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壊れた ピアノ

日本のクラシック音楽界は、今では海外の超一流オーケストラやソリストたちが次々と来日して、盛況ぶりを誇っています。日本の音楽家たちも、著名なコンクールで優勝するなど、クラシック界の未来は明るいように見えます。しかし、現在に至るまでには、様々な事件があったのです。

タイトル自体が重々しいですが、深刻な事件から、あらまー、そんな事あったのという軽い出来事まで、玉石混交の話題になっています。これらの出来事で進化した人もいましたし、クラシック界から去っていった人もいます。事件と呼ぶにはふさわしくないものもあるかもしれません。



順番はとにかく深刻と思われる順に付けました。若い方たちは知らない事件も多くあることと思います。二度と起こってほしくない事件もあり、現代への教訓にもなりえるかと思います。出来るだけ簡単に纏めて紹介していこうと思いますので、どうぞお付き合いください。

第1位 芸大事件

東京藝術大学
「芸大事件」と一括りにして呼んでいますが、大きく分けると二つの事件でした。一つ目が「芸大・偽バイオリン事件」、そして現役芸大教授が捕まった「芸大・海野義男事件」の二つです。最初の事件で捜査中に、「芸大・海野義男事件」が発覚しました。 

芸大・偽バイオリン事件

1981年、楽器輸入販売業の「カンダ・アンド・カンパニー」の神田社長等が、世界有数の鑑定業者の鑑定用紙を偽造し、楽器を塗装して、偽の鑑定書付きの楽器を売り、総額1億1千万円の利益をあげた事件。神田は、私文書偽造の詐欺で、東京地検に逮捕されました。

芸大・海野義男事件

神田の取り調べを進めて行く内に、芸大の海野教授に対する収賄が、発覚します。海野氏は、神田保有の1600万円相当のバイオリンの世界的名器ガダニーニを、芸大に斡旋し、リベートとして、神田から、80万円相当の弓を、受け取り、収賄事件として立件されました。

また、学生に、神田保有の外国製の880万円相当のバイオリンを斡旋して、リベートとして100万円を受け取ったことも判明しました。それだけに留まらず、この2台のバイオリンは偽物と判明します。1600万円相当のバイオリンは、ガダニーニの弟子が作った物で、80万円の値段でした。この二つの容疑で、海野義男は懲役1年6月、執行猶予3年の有罪判決が確定しました。



「楽器転がし」という言葉も流行しました。例えば、200万円の楽器を教授が楽器商から学生に斡旋し、250万円で学生に販売し、50万円を教授が斡旋手数料として手にするという事です。多かれ少なかれ、どの音大でもやられていた事で、海野が捕まったのは国立大学教授だったからです。

第2位 日フィル争議

ストラディバリウス
1972年3月、日本フィルハーモニー交響楽団の運営会社のフジテレビと文化放送が楽団に対して放送契約の打ち切りを通告し、同年6月に両社はオーケストラの解散と楽団員全員の解雇を通告して放送料支払いを打ち切り財団も解散しました。この争議を日フィル解散争議といいます。

1971年5月に日本フィルハーモニー交響楽団労働組合が結成され、同年12月に同労組が日本音楽史上初の全面ストライキを実行したことが遠因とされています。フジサンケイグループに共産党系の労働組合は絶対に許さないという、グループ内の政治的判断もあったようです。

1972年6月30日、財団法人の解散に伴い日本フィルハーモニー交響楽団は分裂し、労働組合系の楽団員の3分の2が残留、残りの3分の1は政治的な問題に嫌悪感を示し、斎藤英雄や小澤征爾を中心にして新日本フィルを設立しました。当時、社会問題になりました。

1984年、楽団に対してフジテレビと文化放送が2億3千万円の解決金を支払い、日フィル労組が財団解散を承認して「日フィル争議」は和解しました。その後、日フィルは財団法人化して、再出発します。それが現在でも続く日本フィルハーモニー管弦楽団です。

