バイオリンとピアノ

ヴァイオリンソナタには名曲が多く存在します。数的にはピアノソナタには敵いませんが、それでも多くの名曲が残されているのも事実です。

ヴァイオリンの音色は独特の響きがあって、作曲家の心を掴んだためとも言えるのでしょう。古今東西の作曲家が多くの作品を残しています。オーケストラの中心的楽器としてもソロ楽器としても実に魅惑的な楽器です。

そんなヴァイオリンソナタの中から有名で聴いておかねばならない作品を10曲選びました。初心者の方はここから広げていってほしいですし、愛好家の方には改めて聴き直してもらいその価値を再認識してほしいと思います。

『ヴァイオリンソナタ』はいつの時代でも有名な作曲家が作曲しています。名曲が多くありますね。
『ヴァイオリンソナタ』はバロック期にその形ができあがり、古典派後期のベートーヴェンにより現代のような姿になったのだ。

フランク『ヴァイオリンソナタ』

最初はフランクから入りましょう。非常に美しいヴァイオリンソナタです。第1楽章、第4楽章が特に有名でしょうか。

フランク『ヴァイオリンソナタ』解説

フランクが親友のヴァイオリニスト、イザイの結婚式に贈ったヴァイオリンソナタです。フランク晩年の名曲となりました。フランク最大の成功曲であるだけでなく、ヴァイオリンソナタの中でも傑作のひとつとして知られています。

楽章は4つからなり、ヴァイオリンソナタと名付けられていますが、ピアノは単なる伴奏ではなく、まるでヴァイオリンとピアノの二重奏曲のようです。

第1楽章の物憂げな感じからして聴く人の心を虜にしてしまいます。どの楽章からも、名曲とはこういうものを指すものだと作品自体が訴えているようです。

フランク『ヴァイオリンソナタ』おすすめの1枚

フランス物はフランス人に限る、というわけではありませんが、カントロフのヴァイオリンもルヴィエのピアノも優しくこの作品にピッタリ!印象に残る1枚です。

ベートーヴェン『ヴァイオリンソナタ第5番』「春」

ベートーヴェンは10曲のヴァイオリンソナタを書きましたが、その中で最も有名なのはこの作品でしょう。

ベートーヴェン『ヴァイオリンソナタ第5番』「春」解説

大木正興・大木正純共著『室内楽名曲名盤100』(音楽之友社)にはちょっと微笑まずにはいられない一文が載っています。その部分を引用させていただくと、

「書こうと思えば彼だって、およそこの堅物らしからぬ愛らしく優しい、人の心をとろけさせるようなチャーミングなメロディを書くことが実はできたのである。」

このヴァイオリンソナタについて記述したものです。春の心地よい暖かさを感じさせるこの作品はまさしくチャーミング。春を題材にした作品は多くありますが、その中でも一際輝くのはベートーヴェンにしか出せない秀逸さゆえ。

聴く人間の心まで暖かくしてくれる作品になっています。そう、ベートーヴェンにも書く事が出来たのです。

ベートーヴェン『ヴァイオリンソナタ第5番』「春」おすすめの1枚

1962年と少し録音は古くなりましたが、オイストラフのものがこの作品の性格とよくマッチしていると思います。暖かさが伝わってくる1枚です。

ベートーヴェン『ヴァイオリンソナタ第9番』「クロイツェル」

ベートーヴェンのヴァイオリンソナタの中で最も光り輝く傑作です。ベートーヴェンの時代でさえヴァイオリンソナタはピアノがメインとなる作品でした。この作品の出現によってようやく両者が対等の立場となるヴァイオリンソナタが生まれたのです。

ベートーヴェン『ヴァイオリンソナタ第9番』「クロイツェル」解説

正式名称は『ほとんど協奏曲のように、相競って演奏されるヴァイオリン助奏つきのピアノソナタ』といいます。

モーツァルトまでの時代には、『ヴァイオリンソナタ』と呼ばれているものは、鍵盤楽器にヴァイオリンの助奏が付いた程度のものでした。ベートーヴェンはその関係を変えた最初の人物となった訳です。

