
室内楽の中でも弦楽四重奏はその中心を占める音楽です。ちょっと地味なイメージがありますが、なかなかどうして名曲の宝庫のジャンルでもあります。弦楽四重奏は音楽の最も基礎的な形態で、オーケストラの原点でもあるのです。
交響曲や協奏曲の迫力あるサウンドに魅了されるのも分かりますが、オーケストラの最小単位である弦楽四重奏にも大きな魅力があるのです。これを聴かない手はありません。室内楽はどうしても敬遠されがちですが、その魅力に一度気付くと音楽の幅が広がります。
その取っ掛かりとして弦楽四重奏曲のおすすめ名曲を紹介します。10の楽曲を選びましたが、ここからどんどん広げて行って自分の音楽コレクションをどんどん増やしていって欲しいと思います。
おすすめ名曲選定基準
- 初心者でも楽しめる名曲である事
- よく演奏会で取り上げられる楽曲である事
- 有名な楽曲でCDが手に入れやすい事
- 現代音楽は取り上げない
ハイドン:弦楽四重奏曲第67番「ひばり」
(第1楽章)
ハイドンは「弦楽四重奏の父」と呼ばれるほど弦楽四重奏曲を作曲しました。しかし、現代人には人気のない作曲家です。同じ、古典派にモーツァルト、ベートーヴェンがいますから仕方のない事かもしれませんが、真っ先に聴きたくなる作曲家でないとは言えそうです。
さて、この楽曲ですが実に美しいものとなっています。「ひばり」の愛称は第1楽章冒頭がひばりのさえずりに聴こえるからそう呼ばれていますが、誰が名付けたかは不明です。弦楽四重奏曲の入門者には教科書のような楽曲となっています。
ハイドン:弦楽四重奏曲第77番「皇帝」
(第2楽章)
「皇帝」という愛称は第2楽章が「オーストリア国家及び皇帝を賛える歌」の変奏曲である事に由来します。元来オーストリアの国歌でしたが、第2次大戦でナチスによりドイツに併合され現在ではドイツ国歌となっています。オーストリアは第2次大戦後別の国歌を作りました。
聴きやすく、親しみやすい名曲です。ハイドンの弦楽四重奏曲では最も知名度の高い作品だと思います。第2楽章以外も意外と重厚感も感じられ、ハイドンの良さが伝わってくる名曲です。
モーツァルト:弦楽四重奏曲第17番「狩」
(第1楽章)
ハイドンに献呈した6曲のセットの内の第4曲目に当たるものです。「狩」の愛称は第1楽章の冒頭に狩りをする時に使う角笛のような描写があるためです。この弦楽四重奏曲は当時の聴衆のうけを狙って書かれたといわれており、少々軽めの楽曲となっています。
第1楽章、第2楽章と非常に心地よい音楽になっていますが、第3楽章で物悲しいモーツァルトが顔を出します。フィナーレではその物悲しさを払拭する音楽になって全体を終えます。モーツァルトの名曲のひとつです。
モーツァルト:弦楽四重奏曲第19番「不協和音」
(第1楽章)
ハイドンセットの最後の楽曲です。第1楽章の冒頭22小節に、不協和音の大胆な序奏がある事から『不協和音』の愛称が付けられました。この部分がモーツァルトの楽譜への書き間違えと思った人は多くいたようです。
楽曲を献呈されたハイドンでさえ、音楽の不備を理由にこの楽曲を良く思ってはいませんでした。モーツァルトがどうしてこんな仕掛けを用意したのかは不明ですが、彼にとっては何の違和感も感じていなかったのではないかと思います。計算ずくで作曲されたものでしょう。
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番
(第5楽章、カヴァティーナ)
ベートーヴェンの第12番から第16番はベートーヴェンの中でも特に傑出していて、晩年のベートーヴェンの心境を伝える名曲となっています。その中から厳選して3曲選びました。実際の作曲順は15番、13番、14番です。楽章の数が5楽章、6楽章、7楽章と増えていきます。
さて、この13番ですが6楽章からなる長大な弦楽四重奏曲です。完成度の非常に高い楽曲であって、傑作中の傑作と言えます。第5楽章はベートーヴェン自ら涙を流したとのエピソードでも有名です。6楽章目に大フーガを入れるかどうかで出版社と揉めた話も有名です。