第3位 N響事件

小澤征爾
1962年12月、いわゆる「N響事件」が起こります。当時、N響の首席客演指揮者だった小澤征爾とN響の間に起こった内紛です。小澤征爾の指揮では演奏をしたくないと言い出したN響が演奏会をボイコットし、この事件も大きな社会問題となりました。

詳細はotomamireのN響事件をご覧ください。

第4位 佐村河内守ゴーストライター事件

佐村河内守ゴーストライター事件
出典 : https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/156070

作曲家・佐村河内守が自分では作曲せず、ゴーストライターに作曲を任せていた事件です。聴覚障害がありながら『交響曲第1番』などを作曲した音楽家としてテレビで取り上げられ大反響を呼びました。しかし、2014年2月5日、全て嘘だったことが発覚し、大スキャンダルになりました。

NHKがスペシャル番組を組み、その放送後に人気が沸騰して、佐村河内氏はまるでベートーヴェンのようだと言う人まで出る始末でした。ゴーストライターを務めた作曲家の新垣隆は、「佐村河内は18年間全ろうであると嘘をつき続けていた」と『週刊文春』の独占手記で主張しました。

結局は全て嘘であることを当人が会見を開き謝罪し、一件落着しました。その後、彼は何をしているのか不明です。一方、ゴーストライターだった新垣隆はマスコミでその才能が評価され、様々な番組に出演し、今やコマーシャルにも出演する人気者になりました。

第5位 諏訪内晶子所得隠し事件

一万円
2011年、世界的なバイオリニストの諏訪内晶子が東京国税局の税務調査を受け、2009年までの5年間で約7,000万円の所得隠しを指摘されました。経理ミスなどを含む申告漏れの総額は約9,000万円で,同国税当局は重加算税など約3,000万円を追徴課税し、修正申告した事件です。

関係者によると、諏訪内さんはコンサートの報酬など国内で得た収入は申告していましたが、海外公演の報酬の一部を申告していなかったそうです。海外のスタジオも購入しましたが住居として使っていたそうです。「絶対にばれない」と知人に話していたと週刊誌が報じています。



公演代金は、銀行振り込みでもらわずに、足が付かないように必ずキャッシュで受け取り、書斎の隠し金庫に入金。一定額に達すると、仏から銀行のあるスイスに電車で入金しに行くったのだそうです。飛行機だと手荷物検査で引っかかるからとの理由でした。ちょっと、悪質です。

第6位 一億円バイオリン事件【堀米ゆず子】

堀米ゆず子 バイオリン演奏©︎T. Okura
2012年夏、エリザベート国際コンクールの優勝者で世界的なバイオリニストの堀米ゆず子さんは、ドイツのフランクフルト空港でバイオリンを押収されてしまいました。高額な物品は申告が必要との事で、当時のレートで一億円の「グァダニーニ」を税関に没収された事件をいいます。

ユーロ圏では、最初についたところで税関の検査を受けなければなりません。ベルギー在住の堀米さんが、税関の検査をフランクフルト空港で受けました。そこで、バイオリンの申告をしていないのではないかと指摘されたようです。なぜ今回だけNGになったか本人も驚いたそうです。

堀米氏の友人が“change.org„という電子署名を使って、各国の人から署名を集めて、ドイツ大使館に持ち込んだそうです。そうしたら、はっきりとした理由は分かりませんが、無事グァダニーニはすぐに引き渡されたという事でした。なんとも不思議な事件でした。

第7位 神奈川フィル不当解雇事件

バイオリンと楽譜

2012年4月11日、(財)神奈川フィルハーモニー管弦楽団は、神奈川県職員労働組合総連合の構成組織である神奈川県公務公共一般労働組合の神奈川フィル分会組合役員杉本、布施木両氏に対し解雇を通知しました。「演奏レベルが低い。態度も不適切なため」との理由でした。

このため二人は地位保全を求め、神奈川フィルとの闘争が始まります。この事を神奈川フィル不当解雇事件と呼んでいます。共産党系列の組合活動を極端に排除しようとする神奈川フィルと、自治労が後ろ盾についた二人との長い法廷合戦が続きました。

