バイロイトの第9

ベートーヴェンが生み出した歴史的名曲『交響曲第9番』。そしてクラシックファンにとって第9と言えば、20世紀の巨匠ヴィルヘルム・フルトヴェングラーが指揮する1951年のバイロイト祝祭音楽祭の第9、通称「バイロイトの第9」以外はありえません。

カラヤンを心から尊敬し、愛する私は、カラヤンと対立関係にあったフルトヴェングラーをどうしても好きになれずにいました。しかし「バイロイトの第9」はそんな私にも衝撃的で、数あるクラシックCDの中でも最高峰の完成度を誇る歴史的名盤だと思います。

クラシック音楽が大嫌いだと公言する人間がいたとして、その価値観を180°変えてしまえる程のパワーがを持つ録音ではないかと思います。今回はそんな魅力溢れる「バイロイトの第9」の概要や演奏についてだけでなく、発売までの経緯なども紹介していきます。

バイロイトの第9【概要】

beethoven

  • フルトヴェングラー指揮
  • バイロイト祝祭管弦楽団
  • バイロイト祝祭合唱団(合唱指揮:ウィルヘルム・ピッツ)
  • エリーザベト・シュヴァルツコップフ(ソプラノ)
  • エリーザベト・ヘンゲン(アルト)
  • ハンス・ホップ(テノール)
  • オットー・エーデルマン(バス)

「バイロイトの第9」とは、第二次大戦後の1951年に再開されたバイロイト祝祭の、記念演奏会でフルトヴェングラーが指揮したベートーヴェンの『交響曲第9番』の事を意味します。クラシック音楽の世界では最早定番中の定番で、金字塔とも言える歴史的名盤となりました。

バイロイトの第9【第一楽章】

フルトヴェングラー
第一楽章は冒頭の空虚5度と呼ばれる、短三和音の第3音を欠いている部分の入り方が全てと言っても過言ではありません。フルトヴェングラーが指揮する「バイロイトの第9」は無から何かを生み出すようなこの曲のイメージ通りの最高の入り方です。

比較的遅めのテンポ設定で、第1主題の切れ端が次第に形を成していき、ついに主題として完成した時の何とも言えない充実感は、本当に素晴らしいです。この異次元の完成度はフルトヴェングラーの指揮だからこそでしょう。言葉では表現しきれない世界に誘ってくれます。

寄せ集め楽員で構成されたオーケストラのため、荒っぽさはありますが、フルトヴェングラーが指揮をするとそういった事も含めてこれが正解なんだと思わせる説得力があります。ベートーヴェンが意図した以上の完成度を誇る演奏となっているのではないでしょうか。

バイロイトの第9【第二楽章】

古い 楽譜
フルトヴェングラーは基本的にゆったりと表現する指揮者ですが、彼の才能の多様性をバイロイトの第9では見せつけられました!得意のゆったりは当然として、雷のように早くなる指揮法は圧巻です!第二楽章の闘争というイメージを良く表していて、終わり方も感動物です!

第2楽章の華となるティンパニがメインで活躍します!心臓に響いてくる躍動感はカッコよすぎて聞き惚れてしまいます。ティンパニの轟かせる音はさながら銃弾の嵐です!その驚異的な演奏は闘いの渦中に迷い込んだのかと錯覚するほどです。

気をつけていないと聞き逃してしまうような、この楽章の終盤にちょっとだけ入ってくる第4楽章の「歓喜の歌」のメロディーの扱い方も、フルトヴェングラーは絶妙です。そして最後のプレスト部分にオーケストラが上手くついていけないのもご愛敬。ライブの雰囲気が漂います。

バイロイトの第9【第三楽章】

フルトヴェングラー
他の指揮者では絶対にありえない、究極のスローテンポはフルトヴェングラーにしかできない指揮法だと思います!ぎりぎりまでテンポを落とし、第三楽章のテーマである「愛の花園」を表現しています。ホルンの音程が安定しない部分も、ライヴ録音ならではの魅力です。

「バイロイトの第9」という曲の中で、フルトヴェングラーの才能・魅力・テクニックを一番発揮できているのが、この第三楽章だと思います。彼の高度に精神的で、しかも強い官能性をもった指揮は圧巻です。彼の手にかかると不思議な魅力が降り注ぐ様です。

フルトヴェングラーの指揮によって表現される究極の愛の形。オーケストラも彼の情熱に応えるべく必死に演奏をしています。スローテンポで長々と演奏する事は、オーケストラにとって非常に負担のかかることですが、指揮も演奏も本当に素晴らしいです。

バイロイトの第9【第四楽章】

古い 楽譜
第四楽章でまず注目すべきは独唱、重唱の両面で素晴らしい歌唱を聴かせてくれるソロ4人の歌い手です。4人はこの巨大な作品の最後を完璧なかたちで歌いきります。これ程までに高貴に磨き抜かれた歌唱技術、輝かしい重唱を聴くことができるのは稀でしょう。

そして「バイロイトの第9」は合唱も素晴らしいです。曲中で歌われる「VOR GOTT」がとにかく美しく、永遠に聴いていたいと思わせる歌唱力、「歓喜の歌」の背筋がゾゾっとするような凄みは感動すら覚えます。録音が古いため、音がいまいちである事だけが非常に悔やまれます。