ヴァイオリンという楽器の価値を高めた作曲家と言っても過言ではないでしょう。ベートーヴェンはヴァイオリンの腕はまるっきり下手だったと言われていますが、その人物がヴァイオリンとピアノを同列に扱う最初の作品を作ったというのも面白い事です。

この「クロイツェル」はベートーヴェンの傑作ですが、それだけに留まらず、世のヴァイオリンソナタと比べても最高に価値の高いものと言えます。

冒頭からヴァイオリンの重音で始めるなど並々ならぬ意欲が感じられ、実際、作品自体は重厚長大です。ヴァイオリンソナタで40分ですからベートーヴェンの力の入れようが伝わってきます。

ベートーヴェンはこの時期、『交響曲第3番』、『ワルトシュタイン』、『熱情』などを作曲しており、「傑作の森」と呼ばれる大変充実していた時期の作品です。

ベートーヴェン『ヴァイオリンソナタ第9番』「クロイツェル」おすすめの1枚

1970年録音。メニューイン54歳、ケンプ75歳のもの。大家同士の録音ですが、上手く融合して素晴らしい演奏になりました。大きさ、風格を感じさせる第1楽章です。

ブラームス『ヴァイオリンソナタ第1番』「雨の歌」

「雨の歌」というニックネームが付いている事もあり、ブラームスの3曲のヴァイオリンソナタの中でも最も有名な作品です。

ブラームス『ヴァイオリンソナタ第1番』「雨の歌」解説

まずはニックネームの由来から始めましょう。ブラームスはシューマンの妻であったクララの誕生日に『雨の歌』という歌曲を贈りました。その6年後、ブラームスが名付け親となったクララの末子フェリックスが亡くなります。

ブラームスはクララを慰めるためにクララが好きだった『雨の歌』のメロディを使って『ヴァイオリンソナタ第1番』を作曲したのです。この事からこの作品は「雨の歌」と呼ばれるようになりました。

歌曲『雨の歌』から取られたメロディは第3楽章に使われています。第2楽章には以前フェリックスの見舞いの手紙に書いた思い出のメロディも使われているのです。

クララはこのヴァイオリンソナタを大変気に入り、「天国まで持っていきたい」と語ったと言われています。亡くなった息子のフェリックスに聴かせたかったのでしょうか。

ブラームス46歳の作品という事もありますが、大変円熟した音楽です。詩情豊かなという言葉が最も適切な表現かと思います。

ブラームス『ヴァイオリンソナタ第1番』「雨の歌」おすすめの1枚

美しく華麗な演奏です。意外と濃厚な演奏なので、評価が分かれるかもしれません。ムターの個性が強く出ていてムター・ファンには堪りません。ピアノのオルキスも好演しています。

モーツァルト『ヴァイオリンソナタ第21(28)番』K.304

モーツァルトの番号が付いている『ヴァイオリンソナタ』は36番まであります。しかし、モーツァルトの時代はピアノがメインでヴァイオリンはそれに合わせて音楽を奏でていたに過ぎません。

モーツァルト『ヴァイオリンソナタ第21(28)番』K.304解説

『第21(28)番』と表記しているのはK.55~61の偽作を入れるかどうかの違いです。昔は偽作も含めた通し番号で呼ぶのが普通でしたが、現在では偽作を除いた番号で呼ばれています。混乱を避けるためにケッヘル番号を載せておきます。

本当の意味での『ヴァイオリンソナタ』の作曲はベートーヴェンにより成し遂げられました。モーツァルトの時代はあくまでもピアノがメインの作品だったのです。

タイトルを見ればよく分かります。この当時『ヴァイオリンソナタ』は『ヴァイオリン伴奏付きクラヴサンもしくはクラヴィーアのためのソナタ』と言われていました。ヴァイオリンは伴奏に過ぎなかったのです。

しかし、そこはモーツァルト。そのように作られた作品であっても『第17(24)番』K.296以降の物は今の時代でも十分に鑑賞に耐えられるように作られています。流石はモーツァルトと思わせる内容です。

『第21(28)番』に戻れば、モーツァルトの『ヴァイオリンソナタ』の中で最も有名なものと思われます。短調で書かれた2楽章からなる作品です。

モーツァルトの母が亡くなった頃の作品であることから、亡き母への思いが込められた作品のようです。悲しみが全体を覆っています。特に第2楽章の切なさは例えようのないほどです。悲しいけれどとても美しい。