しかし、2016年4月8日、両者は和解することになります。神奈川フィルは解雇を撤回、和解金を支払うなど、杉本、布施木両氏の全面勝訴でした。この事件も背景に労働組合の問題をかかえており、和解はしたものの、自治体が運営主体になっているオーケストラに影響を与えました。

第8位 ホロヴィッツひび入り骨董品事件

ホロヴィッツ
これは、事件と呼べるかどうか分かりません。ですが、舶来物は何でも良しとする、日本の風潮に、くさびを打ち込むような出来事でした。ホロヴィッツが1983年の初来日時に、音楽評論家の吉田秀和に「ひびの入った骨董品」と評されてしまった事件です。



この日のチケットが5万円という高額であったにも拘らず、即日完売でした。聴衆は固唾をのんでこの年配のピアニストの演奏を聴いたのです。しかし、1人だけ、そう吉田秀和だけは正直に評論をしたのです。朝日新聞に月一回連載していた『音楽展望』の中で、「ホロヴィッツも骨董品になってしまった。しかも、それにはひびが入っている」と書いたのでした。

この記事が出るや否やクラシック音楽界は賛否両論に包まれました。けれども、ホロヴィッツは彼の評論を人伝に聴いて、「吉田だけは分かっていたのか」と言ったそうです。そこで、ホロヴィッツは練習しなおし、薬も止め、1986年にリベンジしに来日しました。

その時の吉田秀和の評論は「ホロヴィッツこそ真のピアノをきわめた名手だという疑いようのない証拠になる。」「彼が与える「最上の陶酔ではあるまいか。」そして最後に「捲土重来、はるばる再訪してくれたことに心から感謝せずにいられない。」と結んだのでした。

第9位 全盲のピアニスト優勝

全盲のピアニスト
全盲のピアニスト辻井伸行は、2009年6月に米国テキサス州フォートワースで行われた第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで日本人として初優勝しました。誰もが驚いた快挙でした。指揮者が見えないというハンディキャップを乗り越え、優勝までしてしまったのです。

2011年と2014年にはカーネギーホール、2013年のイギリス最大の音楽祭「プロムス」、2015年のウィーン楽友協会をはじめとする演奏会はいずれも絶賛されています。CD発表も数多く、2度の日本ゴールドディスク大賞を受賞。作曲家としても注目され、「第21回日本映画批評家大賞」受賞。

現在も各地で絶賛されており、その将来にも期待されています。日本のみならず、各国からの招聘も多く、超多忙な売れっ子ピアニストの仲間入りを果たしました。目が見えないというハンデをものともせず、音楽に邁進している姿は感動すら覚えます。がんばれ、辻井!

第10位 日本人三大コンクール優勝

チャイコフスキー国際コンクール
最後は、事件と言っても過言ではない日本クラシック界の嬉しい話題を。昨今、日本人が三大コンクールで優勝する事が増えました。残すはショパンコンクールだけです!何とかショパン国際コンクールでの優勝者を出す事が、日本クラシック界の夢です。

チャイコフスキー国際コンクール

  • 1990年 バイオリン部門:諏訪内晶子
  • 1998年 声楽(女声)部門:佐藤美恵子
  • 2002年 ピアノ部門:上原彩子
  • 2007年 バイオリン部門:神尾真由子

エリーザベト国際コンクール

  • 1980年 バイオリン部門:堀米ゆず子
  • 1993年 バイオリン部門:戸田弥生

まとめ

クラシック界を揺るがした出来事を挙げてきました。クラシック界の汚点もありましたし、良いこともありました。これらの出来事から、学ぶべきところも大きいと思います。反省すべき点は反省し、良いところは、もっと高みを目指してほしいものです。

今や日本でも音楽大学の数が増えました。それら卒業生の受け皿が育っていないことが不安材料でもあります。より個性的な音楽家が現れて、日本クラシック音楽界がもっと発展していく事を願っています。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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