指揮者

イギリスの音楽雑誌『BBCミュージックマガジン』が2020年に発表した「The world’s top ten orchestras」の結果が興味を引く内容なのでここに紹介しておきたいと思います。

『BBCミュージックマガジン』の特集記事は独自路線を貫き、今までも面白いランキング記事を発表してきました。「The world’s top ten orchestras 2020」も順当に選ばれているオーケストラからどうしてここがと思われるところまで面白い結果になっています。

選ばれたオーケストラをひとつひとつ紹介し、BBCの選考理由とそれが妥当なのかどうかを順次見ていきたいと思います。

『BBCミュージックマガジン』はちょっと捻った結果を発表してくれるので今回も楽しみです。
概ね納得できるものではあるが、このオーケストラを選んだのは何故かと考えさせられるものもあるね。

『BBCミュージックマガジン』について

『BBCミュージックマガジン』は1992年6月に創刊された音楽専門の月刊誌です。

当初はイギリスの放送会社BBCの子会社であるBBCワールドワイド社が発行していましたが、2012年から現在の出版社イミディエート・メディア・カンパニー社が引き継いでいます。

あくまでもクラシック音楽がメインですが、ジャズなども取り上げている雑誌です。毎月付録としてBBCが録音したCDが付いており、これが人気の秘密となっています。

毎月の特集は各国で話題となるほど、クラシック界では知られた雑誌です。発行部数は38000部程度といわれています。

世界TOP10オーケストラ2020

ランキング形式ではなく、TOP10入リしたオーケストラがアルファベット順に発表されました。

バイエルン放送交響楽団
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ブタペスト祝祭管弦楽団
ハレ管弦楽団
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
ロンドン交響楽団
ロサンジェルス・フィルハーモニック
サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

バイエルン放送交響楽団

ドイツ、ミュンヘンを本拠地とするオーケストラ。このオーケストラがTOP10に入る事を否定するクラシック・ファンは少ないのではないでしょうか。順当な選択と思われます。

第2次世界大戦後の1949年に設立された新しいオーケストラにも拘らず、オイゲン・ヨッフム、ラファエル・クーベリック、コリン・デイビス、ロリン・マゼール、マリス・ヤンソンスによって世界に冠たるオーケストラになりました。2023年からはサイモン・ラトルが首席指揮者となります。

クーベリックが首席指揮者だった17年の間にオーケストラはさらなる発展を見せ、世界的なオーケストラの仲間入りをし、デイビス、マゼール、ヤンソンスが今の地位を確定させたのです。

放送オーケストラである事も良い方向に進んだ理由かと思います。しばらくはこのオーケストラが上位に入ってくるでしょう。

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

ドイツを代表するオーケストラと言うよりも、世界一のオーケストラと自他ともに認めるオーケストラですから、順当な選択です。

フルトヴェングラー後はカラヤンが手塩にかけて育てたオーケストラで、究極のオーケストラを完成させました。

このオーケストラについてはもう説明の必要がないほど衆目一致のヴィルトゥオーゾ・オーケストラであり、今後もこのオーケストラを指揮する指揮者についての話題は尽きないでしょう。

2019年から芸術監督になったペテレンコが今後どういった音楽作りを見せていくのか興味は付きません。

ブタペスト祝祭管弦楽団

今回の「The world’s top ten orchestras 2020」の注目のオーケストラです。日本での同様のランキングでは決して上位には入らないでしょう。

1983年設立のハンガリーのオーケストラ。祝祭管弦楽団の名の通り、当初は音楽祭のための臨時オーケストラでしたが、1992年に常設オーケストラになりました。

日本では馴染みのないオーケストラですが、2010年のイギリス『グラモフォン』紙の「The world’s greatest orchestras」の第9位にランクされています。歴史の浅いオーケストラとはいえ、イギリスに於いては一流オーケストラとして認められているようです。

