指揮者と指揮棒の歴史

クラシック音楽の世界において指揮者が一番の花形です。演奏が終わると観客から送られる拍手・喝采は演奏したオーケストラではなく、指揮者に対して贈られます。どの指揮者が指揮をするかによって、コンサートのチケットの値段も変わりますし、売り上げも大きく違ってきます。

また、オーケストラはどの指揮者が音楽監督になるかによって演奏の質にも大きく関わってくるという側面もあり、現代の指揮者はクラシック音楽を語る上で大変重要な存在になっています。音楽監督になると、シーズンのプログラムの作成や楽員の入団試験などにも係わります。

指揮者は演奏に対して、全ての責任を持ちます。とても、重要な仕事でもあるのです。現在のオーケストラには絶対に必要な指揮者という職業がどのように誕生し、どう発展してきたのか。
また、同時に、指揮者には必須の指揮棒の発展についても見ていこうと思います。

指揮者はクラシック音楽が出来上がった当時からいたのですか?
指揮者という職業が生まれたのはずっと後の事なんだ。現代の指揮者の原型はメンデルゾーンだと言われている。

指揮者の誕生

指揮者誕生の歴史
指揮者と聞いてまず思い浮かべるのはどんな事でしょうか。オーケストラなどで演奏する曲のテンポ、強弱、表情などを指示し、演奏全体を統率する人、皆さん、そんな感じではないでしょうか。指揮者の始まりはどの時代からなのか、時代を追いながら見ていきます。

バロック時代の指揮者

17世紀、バロック時代は作曲家がチェンバロを弾きながら奏者たちに指示を与えたり、ヴァイオリン奏者が立って弾きながら弓で指示を出したりしていました。バロック音楽の時代の指揮といえば、拍を維持する事こそが大切でした。リズムこそが命だったのです。

その頃は杖のような長い棒(指揮杖=しきじょう)を床に打ち付けてリズムを取っていました。指揮と言うよりは単純にリズムを刻んでいただけです。この杖で今でも有名な事件が起こりました。フランス宮廷で活躍していた作曲家のジャン・バティスト・リュリが起こした事件です。

リュリは金属製の杖で床を叩いてリズムをとる指揮をしていましたが、ある時、誤って自分の足を突いてしまい、その傷がもとで破傷風になり死んでしまいました。指揮杖は思いのほか重くて丈夫なものなので、こんな悲劇が起きたのでした。

古典派時代の演奏会

ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンなどが活躍した時代です。この頃も作曲家が指揮をしている事は変わりがありません。しかし、杖でリズムを取ることを止め、手や腕や表情で音楽の感じを表すようになりました。今の指揮者とは違いますが、それに近づいてきます。

現代の指揮者に段々と近くなってきましたが、その事を生業とする人物は必要とされなかったため、「指揮者」という専門家はまだまだ出現しませんでした。あくまでも、作曲家やヴァイオリン奏者が、こんな風に音楽を演奏してほしいと、イメージを伝えるにすぎませんでした。

ロマン派時代の演奏会

19世紀に入ってから、専門的な指揮者が必要になってきました。その理由としては、曲の構成などが複雑化してきたため、専門的に楽譜を解釈する人物が必要となった事、及び演奏会に取り上げられる曲が変化してきた事が挙げられます。

この時代、メンデルゾーンなどが中心となって過去の名曲を復活させる試みが多くなりました。その為、過去の音楽に触れていない音楽家達に指導する立ち位置になる人物が必要となったのです。

音楽は再現芸術ですから、オーケストラで演奏する際「譜面を解釈し、演奏の基本方針を決める人」が必要になったのです。この事が今の指揮者に近づいてくる大きな要素になりました。

話は少しそれますが、この活動の中でそれまで埋もれていたバッハが大作曲家として100年の年を経て日の目を見ます。メンデルゾーンがバッハの『マタイ受難曲』を復活演奏したのです。この事は、メンデルスゾーンの大きな功績です。それ以降、バッハは大作曲家として蘇りました。

近代の時代の演奏会

作曲家兼指揮者時代から、作曲者と指揮者が別々の仕事として別れていくのが19世紀後半です。専門的な指揮者のさきがけはドイツのハンス・フォン・ビューローだと言われています。現在のベルリンフィルハーモニー管弦楽団の初代指揮者です。