モーツァルト『ヴァイオリンソナタ第21(28)番』K.304おすすめの1枚

1958年の昔の録音ですが、この作品の定番として長らくその地位を保ってきました。やはりここでもこの録音をおすすめします。この二人の演奏は不滅の演奏として語られ続けていく事でしょう。奇跡の1枚です。

モーツァルト『ヴァイオリンソナタ第26(34)番』K.378

モーツァルトの『ヴァイオリンソナタ』も2曲選びたいと思います。数ある名曲の中で1曲では忍びないので、絞りに絞ってもう1曲挙げておきましょう。

モーツァルト『ヴァイオリンソナタ第26(34)番』K.378解説

K.378のこの作品はヴァイオリンの名手ブルネッティのために作曲されたとする説が有力とされていますが、確かな事は分かっていません。ただ、ヴァイオリンがピアノの伴奏に甘んじているわけではなく、実に堂々と自己主張をしています。

華麗でセンスの良さを感じる音楽です。都会的な洗練された音楽とでも言うのでしょうか。生気あふれる音楽が心に響いてきます。終楽章の軽やかさはモーツァルトならではです。

モーツァルト『ヴァイオリンソナタ第26(34)番』K.378おすすめの1枚

この作品もやはりグリュミオーを挙げます。この演奏も奇跡の1枚にふさわしいものです。このCDにはK.301、K.304、K.376、K.378が収録されており、どれもが素晴らしい録音です。ハスキルのピアノも秀逸。

ドビュッシー『ヴァイオリンソナタ』

ドビュッシーの「白鳥の歌」です。彼はこの作品をがんと闘いながら作曲しました。完成まで時間がかかったのもその影響があったからです。この作品完成の翌年に惜しまれながら没しました。

ドビュッシー『ヴァイオリンソナタ』解説

ドビュッシーは晩年6曲のソナタを作曲しようと思い立ちます。1915年から始め、この『ヴァイオリンソナタ』は第3曲目でした。しかし、彼はこの作品で力尽きたのです。

彼はがんに蝕まれていました。ヴァイオリニストのガストン・ブーレのアドヴァイスを受けながら、辛いながらもこの作品を完成させます。

そして完成した年にガストン・ブーレのヴァイオリンとドビュッシー自身のピアノにより初演されました。この初演が公に姿を現した最後となったのです。

ドビュッシーと言うとピアノ曲との印象が強くありますが、『ヴァイオリンソナタ』も名曲のひとつと言えます。

ドビュッシー『ヴァイオリンソナタ』おすすめの1枚

五嶋みどりのCDを挙げます。彼女の素晴らしさは既に誰もがご存知のはずです。期待に違わず、豊かな音楽性と透明感があり、聴く者を魅了します。

フォーレ『ヴァイオリンソナタ第1番』

フォーレと言えば真っ先に思い浮かぶのが『レクイエム』という方が多いのではないでしょうか。しかし、こんなにも素晴らしい『ヴァイオリンソナタ』も作曲していました。

フォーレ『ヴァイオリンソナタ第1番』解説

フランスの作曲家で『ヴァイオリンソナタ』と言えばフランクのものが有名ですが、フォーレはフランクの10年以上前に既に『ヴァイオリンソナタ』を作曲していました。それがこの第1番で、近代フランス音楽の室内楽の先駆者とも言えるのです。

フォーレの『ヴァイオリンソナタ第1番』がそれ以降のフランクやドビュッシー、ラヴェルなどの作品を導いたという点でも評価されるべきと思います。

全4楽章からなり、それぞれにフォーレの優しさが溢れています。ヴァイオリンもピアノも柔和で穏やかな雰囲気に満ち、気持ちの良い肌触りのする音楽です。

フォーレ『ヴァイオリンソナタ第1番』おすすめの1枚

1962年の録音で音質的には少し問題がありますが、グリュミオーの演奏は上品で美しいものになっています。ハイデュのピアノとも息が合った素晴らしい演奏です。

ラヴェル『ヴァイオリンソナタ』ト長調

ラヴェルには2つの『ヴァイオリンソナタ』があります。この作品が1927年に作られたもので、もう1曲は1975年に発見された「遺作」とされるものです。

通常ラヴェルの『ヴァイオリンソナタ』と言えばこのト長調を意味し、1975年に発見されたものは『ヴァイオリンソナタ』「遺作」と表します。第2番、第1番としているレコード会社もあります。

