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チャイコフスキーコンクール
世界三大コンクールのひとつとして数えられるチャイコフスキー国際コンクール。特にチャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門とヴァイオリン部門の優勝者はクラシック音楽の歴史を彩る素晴らしい演奏家たちが勢ぞろいしていて、謂わば一流演奏家への登竜門となっています。

ロシアの作曲家の名を冠したチャイコフスキー国際コンクールは、1958年から4年おきにモスクワで開催されるクラシックファンなら一度は訪れたい国際コンクールです。その他にも現在では声楽、チェロ、管楽器部門もから新設されました。5部門もあるコンクールは珍しいです。

チャイコフスキーコンクールから世界的なクラシック音楽家となった人は数多く、世界三大コンクールとしての格式が守られている事は本当おに凄い事です。今回はチャイコフスキーコンクールの歴史・審査方法・過去大会の入賞者などを取り上げ、詳しく紹介していきたいと思います。

チャイコフスキーコンクールの概要【世界三大コンクール】

チャイコフスキーコンクール

正式には「チャイコフスキー国際コンクール」ですが、通称チャイコフスキーコンクールと略して呼ばれています。旧ロシア帝国が生んだ大作曲家チャイコフスキーの名に因んで、旧ソ連が1958年から始まりました。4年に1度開催される世界三大コンクールに数えられる国際的催しです。

当初はバイオリン部門とピアノ部門で始まり、1962年からはチェロ部門、そして1966年からは声楽部門が加わりました。ヴァイオリン製作者部門も一時取り上げられましたが第15回までで廃止され、第16回大会(2019年)から新たに加わるのが管楽器部門です。

ピアノとバイオリンに関しては最初から行われている事もあり、この2部門の優勝者はクラシック音楽の歴史の中でも超一流と呼ばれる顔ぶれになっています。この2部門こそがチャイコフスキーコンクールが世界三大コンクールのひとつと称される所以でもあります。

チャイコフスキーコンクールの成り立ち

積み木
始まりは旧ソ連が自国の音楽レベルの高さを世界に誇示するために開催されたコンクールといわれています。しかしなんとピアノ部門第1回優勝者は、アメリカ人のヴァン・クライバーンでした。旧ソ連にしたら面子を潰された形になってしまい、以降は政治色が強くなったとされています。

旧ソ連はこのコンクールの優勝者を自国から出すために、極秘プロジェクトを組み、人材を集め、国家を挙げて支援して来ました。そのため旧ソ連時代は自国の優勝者を多く輩出しましたが、審査員のロシアびいきも噂され、国際コンクール連盟から脱退していた不名誉な時代もありました。

新生ロシアになってからも旧体制を引きずっていた事実があり、審査の公平さを歪めていたとも指摘されてしまいました。そのような過去の悪しき体制を改善すべく、ようやく指揮者のゲルギエフ等が立ち上がり、厳正な審査が行なわれるように内部改革が行なわれています。

チャイコフスキーコンクールの流れ

チャイコフスキーコンクール
世界三大コンクールに数えられるだけに応募者も膨大です。そのため、始めに厳正なる事前審査で多くの応募者がふるいに掛けられます。その後「第1次予選」「第2次予選」が行われ、最終的にようやく本選出場者が決まります。それではひとつひとつ丁寧に見ていきたいと思います。

  • 予備審査
  • 第1次予選
  • 第2次予選
  • 本選

チャイコフスキーコンクール【予備審査】

チャイコフスキーコンクール 予備審査
世界三大コンクールに数えられる権威ある大会のため、応募者も膨大です。コンクールの応募者が2015年は600人を越え、2019年はなんと58カ国から954名の応募があったそうです。まず始めに書類審査とビデオ審査が行われ、この段階で応募者がかなり絞られます。

2019年はこの審査により、ヴァイオリン部門24名、ピアノ部門24名、チェロ部門24名、声楽部門 男女とも各30名、管楽器部門 木管48人、金管48人にまで減ります。単純計算して本大会出場倍率は4.2倍程度になりますが、ヴァイオリンとピアノはもうちょっと高いのかもしれません。

この厳正なる事前審査をくぐり抜けて初めてチャイコフスキーコンクール出場への道が開かれます。ここまで来るだけでも並の音楽家のレベルは超えていて、この中から将来確実に超一流と呼ばれるソリストが誕生するわけです。クラシックファンとしてはこの段階から大注目です!