全ての団員が毎年オーディションを受け直すなど、高い技術を保つ努力を続けている事がこのオーケストラの評価を高めた要因なのでしょう。

ハレ管弦楽団

イギリスのマンチェスターを本拠地とする、イギリスで最も伝統あるオーケストラ。このオーケストラが顔を出した事も驚きました。

バルビローニが手塩にかけて育て上げたオーケストラですが、世界のTOP10に入るかといわれるとちょっと躊躇します。この辺はイギリスの雑誌という事もあり、日本人の感覚とは違う面があるのでしょうか。

マーク・エルダーが2000年に首席指揮者になってから変わったという判断です。

このオーケストラが世界のTOP10に入るのならばシュターツカペレ・ドレスデンなども上位に挙げなければ不公平かと思います。他のドイツ系オーケストラやアメリカのBIG5も当然ハレ管弦楽団よりも上位かと思うのですが…。

日本人がNHK交響楽団を世界的なオーケストラに加えてもおかしくないという感覚と同じ意味合いをもたせているような気がします。

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

ライプツィヒを本拠地とするドイツを代表するオーケストラ。1743年に設立された民間のオーケストラでは最古のものです。

このオーケストラも文句なしにドイツの顔ですから、順当な選考だと思います。伝統を誇るオーケストラが現在でもトップクラスなのは驚くべき事です。メンデルスゾーンが指揮をしていたオーケストラですから、伝統の重みを感じます。

ニキシュ、フルトヴェングラー、ワルター等の巨匠たちの君臨、そして1970年から26年間カペルマイスターだったクルト・マズアにより世界的な飛躍をとげ、ブロムシュテット、シャイー、そして現在のネルソンズとその地位は守られてきました。

ライプツィヒにあるライプチヒ歌劇場は専属オーケストラを持たず、伝統的にライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団がオーケストラピッチに入ります。歌劇場とコンサートオーケストラの両立ですから、非常に多忙なオーケストラです。

ロンドン交響楽団

ロンドンではNO.1の地位に君臨するオーケストラ。ここしばらくのこのオーケストラの伸びは目を見張るものがあります。

ロンドン交響楽団はイギリスでもトップを走るオーケストラに成長しました。しかし、世界のトップ10に入る事が妥当かどうかという問題はあるかと思います。

先のハレ管弦楽団と比べればその資格に近いとは思いますが、天下の三大オーケストラ、ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウと肩を並べるには荷が重すぎるように感じるのは私だけでしょうか。

2017年からはサイモン・ラトルを音楽監督に迎え、更に充実の途を辿っていますが、世界のTOP10に相応しいオーケストラとなれるかの進化は今後の歩みに掛かっています。

「スターウォーズ」の音楽を担当した事も話題になりましたが、サイモン・ラトルがベルリン・フィルを辞めてまでこのオーケストラとの関係を維持したいと考えるのはそれなりの力を秘めているためでしょう。

ロサンジェルス・フィルハーモニック

1919年設立のアメリカでは伝統のあるオーケストラ。ロサンジェルス・フィルは腕っこきの団員が大勢いて、一流オーケストラですが、アメリカBIG5を抜きにしてロサンジェルス・フィルがアメリカ代表というのはどうでしょうか。

クリーヴランド、シカゴ、ボストン、ニューヨークとロサンジェルスを比べて甲乙付けるのは難しいです。ロサンジェルス・フィルは確かにアメリカBIG5と匹敵するような実力を付けてきた事は紛れもない事実です。

メータ、ジュリーニ、プレヴィン、サロネン、そして現在のドゥダメルと音楽監督は錚々たる顔ぶれが並んできました。アメリカBIG5に引けを取らないメンバーです。

2003年からはウォルト・ディズニー・コンサートホールという真新しい音響の良いホールに本拠地を移した事も大きな要素となっています。発展するオーケストラはホールによるところも大きなものがあります。