ラヴェル『ヴァイオリンソナタ』ト長調解説

3楽章のソナタ。ヴァイオリンとピアノは「本質的に相容れない楽器」とする発想から出来ている作品です。ヴァイオリンとピアノは全く対等な関係となっています。

第1楽章などはピアノとヴァイオリンがそれぞれ独自の音楽を奏でている感じ。ちょっと異質な音楽とも言えるかもしれません。

第2楽章は「ブルース」というタイトルが付けられ、まるでジャズを聴いているような雰囲気です。ラヴェルは当時パリで流行っていたジャズをこの作品に取り入れました。

第3楽章は一転して無窮動の音楽。無窮動とは常動曲とも呼ばれ、「常に一定した音符の流れが特徴的な、通常は急速なテンポによる楽曲」の事を言います。テクニックも要求される作品です。

ラヴェル『ヴァイオリンソナタ』ト長調おすすめの1枚

フランクの作品でも挙げた1枚です。第1楽章の不思議な感じもこの演奏では違和感を感じないですし、「ブルース」も「無窮動」も躍動感溢れる演奏となっています。ピアノのルヴィエも好演。文句なしのおすすめ盤です。

タルティーニ『ヴァイオリンソナタト短調』「悪魔のトリル」

タルティーニが作曲した『ヴァイオリンソナタ』の中で最も有名な傑作です。ある夜、タルティーニは夢を見ます。その夢とは悪魔が美しいヴァイオリン曲を弾いている夢でした。タルティーニは目覚めてからその曲を直ぐに書き取ったという逸話から「悪魔のトリル」と呼ばれています。

タルティーニ『ヴァイオリンソナタト短調』「悪魔のトリル」解説

元々はヴァイオリンの独奏曲でした。タルティーニが作曲した楽譜は残念ながら残っていませんが、彼はヴァイオリンソロの作品を悪魔から授かったのです。

現在我々が耳にしているピアノ伴奏版は、ほとんどがクライスラー編曲のものを使用しています。

18世紀半ばのバロック期に書かれたものですが、超絶技巧を要する難しい作品です。3楽章のソナタですが、第3楽章は「悪魔のトリル」と呼ばれるにふさわしく演奏が至難の箇所がいくつもでてきます。

第3楽章のカデンツァはフリッツ・クライスラー版が多く使われますが、ピリオド楽器(古楽器)では省略したり、独自のものを使用するようです。

とにかくこの作品の聞き所は何と言っても第3楽章の名人芸となります。ヴァイオリストたちにとっては、避けては通れぬレパートリーとも言えるでしょう。

とは言っても現在の腕の達者なヴァイオリニストにとっては、バロック期の超絶技巧など朝飯前にこなしてしまいます。

タルティーニ『ヴァイオリンソナタト短調』「悪魔のトリル」おすすめの1枚

ピアノ伴奏なしのバロック・ヴァイオリンの独奏による演奏です。アンドルー・マンゼが徹底的に資料を精査し、タルティーニの楽譜を蘇らせて作ったCD。独創的な演奏で世界を驚かせました。

10曲とも名曲揃いでした。素晴らしかったです。
ここで取り上げた10曲は名曲中の名曲なのだ。それぞれに独創的な音楽だから現在でも演奏され続けているんだよ。

まとめ

ヴァイオリンソナタの名曲を10曲選んでみました。勿論、まだまだ名曲とされる作品は存在しますが、まずはここに挙げた作品から聴いていく事がベストだと思います。

ベートーヴェンが初めてヴァイオリンとピアノを同列に扱い『ヴァイオリンソナタ』の形を変えました。モーツァルトの『ヴァイオリンソナタ』の後半にはその兆しも見えています。

ヴァイオリンがピアノと上手く調和し、その掛け合いを聴くのも『ヴァイオリンソナタ』の楽しみです。室内楽の中でも『ピアノソナタ』同様、非常に聴き応えがあります。

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