
中村紘子は生涯で3800回以上ものコンサートを行い、レコーディングも積極的に行ってきました。日本人のピアニストとしては恵まれた方だったと思います。
それはひとえに彼女のピアノが醸し出す品格だったり、悲しみだったり、楽しさが肌に伝わってくる演奏をしていたからです。
中村紘子はショパン弾きだと考える方も多いと思いますが、様々な作曲家を取り上げて録音しています。このレパートリーの幅の広さも、長年トップを走っていた一つの要因でもあるのでしょう。
彼女の残した録音の中から優れた10のアルバムを選び、ランキング形式で紹介したいと思います。
第10位 チャイコフスキー『偉大な芸術家の思い出』
第10位は中村紘子のソロではなくチャイコフスキーの『三重奏曲』にしました。中村紘子がメインではない録音なので10位に置いています。
3人とも30代の、当時「三千両トリオ」と称された、日本を代表するピアニスト、ヴァイオリニスト、チェリストが一堂に会した、まさに記念すべき録音です。
若いながらも3人の確かな実力は、このチャイコフスキーの大曲を極めて風格のある演奏にしています。この時代の日本で考えられうる豪華なトリオが作った、素晴らしい名盤であると思います。
1.チャイコフスキー: ピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出に」
2. ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲 第4番「街の歌」
中村紘子(ピアノ)
海野義雄(ヴァイオリン)
堤 剛(チェロ)
1974年録音
第9位 グランド・リサイタル
デビュー45周年を記念してリリースされたアルバムです。ライヴ録音ですが、音質も素晴らしい!
特にバッハは中村紘子自身、普段あまり弾く事のない曲目ですが、円熟味を深めた彼女の良さが良く出ています。
ベートーヴェンについてはあまりにあっさりしていて評価が分かれるかもしれません。ですので第9位とさせていただきました。
ショパンの小品集については、彼女の最も得意とするものばかりであり、全てが好感を持って受け入れられる事でしょう。
1.バッハ:グランパルティータ
2.ベートーヴェン:ピアノソナタ第17番「テンペスト」
3.ショパン:華麗なる大円舞曲など7曲
2004年録音
第8位 ドラマティック
2010年、ショパンの生誕200年を記念して生まれたアルバムです。選曲もいいし、ショパンのエッセンスが詰まっているアルバムとなっています。
『24の前奏曲』では有名な曲を多く取り入れていますし、ワルツ、ノクターン、バラードと有名曲が目白押しです。ショパン入門者用として最適なCD。
類まれなるテクニックと溢れる情感、ロマンティックな表現力、彼女のショパンは安心して聴く事が出来ます。やはり、彼女の本来の姿はショパン弾きなのですね。
ショパン小品集は複数の録音がありますが、その中では2番手といったところでこの順位です。
DISK1:
1.24の前奏曲作品28~「第15番」「第1番」「第5番」「第6番」「第7番」「第8番」
2.ワルツ第1から3番、「第6番」「第7番」
3.幻想即興曲
4.ピアノ・ソナタ 第2番~第3楽章「葬送行進曲」
5.即興曲 第1番
6.ワルツ第9番「別れのワルツ」
DISK2:
7.ノクターン 第2~3番「第5番」「第13番」
8.バラード 第1から4番など
2009年録音
第7位 グリーグ&シューマン『ピアノ協奏曲』
中村紘子の持ち味である、原曲の構造を説明するような説得力に溢れた演奏です。しかしながら、とても優しい音楽性をも併せ持っています。
彼女の人間性が良くも悪くも全て表現されているアルバムです。好き嫌いがはっきり分かれる演奏ですので第7位としました。
2曲の協奏曲とも、程よく力が抜けていて、彼女が余裕を持って楽しみながら弾いている事が伝わって来ます。
指揮のキタエンコとは、1978年録音のチャイコフスキー『協奏曲第1番』でも共演しています。気の知れた相手だからこそ、このような演奏が出来たのでしょう。
1. グリーグ:ピアノ協奏曲
2. シューマン:ピアノ協奏曲
ドミトリ・キタエンコ指揮
ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団
1996年録音
第6位 ベートーヴェン『悲愴』『月光』『テンペスト』
中村紘子39才のピアニストとして脂が乗り切った丁度いい時期の録音です。
ベートーヴェンは、ショパンと並んで、彼女の主要レパートリーでしたが、録音はそれほど多くなく、このアルバムは彼女の絶頂期の充実ぶりを偲ばせる貴重な記録です。思い入れが強すぎる面もありこの順位としました。
中村紘子は情熱的な演奏家であり、ベートーヴェンの音楽にとてもマッチしています。「悲愴」の最初から引き込まれてしまう充実のベートーヴェンです。
1. ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」
2. ピアノ・ソナタ第14番「月光」
3. ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」
1984年録音
第5位 ベートーヴェン『熱情』『ワルトシュタイン』
32歳の若き中村紘子がベートーヴェンと対峙した演奏です。彼女ならではの情熱が感じられ、感動的な演奏となっています。
ベートーヴェンに正面から真摯に向き合った実に見事な演奏です。残念なことに録音の音質が悪く、その点で第5位としました。