ビューローの登場によって、現代と同じ様に楽譜を解釈して指揮をする専業指揮者が誕生したわけです。楽曲をアナリーゼして、オーケストラを訓練し、演奏会の練習をし、演奏会を開くという現在と同じプロセスが、彼によって行われるようになりました。

ようやく19世紀後半に現在のような指揮者が誕生したのですね。指揮者の歴史はまだ新しいんだ。
ビューローが初めての職業指揮者と言われている。現在の形がようやく出来上がったのだ。

指揮棒の誕生と形態

指揮棒の誕生と歴史

これからは指揮棒の話ですね。指揮者は指揮棒1本だけでオーケストラをコントロールしています。
指揮棒で音楽の全てを表現しなくてはいけないから、指揮者は大変な職業なんだ。

指揮者が舞台で持つ事を許されるのは指揮棒という小さな棒だけです。この指揮棒も時代と共に指揮者同様の発展をしてきました。バロック音楽時代は指揮杖を使ったと書きましたが、これはあくまでもリズムを取るだけのものです。指揮棒が登場するのはロマン派の時代からです。

指揮棒の始まり

指揮棒のことを「英語:baton(バトン)」と言いますが、普通は「ドイツ語:Taktstock(タクト)」を使う人の方が多いと思います。やっぱり音楽を発達させたのがドイツだったからなのでしょう。始めは単にリズムを刻む為の指揮杖と呼ばれる物から発展してきました。

指揮杖の後は現代の指揮棒に近い物が誕生します。そして19世紀後半になって初めて今のような指揮棒が生まれました。音楽史上始めて指揮棒を使用したのが、ルイ・シュポーアというヴァイオリニストでした。と言っても最初は五線譜を巻いて筒状にした物だったようです。

指揮棒を見慣れないオーケストラ楽員からどよめきが上がったとも伝えられています。作曲家のウェーバーやメンデルスゾーンなども積極的に指揮棒を使い始めます。指揮杖に変わり指揮棒の時代が幕を開けたのです。現在の竹や木で作られた指揮棒が出てくるのは、もう少し後になります。

当時は指揮棒を作るような職人はいませんから、全て自分かまたは弟子に作らせたと言われています。持ちやすいように持ち手の部分を工夫したり、滑り落ちないように材質を変えたりと、初期段階は大変だったに違いありません。

次第に単なる竹や木に黒く色を塗ったり、赤い指揮棒も見た事があります。現在のような白の指揮棒に統一されたのは20世紀に入ってからの話です。

何故指揮棒が必要なのか

なぜ指揮棒が必要なのでしょうか。よく言われるのが大勢の演奏家にフレーズの頭を指示したり、リズムをより明確に指示するためには、人間の腕の長さでは不十分なので、棒を持ってその長さを延長している、というのがその最大の理由のようです。

指揮の目的は拍をきざむだけではなく、速度、強弱、アインザッツ、曲の表情など、演奏についての多くの事柄を指示するためにあります。指揮棒はその指示をオーケストラの人達に、より見え易くするようにするということが1番の役割だと思います。

指揮棒の材質

材質ですが、昔は、竹やメープルなど木製が中心でした。現在は、カーボンやグラスファイバー製などが主流になりました。カーボンやグラスファイバーは折れにくい事が特徴ですが、折れにくい事で非常に危険な事が起こる可能性があります。

指揮者は上下左右に指揮棒を振り回すので、自分の顔や手に指揮棒が突き刺さるという事故が近年増えています。またオーケストラの最前列の演奏者を傷つける事故などもあります。数年に一度はその手のニュースを聞きますから、指揮者は注意が必要です。

指揮者の故・岩城宏之は言っていました。「指揮棒は折れるから良いのであって、折れない指揮棒は凶器にしかならない。だから指揮者は木製の指揮棒を持つべきである」と。指揮棒なんて、楽器に比べれば格安ですから、折れたところで大して懐が痛むわけではありません。

