ピアノの上を飛ぶ白い鳩

クラシック音楽界の中でピアニストは最も数が多い演奏家です。ピアノは音楽の最も基本的な楽器ですから当然の事ではないでしょうか。

大きなコンクールのある年には、突然注目される逸材が登場してくる場合などもあります。また、一時話題を振りまいていたピアニストがその後全く注目されなくなる事も日常茶飯事の世界です。実力主義ですからプロの世界は何でもありといえるでしょう。

演奏を初めて聴いてから注目してきたピアニストが順調にキャリアを築いている姿を見ると、自分の耳も捨てたものではないなどとひとり悦に入る事もあります。

これから紹介する若手ピアニスト(20代、30代)10人は大変な実力の持ち主たちです。YouTubeやCDでしか聴いた事はありませんが、今後のピアノ界を担う逸材と考えていいと思います。10年後、20年後の彼らがどう進歩して行くのかが楽しみです。

ここに紹介したピアニストは現在の売れっ子ピアニストたちです。
人気になっている理由は彼らが持っている才能によるところが大きい。彼らはピアノの逸材たちなのだ。

注)紹介はアルファベット順です。

ユリアンナ・アヴデーエワ

名前:Yulianna Avdeeva
生年月日:1985年7月3日
年齢:36歳
出身地:ロシア、モスクワ

1985年7月3日、ロシアのモスクワ生まれ。5歳からモスクワのグネーシン特別音楽学校でピアノを学ぶなど、幼少時からピアノの才能に恵まれて育ちました。2003年、スイスのチューリヒ芸術大学に留学。

2010年の第16回ショパン国際ピアノコンクールで第1位。合わせて、最優秀ソナタ演奏賞も受賞。マルタ・アルゲリッチ以来45年ぶりの女性優勝者として一躍注目されました。

女性がショパン国際ピアノコンクールを勝つのが如何に難しいかは、過去の優勝者を見ていただければ納得してもらえるはずです。

ショパン国際ピアノコンクールの覇者であるため、ショパン弾きとして見られがちですが、彼女のレパートリーはショパンに留まらず、バッハ、リスト、チャイコフスキー、ストラヴィンスキーなど幅広いものがあります。

彼女の良いところは譜読みが深く、作曲家の意図するところを緻密に分析できるところです。テクニックは勿論の事、表現力の高さにも定評があります。

ラファウ・ブレハッチ

名前:Rafał Blechacz
生年月日:1985年6月30日
年齢:36歳
出身地:ポーランド、クヤヴィ・ポモージェ県

1985年ポーランド生まれ。4歳でオルガン、5歳からピアノを始め、ルービンシュタイン音楽学校、フェリクス・ノヴォヴィエイスキ音楽大学でピアノを学びました。

2005年、第15回ショパン国際ピアノコンクールで優勝。同時にマズルカ賞、ポロネーズ賞、コンチェルト賞、ソナタ賞、聴衆賞も併せて受賞。まるで完全優勝とも言えるものだったのです。

地元ポーランド人の優勝は第7回のクリスティアン・ツィメルマン以来30年ぶりの事でした。同世代では最高のショパン弾きとの評価がされているほどです。

レパートリーはバッハからベートーヴェン、リスト、ドビュッシーなどと広がりを見せています。

ブレハッチの演奏はピアニストを聴くというより、ショパンを堪能できると言っても良いのではないでしょうか。この事が彼が高い評価を受けている大きな理由かと思います。

チョ・ソンジン

名前:Seong-Jin Cho
生年月日:1994年5月28日
年齢:27歳
出身地:韓国、ソウル

1994年5月28日、韓国のソウル生まれ。ピアノは6歳から始め、11歳では公衆の面前で演奏を披露していたといいます。

2009年、第7回浜松国際ピアノコンクールにて最年少(15歳)優勝。同時に日本人作品最優秀演奏賞、札幌市長賞も受賞。

2011年、チャイコフスキー国際コンクールピアノ部門にて第3位入賞。2015年、第17回ショパン国際ピアノコンクールで優勝。ポロネーズ賞も併せて受賞。韓国人のショパン国際ピアノコンクール優勝は史上初の事でした。

クリスティアン・ツィメルマンが語っていたのですが、「コンクール史上初めて彼の優勝には議論がなかった。チョ・ソンジンが断然最高だったし、満場一致で優勝した。」チョ・ソンジンの才能を表す的確なコメントです。