ひたすら曲の核心に迫ろうとする彼女のアプローチは、実に感動的ですらあります。この録音を前にすると、こちらまできちんと聴かなければと思ってしまうほどの迫真的な演奏です。
新しく録音し直した演奏より、こちらの録音の方が若き中村紘子の情熱の熱さを感じます。
1. ピアノ・ソナタ第23番「熱情」
2. ピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」
1977年録音
第4位 チャイコフスキー『ピアノ協奏曲第1番』&ラフマニノフ『ピアノ協奏曲第2番』
ロシアの大作曲家の2つの有名な協奏曲をカップリングしたアルバムです。
日本で録音された2曲の協奏曲は期待を裏切らず、中村紘子は豪胆な演奏を披露しています。まさにロシア物はこう弾くものだといっているようです。
オーケストラの伴奏がロシア的な重量感を存分に発揮しています。暗く、重いロシアの情緒的な響きも素晴らしく表現されていて、2つの協奏曲とも見事な出来です。
中村紘子の上手さも際立っていて、秀逸な録音となりました。この録音を第4位にした理由はBEST3がこの上のレベルにあるからです。
1.チャイコフスキー『ピアノ協奏曲第1番』
2.ラフマニノフ『ピアノ協奏曲第2番』
エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮
ロシア国立交響楽団
1990年録音
第3位 ショパン『ピアノ協奏曲第1番、第2番』
巨匠フィストゥラーリ指揮ロンドン交響楽団の万全のサポートを得て録音したショパンの協奏曲2曲です。自身に満ち溢れたショパンで大変好感が持てます。
華々しいテクニックを駆使して、ショパンのロマンティックな情感を豊かに表現した演奏です。
彼女にとってショパンは1番大事な作曲家。この良く知られた2曲の協奏曲を大胆なタッチを駆使して見事に弾きこなしています。
かと言って、決してショパンの良さを壊してはいません。1970年録音盤よりもこちらの方がショパンの良さが出ていると思います。
第2位と第3位は悩みましたが、完成度という観点からこちらの録音を第3位としました。協奏曲と小品集を比べるのもジャンルが違って難しいですが、協奏曲においてはこのアルバムが中村紘子のベストと思っています。
ショパン:ピアノ協奏曲第1番
ショパン:ピアノ協奏曲第2番
フィストゥラーリ指揮
ロンドン交響楽団
1984年録音
第2位 「別れの曲/中村紘子が選ぶショパン名曲集」
1994年、中村紘子のデビュー35周年を記念してリリースされた、ショパンベストアルバム。35年のキャリアを積んできた中村紘子が自信をもって厳選したショパンの小品集です。
選曲といい、内容といい誰も文句はないでしょう。ショパンの傑作集として絶対におすすめの名盤です。
どのピアノ曲もとてもレベルの高い、完成度の高い演奏を聴かせてくれます。中でも、「英雄ポロネーズ」と「軍隊ポロネーズ」は一際素晴らしいものです。
華麗さの奥底に秘められた、ショパン孤高の叫びが聞こえてきます。彼女だからこそ到達し得たものです。
このアルバムは中村紘子のショパン究極の小品集といえるでしょう。彼女が残した傑作の1枚です。ショパンの有名曲のCDを選ぶなら文句無しにこれが第1位。
しかし、「中村紘子フォーエバー」が存在する以上、第1位はそれに譲らざるをえません。
1. 英雄ポロネーズ
2. ノクターン第2番
3. ワルツ第1番 「華麗なる大円舞曲」
4. プレリュード第7番
5. バラード第1番
6. 別れのワルツ
7. 雨だれのプレリュード
8. 子犬のワルツ
9. ノクターン第5番
10. 軍隊ポロネーズ
11. ワルツ第7番嬰ハ短調
12. 別れの曲
1985年〜1994年録音
第1位 「中村紘子フォーエバー」
中村紘子が、がん治療から退院して最初のコンサート、東京交響楽団と競演したライヴ録音です。
ミューザ川崎では、痩せて細く引き締まった身体に青いドレスをまとってステージに現れたそうです。最初からCD化の予定などなく、東京交響楽団の記録用として録音された音源だと思われます。
会場に居合わせた方たちは、ようやくがん治療から復帰し、今後もまた活躍されるものと思って聴いていたと思います。
川崎でのコンサートの方が、退院後最初という事もあり、神がかった演奏です。この2ヶ月後に彼女が亡くなるとは、誰が予想したでしょう。
中村紘子の才能、魅力、真摯さ、歌心、まさに全てが詰まっていて、奇跡のようなモーツァルトになっています。聴くたびに涙の溢れる演奏です。
この2回の演奏会が録音されていた事をただただ感謝します。この録音が中村紘子としての最後のものになりました。
1. モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番(30 Apr.2016 at ミューザ川崎シンフォニーホール)
2:モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番(4 May 2016 at オリンパスホール八王子)
飯森範親指揮
東京交響楽団
まとめ
中村紘子の名盤を上げてきましたが、この10アルバム以外にも悩んだアルバムは数多くあります。偉大なピアニストであった事が良く分かりました。
まずは、この10曲を手掛かりにして、数多くの中村紘子を聴いていただけば、この上なく嬉しいものがあります。
天才少女として楽壇に登場し、それ以来ずっと日本のピアノ界を牽引してきた方です。我々は日本に中村紘子という天才ピアニストがいた事を忘れる事はないでしょう。
otomamireには以下の記事もあります。お時間がありましたらどうぞ御覧ください。