指揮棒の形態

指揮者によって指揮棒の長さは、まちまちです。市販のものを、弟子が削ったり短く切ったりして自分にフィットする指揮棒を作る人もいます。1960年代のトスカニーニやフルトヴェングラー、ワルターなどは、比較的長い木製のずんぐりした指揮棒を使用していました。

帝王カラヤンは、短めの白色、逆にカール・ベームやバーンスタインは長めの木目でした。指揮棒の手元(グリップ)部分の形状も指揮者の好みで違います。

太目のコルクをはめた物や同じコルクでも丸い形のものもあります。今では楽器店に行けば色々な形態の物が売られていますから、指揮者も楽になったものです。

指揮者によっては折れた指揮棒をプレゼントしてくれる人もいます。また、プレゼントするためにわざと指揮棒の先を折って、サインをしてくれる指揮者も多いようです。指揮者も人気商売ですし、指揮棒なんて安い物ですからね。こんな事をするだけで指揮者の株もまた上がるのです。

指揮者の個性が光る指揮

指揮者小澤征爾
指揮者とはオーケストラの花形です。演奏家たちの表現を飛躍的に向上させる技能も持ち合わせており、当然指揮者によってその指揮の仕方は様々です。ダイナミックで個性的な指揮を行う指揮者や、冷静で静かな指揮者など本当に個性豊かで面白いです。

指揮棒を使わない指揮者

合唱指揮者は基本的に指揮棒は使いません。曲の微妙なニュアンスや表情付けには指揮棒を使うより、手のしぐさで指示した方がより良く伝わるからです。オーケストラの指揮者でも指揮棒を使わない人もいます。現役では小澤征爾(20年ぐらい前から指揮棒を使わなくなった)、クルト・マズアぐらいでしょうか。数年前に亡くなったピエール・ブーレーズもそうでした。

合唱が入る曲はオーケストラ指揮者であっても、指揮棒を左手に持ち替えるか指揮台に置いて、指揮棒を使わずに手だけで合唱団に対して指示を出す指揮者は数多くいます。在りし日のカラヤンもそうでした。その姿はまたとても格好良く見えたものです。

指揮棒を振り回す指揮者

指揮棒を振り回す指揮者の代表格は何といっても故・レナード・バーンスタインです。彼は興に乗ると指揮台を飛び跳ねて、指揮棒を大げさに振り、また両手を広げて肩だけを使って指揮したりと、見た目にも凄い指揮者でした。その音楽性もその指揮ぶりに表れていたのです。 

小澤征爾が20代の頃はバーンスタインの様に凄く体を使って指揮をしていました。多くの指揮者は程度の差が有るとはいえこちらのグループに入ると思います。たまに指揮棒が客席やオーケストラ側に飛んでいったと言う事が話題になりますから、何より事実が証明しています。

静かに拍子だけを取る指揮者

今の指揮者にはもういないのではないかと思われます。懐かしい例を挙げれば、リヒャルト・シュトラウス。この人はいつも左手をポケットに突っ込んで、右手だけで拍子を取っていました。練習でやりつくしたのだから、本番はそれで充分と思っていたのでしょう。

次はフリッツ・ライナー。この人も指揮棒が5CM動くかどうかでオーケストラが反応していたと言われています。こんな指揮者と付き合っていたオーケストラは、緊張感が高かったのだと思います。ライナー時代の指揮者は独裁タイプが多かったので、誰も注意できなかったのでしょう。

指揮者によって指揮棒の使い方も随分違いますね。
指揮者の個性によって様々な指揮法があるのだよ。指揮棒の使い方によってオーケストラの音色が変わるのだから凄いものだ。

まとめ

簡単に指揮者の誕生と指揮棒の発展をみて来ました。現代は指揮者にとっては、楽な商売でもないようです。自分の解釈通りに注文をつけ、その通りに演奏させる訳ですから。でも、それを可能にする事は、自分が如何に勉強しているか、自分の実力をアピール出来るかに尽きると思います。

優秀な指揮者の指揮棒から優秀な「音楽」が生まれてきます。今度演奏会に行ったら指揮棒も良く観察してみてください。何回か演奏会に出かけると、指揮者によって様々なタイプの指揮棒を使っている事が分かると思います。長さやグリップの違いは客席からでも分かります。

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