのです。
キリ・テ・カナワの上手さ
キリ・テ・カナワは私の大好きな歌手でした。イギリスのロイヤルオペラが来たときも見に行きました。かつてチャールズ王子とダイアナ妃の結婚式で歌った歌手なので覚えている方も多いでしょう。
ニュージーランド生まれでクーンズイングリッシュが母国語のキリ・テ・カナワがプエルトリコ訛りをうまく織り込んで、この役を完全にマスターして完璧に歌っています。こんなところがオペラ歌手としての誇りなのでしょう。この当時絶頂期だった彼女を使った事は大成功でした。
ホセ・カレーラスの苦戦
彼はスペイン出身ですから、英語が完璧だとはいいかねます。ですから、何度も何度も、バーンスタインが首を振り続けます。「NO!」のオンパレードです。見ているこっちもハラハラしながら、カレーラス頑張れと声援を送りたくなってきます。
ある場面では、発音のクセが直らずリズムも怪しいカレーラスは、バーンスタインの容赦のないダメ出しに怒りの表情で録音現場を立ち去ります・・・。
何と130回ものテイクを繰り返しても「OK」は出ませんでした。悩み続けるカレーラス、怒りまくるバーンスタイン。当然周りのメンバー達も緊張の連続です。
最高のものを作るために一切妥協しないアーティストたちの音楽作りの現場を垣間見る、この番組の最高の白眉です。そしてようやく「OK」が出たときのかれのホッとした顔、素晴らしいドキュメンタリーとして仕上がっています。
メイキング・ビデオの素晴らしさ
バーンスタインは、スコアを手直ししながら録音を進めていきます。ミキサールームではタバコを吸いながらプレイバックを聴き、納得いかないと「録り直し」と途端に不機嫌になる姿が映し出されます。
スタジオでは修正されていない楽譜にスタッフを睨みつけ、出損なったパーカッション奏者には嫌味なジェスチャーをしたりして、イラついている態度が伝わって来ます。
カレーラス以外の歌手たちはほとんどが上手く録音できたので上機嫌だったにも拘わらず、カレーラスに対しては最後は諦めの表情を示すバーンスタインも映し出されます。通常の録音セッションでは決してありえない状況下を、ナレーションなど一切なしにそのまま流していました。
このメイキング・ビデオの中での最大の見どころです。カレーラスとバーンスタインの困惑さがひしひしと感じ取れます。音楽の記録ですが、各々の人間性が描き出されているメイキングです。
上手く行った時には陽気にジョークを交わし、喜怒哀楽がはっきりしているバーンスタインをカメラはずっと撮り続けていました。バーンスタインの人間臭いところがふんだんに味わえます。
まさに映画以上に人間模様が面白い『ウェスト・サイド・ストーリー』のメイキングです。どんな状況でもカメラを止めなかったのは余程の信頼関係があったからこそだと考えられます。
まとめ
このメイキングでの最大の見どころはカレーラスとバーンスタインの応酬です。正当な英語では駄目でプエルトリコ訛りにしないといけないところが彼には難しかったのでしょう。他のシーンも見どころ満載です。
質の良い音楽を作り上げるにはこんなにも苦労するものなのだと分かるDVDでした。バーンスタイン・ファンだけでなくぜひ多くの人に見てもらいたいものです。