チャイコフスキーコンクール本大会【第1.2次予選】

violinist
ここからは予備審査を勝ち抜いた各国の猛者たちが凌ぎを削る、チャイコフスキーコンクール本当の闘いが始まります。尋常ではない緊張とプレッシャーが襲いかかる中、自身が長年培ってきた音楽家としてのスキル・個性を最大限発揮した演奏をしていかなければなりません。

各予選及び本選の審査基準

基本的に政治的な意図など入り込めないようするため、全て点数制度で順位が決まるようになっています。過去に審査疑惑があったため、現在ではより厳しくなりました。しかしいつの時代も最も重要な事は「音楽家としての才能がどれだけ優れているか」それだけです。

その音楽家が持つ曲への理解・個性・表現力などを、第1次、第2次と曲目を変えて聴きます。また、本選では指揮者やオーケストラと上手く合わせられるか、音楽のやり取りが上手くできているかなどを評価して「音楽家としての才能がどれだけ優れているか」を判断しているのです。

【審査方法例】バイオリン部門

第1次、第2次予選は審査曲が変更になるだけで、コンテスタントの演奏を聴いた後でどちらも以下の審査を行います。

  • 各審査員が次のラウンドに進出させたいコンテスタントを選出
  • 25点満点での採点
  • 同票となった場合、得点が高いものが次ラウンドに進出
  • 次の審査に影響を与えないよう、結果は審査員内を含め一切公開されない
  • 審査結果は1時間後に発表

チャイコフスキーコンクール【ファイナル】

チャイコフスキーコンクール ファイナル
以前は1曲だけでしたが、2015年大会から1晩に2曲の協奏曲を弾かねばならず、ファイナリストたちはかなりハードルが高くなりました。もうここまで来れば、超一流の才能を秘めた一流の演奏家です。大会によっては1位が輩出されない年もあるので、例年結果が非常に楽しみです。

  • 各審査員はコンテスタントの順位付けをする(1位1点、2位2点・・・)
  • 合計点の少ない順に入賞順位が決定
  • 合計数が同じ場合第1、第2ラウンドの採点結果を総合して順位を決める
  • 第1位は審査員の7割以上から1位の評価を受けることが必要
  • 第1位を出すかどうかが問題になった場合審査員で協議
  • 第1位から第6位までが入賞
  • 結果は1時間で発表

以上、バイオリン部門の審査方法でしたが、他部門もほぼ同じような審査方法で選考されると思います。また、全部門(ヴァイオリン、ピアノ、チェロ、声楽、管楽器)の第1位から選ばれるグランプリについては審査員たちの協議で決定されます。

チャイコフスキーコンクールの賞金

チャイコフスキーコンクール 賞金

グランプリ:100,000ドル(約1060万円)
第1位:30,000ドル(約320万円)
第2位:20,000ドル(約210万円)
第3位:10,000ドル(約100万円)
第4位: 5,000ドル(約50万円)
第5位: 3.000ドル(約30万円)
第6位: 2,000ドル(約20万円)

世界的音楽コンクールとしては決して多くない賞金額です。しかし権威あるこのコンクールでの順位はその後のキャリアに、計り知れない恩恵をもたらします。通常順位の他に、全部門の中で特に優秀な人物に与えられる「グランプリ」、2次予選の優秀者から選ばれる「特別賞」があります。

チャイコフスキーコンクール2015年の審査員

チャイコフスキーコンクール 審査員

これだけ権威のあるコンクールですから、審査員の顔ぶれもバシュメット、トレチャコフ、レーピン、アッカルドなど本当に素晴らしいメンバーです。毎回このような世界的に著名なヴァイオリニストたちが審査員に名を連ねているのも世界有数のコンクールならではです。

その他の部門もヴァイオリンと同様に、世界的な演奏家を招いて審査されています。ピアノ部門では日本が誇る天才ピアニスト中村紘子も生前は常連の1人でした。国を挙げて世界一のコンクールを目指しているというのも頷ける、世界有数の音楽コンクールです。

超一流の審査員たち

  • ユーリ・バシュメット
  • マキシム・ヴェンゲーロフ
  • レオニダス・カヴァコス
  • ヴィクトル・トレチャコフ
  • ヴァディム・レーピン
  • マルタン・エングストローム
  • ミヒャエル・ヘフリガー
  • ボリス・クシュニール
  • ジェイムズ・エーネス
  • サルヴァトーレ・アッカルド
  • リアナ・イサカーゼ

チャイコフスキーコンクールの歴史

チャイコフスキーコンクール 歴史
チャイコフスキー国際コンクールの第1回から現在までの全ての大会を取り上げて行こうと思います。入賞者や印象に残った事柄など、各大会毎にまとめています。以下を読んでいただければチャイコフスキーコンクールの数十年に及ぶ歴史をぎゅっと理解してもらえると思います。