『BBCミュージックマガジン』は従来のBIG5と違った可能性をロサンジェルス・フィルに見つけたためにアメリカから唯一このオーケストラを挙げたのでしょう。

サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団

イタリアのローマを本拠地とするオーケストラ。このオーケストラも日本人が選ぶこの手のランキングでは決してTOP10には入ってこないでしょう。BBCならではのイギリス基準があるからこそ選ばれたのだと思います。

現在音楽監督のアントニオ・パッパーノはイギリス出身の指揮者ですから、おらが国の音楽監督に甘いところがあるのかもしれません。ロイヤル・オペラハウス(コヴェント・ガーデン)の音楽監督も長く努めている事からイギリスでの評価は高いものがあります。

ただし、パッパーノは2022/23年のシーズンでサンタ・チェチーリアの音楽監督を退任するため、このオーケストラの音が変わる可能性もあるのです。それ以降の『BBCミュージックマガジン』の評価がどうなるか気になるところではあります。

イギリスのBBCの雑誌でなかったならこのオーケストラは選ばれなかったでしょう。こういったローカル色が出て来る事も味があっていいものかもしれません。しかし、世界のTOP10と謳っているのですから、もう少しTOP10に相応しい理由があっても良さそうに思えます。

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

オランダはアムステルダムに本拠地を置くオーケストラ。創立100周年を迎えた1988年にロイヤルの称号を与えられました。パトロンはオランダのマキシマ女王です。

世界の御三家オーケストラですので順当な選出といえます。ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、そしてコンセルトヘボウはオーケストラのランキングでは外せません。

メンゲルベルクが基礎を作り、ハイティンクがここまで発展させたと言って良いでしょう。その後はシャイー、マリス・ヤンソンスなどに引き継がれ、現在の首席指揮者は空席となっています。

首席指揮者の選出は最も注目される事案ですが、2021年から2022年のプログラムが発表された時点でも正式発表はありませんでした。ゲルギエフやネルソンズの名前などが取り沙汰されていますが、ひょっとすると若手の有望株が選出されるとの報道もあり、目が離せません。

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

最後はウィーン・フィルです。オーストリアのウィーンを本拠とするクラシック・ファンなら誰もが知っているオーケストラ。このオーケストラもこういった企画には必ず登場してくる老舗のオーケストラであり、ベルリン・フィルと並び世界の横綱級オーケストラと言えます。

音楽監督や首席指揮者は置かず、完全な自主運営団体のオーケストラとして有名です。昨今ではオーケストラの世代交代が上手くいかず、かつてのウィーン・フィル・サウンドが出せなくなった等の批判を受けていますが、そこは天下のウィーン・フィルですから、持ち直してくれると信じています。

また、女性団員を受け入れたのも1997年と世界のオーケストラの中で最も遅かったと言えるでしょう。現在では女性の団員は1割ほどになりましたし、女性コンサートマスターも誕生しています。様々な点で変わりゆく伝統オーケストラです。

ベルリン・フィルのようにグローバル化を目指しているのではなく、昔からのウィーンの伝統を大事にした音作りが魅力であり、田舎臭さを滲ませる響きが世界中のファンに支持されています。

まとめ

バイエルン放送交響楽団、ベルリン・フィル、ライプチヒ・ゲヴァントハウス、ロイヤル・コンセルトヘボウ、ウィーン・フィルと5オーケストラは当然の結果と思います。

ロンドン交響楽団、ロサンジェルス・フィルも概ね納得したとしても、ハレ管弦楽団、ブタペスト祝祭管弦楽団、サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団については以外でした。

世界のTOP10としているだけに、この3オーケストラは果たして相応しいのか悩むところではあります。『BBCミュージックマガジン』はこうした隠し玉のような結果を出してくるところが面白いところです。

今後もクラシック・ファンが驚くような特集を組む事もあるかと思いますので『BBCミュージックマガジン』には注意をしていきたいと思います。

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