合唱が終わってから終結へと向かう時に観客・演奏者のボルテージは最高潮を迎えます!プレストで最後にオーケストラが合わないところなんか吹き飛んでしまうような強烈な演奏でした。決して綺麗とは言えませんが、クラシック音楽会の歴史に名を残す名盤です。

歴史的名盤を聴いて

バイロイトの第9 歓喜
何度聴いてもこの録音は衝撃的です。この演奏を聴いた人たちが本当に幸福だったろうなと思わせてくれる演奏です。それと同時に非常に羨ましくもあります。もしもその場に居合わせる事ができたのならば、私は満員の観客と共に間違いなく「ブラボー」と叫んでいたことでしょう。

“歴史的名演”、”スゴイ演奏”、”神の録音”、称賛の言葉を並べ始めたら決して尽きる事ない本当に圧倒的な演奏です。フルトヴェングラーが指揮する「バイロイトの第9」は、演奏という領域を超えた楽曲だと思います。見えないエネルギーのような力をたしかに感じるのです。

「バイロイトの第9」はクラシック音楽ファンならば持っていない事が恥ずかしいとさえ言えると思います。未だにお持ちでない方は、この「歴史的名盤」をCD棚に加える事を強くお勧め致します。聴けば必ず感動に満ち溢れる事でしょう。

歴史的名盤が発売されるまでの経緯

フルトヴェングラー

1951年7月29日、バイロイト祝祭音楽祭が第二次大戦後に再開された時の記念演奏会の録音です。この録音は当初から録音の予定はなく、レコード会社がテストとして録音したものでした。しかし、今となっては歴史的価値のある録音となっています。

この録音は偶然の産物

当時のEMIの録音プロデューサーはウォルター・レッグという人物で、レッグはカラヤン派でしたから、フルトヴェングラーとは仲が悪いことで有名でした。つまりフルトヴェングラーが指揮しているこの演奏が残っているのは正に偶然で、本当に奇跡のような録音なのです。

そのレッグはあくまでもカラヤンのオペラを録音しようとその音楽祭に来ていたのです。あくまでもテスト用という理由でフルトヴェングラーの「バイロイトの第9」は録音されたそうです。よくぞ、この演奏を消さずに保存してくれていたとクラシックファンとして今は安堵するばかりです。

演奏前と終演後の拍手がきちんと収録されていないのも、この録音が重要でなかった証拠です。しかし、EMIの事情で、倉庫に眠っていたフルトヴェングラーの第9に光が当たる事になるのです。こうして様々な偶然と奇跡が積み重なり「バイロイトの第9」は発売されます。

最初の発売は擬似ステレオ

擬似ステレオとはモノラルで録音された音源を人為的にステレオ化したもので、これも恐らく発売当時は賛否両論があったと思われます。当時は「バイロイトの第9」を聴くにはこのレコードという選択肢以外にはなく、当然この時代のクラシックファンはみんなこの録音を聴いています。

もともとモノラルの録音ですから、そこに手を加えるのはレコード会社としてはタブーです。しかし、そのタブーを破ってでもあの時の感動を味わってほしいとの意思が働き、疑似ステレオ化に踏み切ったと思われます。私自身「擬似ステレオって何!?」と思いつつ、レコードに針を置いた記憶が残っています。

足音つきのレコードが存在した!?

足音
先に出ていたレコードに継いででたのが、フルトヴェングラーの足音付きと銘打ったレコードで、フルトヴェングラーがステージに出てきて指揮台に乗るまでの足音が録音されたもので、フルトヴェングラー・ファンは飛びつきました。

これが発売された当時は話題になり、売れ行きも良かったみたいでしたが、この足音は明らかに誰かがテープ編集したもので、偽者であると判明しました。マスターテープを修正したあとが確認されたそうです。

フルトヴェングラー・ファンにとっては貴重な資料だと買われた方も多くいたことでしょう。まがい物だったなんて残念です。でも演奏自体は当時のもので間違いないようですから、持っていても損は無いでしょう。

現在はCD化によって音質も向上

cd
1990年以降は各社からCD化され、聴く側の邪魔になるくしゃみや咳なども修正され、音質も格段に良くなりました。ただ、東芝EMIから出ているCDは今でも足音入りなのである意味貴重な録音かもしれません。数年後には修正されるかもしれませんので聴いてみたい方はお早めに!

著作権が切れたせいで各社の販売が可能となったわけですが、各社のCDを聴き比べると多少の音質の違いがあります。音源はEMIが録音したもの一つだけですから、各社のレコーディング・プロデューサーが手を入れているということです。

出来る事ならEMIの原版をそのままデジタル・リマスター化したものをそのまま聴きたいですし、聴いていただきたいのです。しかしながらこんなにも素晴らしい歴史的名演奏ですから、自分なりの手を加えて、歴史の一部になりたいと考えたのかもしれませんね。

まとめ

「バイロイトの第9」を約20年ぶりにレコードで聴きました。フルトヴェングラーの偉大さを改めて実感したのと同時に、この演奏が本当に歴史に残る金字塔だと確信しました。カラヤン好きの私でも「恐れ入ります」と頭を垂れるしかありません。

これを機会に、皆さまも久しぶりにフルトヴェングラーを聴いてみるのはいかがでしょうか。録音状態を気にしなければ名演がたくさんありますし、年齢の若いクラシックファンにとっては、このような昔の名演奏はある意味新鮮に聴こえるかもしれません。ぜひ歴史的名盤をご堪能ください。

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