第1回大会(1958年)

何と言ってもピアノ部門でアメリカ人のヴァン・クライバーンの第1位になった事に誰しもが驚きました。記念すべき第1回大会にも関わらず、自国の演奏家が第2位となってしまったなんとも不名誉な結果となりました、ちょっとした国際問題にまで発展したといわれています。

旧ソ連は面子を潰され、その後国を挙げての音楽家育成に励むようになります。旧ソ連の文化的レベルを海外に示すために始めたコンクールですから、共産国の旧ソ連が熱くなったのも頷けます。

第2回大会(1962年)

前回大会の結果を払拭するように旧ソ連勢大活躍でした。ショパンコンクールでは2位となってしまったウラディミール・アシュケナージが、チャイコフスキーコンクールのピアノ部門で第1位となり、雪辱を果たしました。

この年からチェロ部門が始まります。そしてヴァイオリン部門では日本の久保陽子が第3位で入賞を果たします。このコンクール初の日本人の入賞者でした。

第3回大会(1966年)

この回も旧ソ連勢大活躍の大会でした。この大会の目玉はヴァイオリン部門でした。第1位はヴィクトル・トレチャコフ、現在も大活躍している天才ヴァイオリニストです。同じヴァイオリン部門では日本の潮田益子が第2位に、そして第3位には佐藤陽子が入賞しました。

前回の久保陽子も潮田益子も小澤征爾を育てた齋藤秀雄の弟子でした。この頃からヴァイオリンを始めとする弦楽器は日本人が強いと言われ始めます。

第4回大会(1970年)

旧ソ連勢ばかりの入賞者が多すぎる事と、過去大会もそうだったため、審査に疑問を持つ人たちが多く出てきました。しかし、ヴァイオリン部門で第1位となった旧ソ連のギドン・クレーメルの実力は誰もが納得すものでした。彼は現在でもヴァイオリン界の第1線を走り続けています。

同部門で日本人の藤川真弓が第2位入賞、チェロ部門で岩崎洸が第3位と弦楽器での日本の力を見せつけました。この大会から声楽部門が始まり、エレーナ・オブラスツォワが第1位を取りました。この大会は各部門から抜きん出た才能溢れる音楽家が多数入賞しました。

第5回大会(1974年)

ピアノ部門でアンドレイ・ガヴリーロフが第1位、第2位に今は指揮者として活躍しているチョン・ミュンフン、第3位にユーリ・エゴロフ、第4位にアンドラーシュ・シフ、第5位にドミトリー・アレクセーエフとピアノの英才たちが並び立ったため注目された大会でした。

これだけを見れば審査員の旧ソ連びいきというわけではなさそうですが・・・。この頃から旧ソ連以外の各国も入選するようになって来ました。チェロ部門では日本人の菅野博文が第3位になり、この大会も日本が誇る弦楽器の強さを保った形となりました。

第6回大会(1978年)

第6回チャイコフスキー国際コンクールもピアノ部門が話題をさらいました。第1位にはミハイル・プレトニョフ、第2位パスカル・ドヴォワヨンと両天才がこの部門でその圧倒的才能を見せ付けました。はっきり言ってこの両名の実力は誰が観ても聴いても抜きん出ていました。

チェロ部門では藤原真理が第2位となりました。本選の『チェロ協奏曲』でわずかなミスがありその結果の第2位です。タラレバは良くない事ですが、もしきちんと弾けていれば第1位だったと私は思います。それだけに日本人としては残念でならない大会でもありました。

第7回大会(1982年)

ヴァイオリン部門に素晴らしい天才が現れました。第1位ヴィクトリア・ムローヴァ!セルゲイ・スタドレルと第1位を分け合いましたが、現在となってはムローヴァの足元にも及びません。日本の加藤知子は惜しくも第2位。ムローヴァがいたのでは太刀打ちできなかったという事です。

ピアノ部門は第1位なしの第3位に小山実稚恵が入賞しました。彼女はこの後のショパンコンクールで第4位入賞します。やはりこのコンクールはピアノとヴァイオリンで支えられていると良く分る大会でした。

第8回大会(1986年)

第8回大会は正直に言って盛り上がりに欠ける大会でした。もし仮にDVDが発売されたとしたら一番売れない大会だったのではないでしょうか。これといった前評判の高いコンテスタントもいなくて、この大会の入賞者は今となっては全く知らない名前ばかりです。

権威あるチャイコフスキーコンクールでもこのような年がある事は本当に驚きでした。決してレベルが低い大会だったわけではないと思うのですが、なんというかとにかく華がない大会とでも言いましょうか、とにかくなんだか微妙でした。

第9回大会(1990年)