日本はまた韓国に遅れを取ってしまいました。日本人のショパン国際ピアノコンクールでの優勝は、競馬の凱旋門賞と同じように夢で終わってしまうのでしょうか。

ベンジャミン・グローヴナー

名前:Benjamin Grosvenor
生年月日:1992年7月8日
年齢:29歳
出身地: イギリス、エセックス州

1992年生まれのベンジャミン・グローヴナーは、イギリスが久々に生んだピアノの期待の星です。母親がピアノ教師であった彼は5歳からピアノを学び始めます。

グローヴナーはコンクール経験がなく、子供の頃からの天才性をそのまま育んでプロとなりました。

2003年、11歳でリサイタルを開き、同じ年にオーケストラと協奏曲を演奏しています。2004年、史上最年少の11歳でBBCヤング・ミュージシャン・オブ・ザ・イヤーのピアノ部門優勝を果たし、注目を集めました。

2011年、19歳の時、BBC交響楽団との共演でBBCプロムス・オープニング・コンサートに初登場。この年、メジャーレーベルのデッカと契約を結ぶなど、大物ぶりを発揮しています。

主要オーケストラとの共演も多く、今後の活躍を期待するピアニストのひとりです。

アレクサンドル・カントロフ

名前:Alexandre Kantorow
生年月日:1997年5月20日
年齢:24歳
出身地:フランス、クレルモン・フェラン

父親はヴァイオリニスト及び指揮者で有名なジャン=ジャック・カントロフです。息子のアレクサンドルは父親と同じヴァイオリンの道には進まず、ピアニストの道を選びました。

パリ音楽院で学んだ後、2019年、チャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門において優勝。フランス人として初めてのピアノ部門優勝者となりました。

チャイコフスキーの『ピアノ協奏曲第2番』を演奏して優勝したコンテスタントも彼が最初だったようです。

今ではピアニストは技巧的と言われるのは当たり前になりました。彼はそこに表現力という強い武器を持っています。

24歳という若さながら、もう既に巨匠のような雰囲気を持っているピアニストであり、今後の芸術性の進化に期待します。

ケイト・リウ

名前:Kate Liu
生年月日:1994年5月23日
年齢:27歳
出身地:シンガポール

ケイト・リウはシンガポール出身の中国系アメリカ人ピアニストです。2015年、第17回ショパン国際ピアノコンクールで第3位入賞。マズルカ賞も受賞しています。

このコンクールを聴いて彼女のファンになった方も多いのではないでしょうか。実は私もそのひとりです。

4歳からピアノを始め、8歳の頃アメリカに移住。シカゴ音楽院、カーティス音楽院で学んだ後も、ジュリアード音楽院に進み研鑽を積んでいます。

ショパンコンクールでの彼女の表現は独特な感覚を持っていて、不思議な魅力を持つピアニストでした。

深い集中力、優れた想像力が音楽に説得力をもたせてくれていると思います。期待したいピアニストのひとりです。

ヴィキングル・オラフソン

名前:Víkingur Ólafsson
生年月日:1984年2月14日
年齢:37歳
出身地:アイスランド、レイキャビク

2019年、BBCミュージックマガジン「アルバム・オブ・ザ・イヤー」、グラモフォン誌「アーティスト・オブ・ザ・イヤー」に選ばれ、世界的なピアニストになりました。

1984年2月14日、アイスランドのレイキャビークに生まれ。母親がピアノ教師であったため、母からピアノを教わります。

アメリカのジュリアード音楽院で学んだ後、彼はコンクールには全く関心を示す事はなく、専ら自分の音楽を磨く事を地道に行ってきたピアニストでした。

自分の音楽を届けるために「Dirrindí」というレーベルを立ち上げ、更には音楽祭をも立ち上げ、活動してきたピアニストです。

とても独特な感覚を持ったピアニストで、この後どんな音楽性を持ったピアニストになっていくのか興味があります。

otomamireには以下の記事があります。お時間があればどうぞ御覧ください。

アリス=紗良・オット

名前:Alice-Sara Ott
生年月日:1988年8月1日
年齢:33歳
出身地:ドイツ、ミュンヘン

1988年生まれのミュンヘン出身のピアニスト。父がドイツ人、母が日本人で、ドイツ語、英語、日本語が流暢な国際派です。

4歳からピアノを始め、7歳からヨーロッパのコンクールに登場し、今まで10以上ものコンクール優勝を数えます。

ザルツブルク・モーツァルテウム大学で研鑽を積んだ後は、20歳でドイツ・グラモフォンと専属契約を結び、注目を集めました。

2019年には難病の多発性硬化症の発表を行い我々を驚かせましたが、同年の9月にはベルリン・フィルにデビューするなど復活を果たしています。大事に至らなく幸いでした。