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番
(第6、7楽章)
楽曲構成がなんと7楽章にまで膨れ上がった楽曲です。シューベルトが「この後で我々に何が書けるというのだ」と語った作品としても有名となっています。7楽章まで切れ目なしに演奏され聴く方にも緊張感を強いる楽曲です。
初演はベートーヴェンの死後に行われました。全体的に陰鬱な音楽になっています。人を寄せ付けないような印象があり、当時の音楽評論では「ベートーヴェンを聴きたかったら、この楽曲以外を聴くべき」などとも指摘されています。
しかし、ベートーヴェンが依頼人のためにではなく自身が作曲したかったものを作った楽曲ですから、ベートーヴェン本人は会心の出来と胸を張ったと言われています。べートーヴェンの中でも傑出した名曲です。
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第15番
(第3楽章)
当初ベートーヴェンは4楽章制を考えていました。しかし、この楽曲を進めていた時に腸カタルを発症して病に伏しました。それが回復して感謝のために第3楽章として新たに曲が挿入され全5楽章となりました。そんな事情もありこの楽曲の中核をなすのが第3楽章となっています。
第3楽章は副題として「リディア旋法による、病から癒えた者の神への聖なる感謝の歌」と付けられ、病気からの回復を感謝する内容となっています。ベートーヴェンの心境を良く描いている素晴らしい楽章です。全体を見ても極めて完成度の高い名曲です。
シューベルト:弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」
(第2楽章)
この作品の「死と乙女」という愛称は、第2楽章に彼の歌曲「死と乙女」が引用されているためです。全楽章が短調で書かれていて、全体的に陰鬱的な雰囲気に包まれている楽曲になっています。Wikipediaでは当時のシューベルトの絶望的な心境が垣間見えるとまで書いています。
確かにこの楽曲は全体的に暗いものの、シューベルトはもっと違う物を書いたのではないのかと思っています。曲自体はセンチメンタルなものとは別なイメージです。シューベルトらしい美しい旋律の集合体として味わった方が正しいものと思います。
ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」
(第1楽章)
ドヴォルザークの楽曲の中でも有名な作品のひとつです。「アメリカ」の愛称はドヴォルザークがアメリカに滞在した時に作曲された事によります。アメリカの黒人霊歌や古い民謡のメロディを取り入れている事にもそう呼ばれる要因です。
僅か半月ほどで書き上げました。余程、興味を惹かれる音楽が彼の周りにあったのでしょう。第1楽章からどこか懐かしい音楽で、ちょっと哀愁を感じさせるところもあり、実に親しみのある楽曲となっています。
チャイコフスキー:弦楽四重奏曲第1番
(第2楽章、アンダンテ・カンタービレ)
第2楽章は「アンダンテ・カンタービレ」として有名です。この第2楽章を聴いた作家のトルストイは感動のあまり涙を流したそうです。というエピソードもあってこの第2楽章だけ独り歩きしてしまいました。弦楽合奏版やピアノ編曲版などにもなっています。
有名な第2楽章の以外にも美しい旋律が多く、またチャイコフスキーらしい情熱的な展開が魅力的な楽曲です。不思議な話ですが、旧ソ連を含むロシアの作曲家の弦楽四重奏曲でここまで有名になった作品はありません。
まとめ
弦楽四重奏曲の名曲を10曲選んでみました。ベートーヴェンの3曲はもう別世界の最高傑作ですが、他の楽曲も演奏会で良く取り上げられる人気の高いものです。オーケストラだけがクラシック音楽ではありません。
室内楽、とりわけ弦楽四重奏の愛好家がもっと多くなる事を願ってやみません。ぜひ、自分のレパートリーを広げて貰いたいです。
弦楽四重奏曲以外の室内楽の名曲を紹介した記事もあります。宜しかったらこちらもどうぞお読みください。