またひとり天才が現れました。ヴァイオリン部門で諏訪内晶子が日本人初の第1位を獲得!圧倒的勝利でした。この大会は彼女のためのような大会でした。他の部門からはこれといった才能ある音楽家は出てこず、前回大会同様、現在ではその名を知られていない人たちばかりでした。

予定されていたオーケストラがストライキに入り、代わりにアマチュアのロストフシンフォニーが伴奏を引き受けました。こんなことも前代未聞の事でした。

第10回大会(1994年)

今大会も中だるみの年でした。面白いもので続く時は続く物なのですね。ヴァイオリン、ピアノ、チェロとも第1位なしです。入賞者で現在でもその名をとどめている人は数少ないです。この大会から旧ソ連が崩壊し、ロシアと国名が変わっています。そんな事情も関係したのでしょうか。

第11回大会(1998年)

ピアノ部門で審査員内の偏向審査が話題となった大会でした。英国人が第3位となり、彼を抑えてロシア人が第1位、第2位を獲得するのはおかしいとメディアや観客が騒ぎ立てました。あくまでもロシア人を優先させたいと思っている審査員が多かった事を初めて批判したものです。

ソプラノの佐藤美枝子が日本人で初となる声楽部門での第1位に輝きました。チャイコフスキーコンクールに声楽部門があったのかと思った人は私だけではないはずです。今大会も天才と呼べるような人材は発掘できず、チャイコフスキーコンクール暗黒期は継続中でした。

第12回大会(2002年)

日本人が大活躍した大会でした。その中でもピアノ部門の上原彩子は第1位を獲得!ピアノ部門での日本人第1位は初めての快挙でした。また、この部門で女性が第1位なる事もチャイコフスキーコンクール史上、初でした。日本人クラシックファンには最高の年でした。

ヴァイオリン部門では、川久保賜紀が第1位なしの第2位、チェロ部門の石坂団十郎が第3位と日本人の弦楽器の強さを世に知らしめました。

第13回大会(2007年)

サッカーワールドカップのため、1年延期して2007年開催となりました。この大会でも天才が世に羽ばたきました。ヴァイオリン部門で第1位を神尾真由子が獲得!2大会連続で日本人が最上位獲得は快挙でした。ヴァイオリン部門では第3位から第6位までをアジア勢が席巻しました。

他の部門ではこれといった俊英は出ず、コンクールの難しさを感じさせる結果になりました。21世紀に入ってから、どのコンクールでも傑出した才能ある演奏家を輩出できない現実を見ると、かつてのドロシー・ディレイやロジーナ・レヴィンといった最高の指導者の不在が原因でしょうか。

第14回大会(2011年)

韓国人の活躍が目立った大会です。ピアノ部門第1位ダニール・トリフォノフ、第2位ソン・ヨルム、第3位チョ・ソンジン。第3位のチョ・ソンジンは2015年のショパンコンクールで第1位を獲得した将来性溢れるピアニストです。ソン・ヨルムも今後期待したいピアニストです。

また、ヴァイオリン部門ではジェイ・リーが第3位に、声楽部門は男女ともに韓国人が第1位となりました。今までもチョン・キョンファ、チョン・ミョンフンなどの世界的な音楽家を世に送り出して来ましたが、これからは韓国人抜きではクラシック界を語れなくなるかもしれません。

第15回大会(2015年)

ピアノ部門が注目されましたが、第1位はドミトリー・マスレエフ、第2位ルーカス・ゲニューシャス、ジョージ・リー。ゲニューシャスは2010年のショパンコンクール第2位でしたが、またしても第1位を取れませんでした。マスレエフとゲニューシャスは今後の動向に注目したい存在です。

ヴァイオリン部門は第1位なし、第2位に台湾のユーチン・ツェン。彼はエリーザベト王妃国際コンクールでも第4位入賞で、ひょっとすると今後化けるかなと期待しているヴァイオリニストです。韓国、中国、台湾と、今後のアジア人の若き音楽家の才能に期待してしまいます。

まとめ

チャイコフスキーコンクールのグレードの高さは過去の入賞者たちを見れば明らかなものです。審査員のロシア偏重も是正され、このコンクールの価値は依然として守られています。今後も大勢の若者たちが挑戦してくるでしょう。未来の大スターが輩出される事を願ってやみません。

音楽キャリアをグレードアップしようとする音楽家たちにとっては是が非でも入賞を果たしたい最高峰の音楽コンクールである事は間違い無いです。5部門もありますが、中でもヴァイオリン部門とピアノ部門については世界一の音楽コンクールといっても過言ではありません。

【世界三大コンクール】

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