世界で最も多忙なピアニストのひとりであり、それだけ現在のピアノ界での注目度が伺えます。

ダニール・トリフォノフ

名前:Daniil Olegovich Trifonov
生年月日:1991年3月5日
年齢:30歳
出身地:ロシア、ニジニ・ノヴゴロド

1991年生まれのロシアの逸材ピアニスト。5歳からピアノを始め、グネーシン音楽院、クリーブランド音楽院とピアノの研鑽に励みました。

2010年、第16回ショパン国際ピアノコンクールで第3位入賞。2011年、ルービンシュタイン国際ピアノコンクールで優勝。

同年の第14回チャイコフスキー国際コンクールにも参加し、見事第1位に輝きます。併せて聴取賞も受賞し、その年の全部門グランプリまで獲得しました。トリフォノフの才能がついに開花したのです。

トリフォノフは年齢を重ねる毎に音楽に深みが出てきたように感じます。高い感受性や表現力の高さ、弱音も実に繊細です。

確実に巨匠への道をひた走っているように思いますが、これからの彼がどう変化していくのか目が離せません。

ユジャ・ワン

名前:Yuja Wang
生年月日:1987年2月10日
年齢:34歳
出身地:中国、北京市

中国出身のピアニストが目立つ時代になってきました。中国出身ではなくても中国系のピアニストは世界各国で活躍しています。あれだけ人口の多い国ですから、才能の発掘も容易なのかもしれません。

最後は中国人のユジャ・ワンの登場です。彼女はよくTwitter上で話題になります。また何かやらかしたかと慌てて読んでみると、今日の演奏は凄かったといった称賛する内容がほとんどです。

ユジャ・ワンは1987年、北京生まれ。7歳で、北京の中央音楽学院に入学。15歳でアメリカのカーティス音楽院に留学し、ピアノを学んできました。

彼女を一躍有名にしたのは、2007年マルタ・アルゲリッチの代役として演奏したためです。アルゲリッチ本人が彼女を指名したと言われています。ここから彼女の華々しいアメリカンドリームが始まりました。

2009年にはドイツ・グラモフォンと契約。2011年のカーネギーホール・リサイタルでも好評を得ています。

オーケストラとの共演はベルリン・フィルを始め、各国の主要なオーケストラと活発に行なっており、今や世界のユジャ・ワンとして多忙な日々を送るようになりました。

彼女の凄さは手の小ささにも拘らずに超絶技巧の持ち主である事や叙情性に溢れ、リズム感にも恵まれている事です。カリスマ性も持ち合わせています。冷静さを忘れずに自分自身をコントロールしている点も評価されるでしょう。

彼女のステージ・ファッションも若い内は今まで通り斬新なもので攻めてくるでしょうが、音楽的に凄いのですから、そう目くじらをたてずに温かく見守るのが一番かと思います。

最近の私のお気にいりピアニストなので評価が甘くなっているかもしれませんが、ユジャ・ワンの最近のパフォーマンスは異常なほど高度な領域に到達しているようです。

otomamireには以下の記事があります。お時間があればどうぞ御覧ください。

まとめ

今後の世界のピアノ界で存在感を発揮するとみられる10人のピアニストを紹介してきました。何れも20代、30代の若手俊英たちです。

多くのピアニストはコンクールという若手のための登竜門を通過してきましたが、コンクールは眼中になく独自路線を貫き通して現在の地位を獲得した方もいます。

ここに挙げた10人は年間のコンサート回数が100回超えの方が当たり前のようです。各国からのオファーが引きも切らないと思われますが、ひとつひとつのコンサートを大事にこなして、将来を考えた演奏をしていただきたいと望んでいます。

10年後、この記事を読み直した時に、ここに挙げたピアニストたちが偉大なピアニストの道を歩んでいて欲しいと願うばかりです。

otomamireには以下の記事があります。ここに挙げた何人かを紹介しています。お時間があればどうぞ御覧ください。

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