
ブラームスの4つの交響曲の中で『交響曲第3番』は少しマイナーなイメージがあります。演奏会で取り上げられる回数も4つの交響曲の中で最も少ない作品です。
この作品が作曲された時期は『交響曲第2番』から6年経ち、ブラームスは50歳になっていました。ブラームスの4つの交響曲の中で、今ひとつ性格がよくわからない作品ともいえるものです。この辺が人気の低い理由かもしれません。
第3楽章のメロディはとてもロマンティックで、1961年の映画『さよならをもう一度』に使われた事で有名になりました。ブラームス『交響曲第3番』について纏めてみました。


交響曲第3番の概説
『交響曲第3番』は1883年、ブラームス50歳の時の作品です。避暑地のヴィースバーデンで5月から10月に渡り作曲されました。11月にはピアノ版での試奏を行ない(ブラームスは大きな作品の時には必ず他人の意見を求めるための試奏をしています)、12月に初演しています。
ヴィースバーデンでは若いアルト歌手ヘルミーネ・シュピースにブラームスが心を奪われるといった出来事もあり、その恋愛感情がこの作品に影響を与えているという説もあるのです。
4つの交響曲の中では最も小さな規模の作品で、演奏時間は35、6分ほどになります。
ブラームスの他の交響曲と同じように3つの音の音形が全体を支配するような作られ方になっています。
ファーラ♭ーファ(FーA♭ーF)は「Frei aber froh」(自由にしかし楽しく)というブラームスが若いころから唱えていたモットーを表しているものと言われています。曲の冒頭からこの音形で始まるのです。
両端楽章が激しさを持ち、中間楽章はロマンティックな雰囲気です。特に第3楽章は映画にも使われましたから、誰もが知ると言っても過言ではないほど有名です。
全体を聴いて物足りなさが残るのは、全ての楽章の終わり方が静かに終わるためかと思います。終楽章も尻切れトンボのように音楽が終わるため、楽章中の盛り上がりが霞んでしまいそう。
ブラームスには考えがあってあえてこうしたのでしょうが、これでは心の中に火を灯されたのに最後にその炎を消されたようで、少々不満が残ります。
ワーグナーとの戦い
ブラームスの意志とは関係なく、当時のドイツ音楽界はブラームス派対ワーグナー派に別れて、対立していました。
古典的な形式を維持しながら新たな道を進むべきだとするブラームス派と古典とは決別して全く新たな音楽を想像すべきとするワーグナー派は事ある毎に論争を繰り広げていたのです。
ところが、ブラームスがこの交響曲を作曲し始める直前の1883年2月にワーグナーは亡くなってしまいます。ブラームスにとっては、自分から対立を望んだわけではないので、ワーグナーの死により状況が次第に沈静化していきました。
『交響曲第3番』はそんな折に作曲された作品なので、ブラームスにとっては胸のつかえが降りて安心できた時期でもあります。
第1楽章
「Allegro con brio」(陽気に速く)という指示があります。
冒頭は管楽器で3音のモットーから始まります。この音形は第1楽章だけでなく、全曲を通じて繰り返されるものです。
弦楽器で示される第1主題はとても勇ましいものであり、ゾクゾクさせてくれます。力強い少し型破りなメロディです。
金管楽器、木管楽器なども入り見せ場十分な音楽を奏でてくれます。この第1楽章は美しいし、力強いし、しかしどこかぎこちなさを感じさせる音楽です。
ブラームスが意図してこういう風に作曲しています。ブラームスのアイデアは功を奏していますが、これだけ面白く合奏させておきながら、最後は盛り上がりを持って終わらせるのではなく、穏やかな感じで締めくくっているところが不思議です。
第2楽章
「Andante」(歩くような速さで)の指示だけです。
クラリネット、ファゴットなどの木管が活躍する楽章となっています。トランペットやティンパニは使われず、木管の美しい響きを味わう楽章です。
弦楽器により第1楽章の主題が暗示されます。あくまでも穏やかで平安な世界が描かれ、落ち着いた楽章です。
第3楽章
「Poco allegretto」(やや早く)と指示があります。
この作品の中で最も有名な楽章です。映画やCMに使われたり、ポピュラー歌手たちもカバーしたりしています。
ブラームスが得意とする室内楽的音楽。麗しいメロディがチェロにより奏でられ、ヴァイオリンに引き継がれます。更に木管でも奏でられ、最後はホルンによる演奏です。
実に見事な作り方になっています。人の心を打つ、叙情的なメロディに魅せられる楽章です。
第4楽章
「Allegro」(早く) – 「Un poco sostenuto」(それぞれの音を少し長めに)という指示があります。
冒頭は低めの音量で弦楽器とファゴットで開始されますが、トロンボーンの合図によって音楽が突然激しくなり、嵐が吹き荒れるような音楽に変化します。
中間部の盛り上がりも見事で、ブラームスの緻密なオーケストレーションが味わえます。よく聴いていると内声の三連符など絶妙の音楽が奏でられているのです。
劇的な音楽でとても聴き応えがある内容です。ですが、この作品は劇的な幕切れをする訳ではなく、最後に賛美歌風の音楽が奏でられ、静かに終結します。
初演
この作品が完成した同じ年の1883年12月2日に、ハンス・リヒター指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会で初演されました。初演は大成功を収めます。
ただ、ワーグナーが亡くなったとはいえ、ワーグナー派とは長い間対峙していた事もあり、この公演に対して彼らによる嫌がらせがあったと言われています。
どの程度の内容なのかは分かりませんが、公演中止を求めるなどといった事なのではないかと想像が付きます。
公演は無事開催され、これが成功した事により、ブラームスの交響曲作曲家としての名声は更に高まるのでした。


まとめ
『交響曲第3番』は全ての楽章が瞑想的な雰囲気で静かに終わります。内容が暗いかというとそういう事はなく、ブラームスが意図的にそうしたと言えるでしょう。
その理由ははっきりと分かりませんが、彼にとってそれが必要な事だったのでしょう。そのためにこの交響曲の性格が変わったのだと思います。
演奏機会が少ない理由もその事と繋がりがあると思います。内容が乏しい訳ではないのに、その点が残念です。
otomaireには以下の記事もあります。お時間があれば御覧ください。